第8話:キミが婚約者なんて想像外だ
屋上は残暑が厳しく辛いので、食堂の方へ移動する。
今日はまだ営業していないので、誰も使っていない。
自販機でジュースを買ってから彩葉に手渡す。
「彩葉はアイスココアが好きだろ」
「ありがと。よく覚えてるじゃん。んー、冷たくていいね」
「淡雪は紅茶をどうぞ」
「えぇ。いただくわ」
「さぁて、彩葉。どういうことなのか説明してもらえるかな?」
椅子に座りながら、猛たちは向き合った。
ふたりが婚約者という話の詳細を知りたい。
――誰が裏で手を引いてるのかも含めてさ。
もちろん、誰がなんて言うのは容易に想像ができるのだが。
「首謀者は想像通り、貴方たちの母親、優子おばさんだよ」
「ですよねー。知ってた」
「……彩葉さん。私たちの母を知っている理由は?」
「優子さんはうちの母と親友だよ。母はイギリス生まれ、日本育ち。同じお嬢様学校に通ってた先輩と後輩って話。で、優子さんから夏休み中にある話をもらってさ」
夏休み中と言えば、猛達が旅行に行ってた時期だろうか。
――あの時期に何か裏で行動をしていた?
微笑を浮かべる彩葉はココアの缶に口をつけながら、
「アタシの父は一流企業に勤めてるくせに、転勤が無駄に多い部署で、子供の頃から転校ばかり。東京、広島、和歌山、名古屋、熊本、山形……あと、忘れた。まぁ、いろいろ転々とさせられたわけ。いい迷惑だったよ」
「大変だというのは想像がつくわ」
「長い間、その場所にいられないっていうのが辛い」
単身赴任してもらえれば楽なのだろうけども、そうはいかないこともある。
「友達だって仲良くなってもすぐにお別れっていう。弟なんてグレて髪を染めちゃった。不良め」
「グレるって……キミたちの髪色は地毛でしょうが」
「あはは。染めたんだよ。金色じゃなくて黒に」
金髪不良ではなく、逆に黒髪に染めた。
「アタシたちの見た目ってどう見ても、外人でしょ? 中身も国籍だって日本人だけど、どこにいっても外人扱いされてしまう」
「……見た目があまりにも違うもの」
「ある意味で、この国は閉鎖的だから。偏見を持たれるのはしょうがない」
「それが嫌なんだって、真っ黒に染めてたの。アタシは弟みたいにこの容姿にコンプレックスを抱いたことなんてないけどね」
彼女はショートカットの自分の髪を撫でる。
日本人って何かと、見た目で区別や判断しがちだ。
小学校時代は辛いことも彩葉たちにはあったんだろう。
――それを跳ね返すだけの心の強さが彩葉にはある。
自らの容姿が他と違う事。
外国人だと言われることも、彼女は苦には思っていない。
他人と違うのをむしろ、好意的に受け止めている。
「むしろ、他にはないステータスだと思わない?」
「個性があるっていうのはいいことだよな」
「うん。ハーフっていうのは自分にとってマイナスではなくプラスでしょ」
「彩葉の金色の綺麗な髪はよく似合ってると思うぞ」
「あはは、そうやってタケルは昔からアタシの髪を褒めてくれた。ありがと」
彩葉は持ち前の性格で味方を増やす。
何ごともなく、人に溶け込んでいけるのはある意味才能だ。
「そんな生活もようやく父が本社勤めになって落ち着いた矢先。今度はイギリスにある支社に飛ばされた。今度は支社長だ、栄転だって言われても海外はマジで勘弁」
社内で順調に出世はしているのだろうけども、居場所が安定しないのは家族にとって大変としか言いようがない。
「母にとっては生まれ故郷でもあるわけで喜んでたけどさぁ。弟はもう諦めてつていくって言ったけど、アタシは違う。さすがに今回の話には大反対だった」
「高校になってまで転校するのは非常に面倒くさい?」
「そうそう。国外になんて行きたくないじゃん。日本が一番好きだもの」
それが偽りのない彩葉の本音だった。
「散々、日本全国めぐらされた挙句に今度は海外? ふざけるな、付き合いきれるかぁって嘆いてたら、救いの女神である優子おばさんが話を持ってきてくれた」
「それが猛クンとの婚約話?」
「正解。あと、婚約者とは言ったけども、正確に言うと“婚約者候補”だよ。まだ正式な婚約者ってわけではないからね」
金髪碧眼のお嬢様は「日本にいられる、好都合な話だった」と喜んで見せた。
「俺の知らないところで母さんは何をやってくれてるんだ」
「……私も聞かされてないわ。秘密にするなんておかしい」
「彩葉が婚約者、いや、婚約者候補か。なんでこんなことに」
「候補は候補だよ。実際に結婚するかはともかく、アタシには日本にいられるチャンスと時間を稼げるわけ。その話に乗ったんだ」
「まさに渡りに船って感じ?」
「そう、それ。ラッキーじゃん」
彩葉は気楽にそう言うが猛たちははただ困惑するしかない。
「なんて余計な真似をしてくれるのだ」
「……あの件もまさか、これ絡みだというの?」
「もしかして、淡雪は何らかの動きがあるのを知っていたのか?」
「い、いえ。何となく変だなぁって思ってた程度、です」
思い当たることがあるのか、彼女は言葉を濁した。
夏休み前のある話を思い出していた。
それは恋乙女から聞かされたある情報。
『たっくん、このままじゃ結婚させられるかも。おばさんがたっくんの結婚相手を探してるっぽい。もし本気だったらどうするの?』
あの警告を猛は冗談の類だと考えて何の対策も取ってこなかった。
それがこんなことになるなんて。
――完全に油断してた。まずい、非常にまずい。
先手を打たれた以上、対応が後手に回るのは仕方ない。
「優子さんが親を説得してたおかげで、アタシはこの日本にいられることになった。快く、住処まで提供してくれてね」
「家族は?」
「今頃、イギリスに渡ってる頃じゃないかな。家族と離れるのは寂しいけど、日本から離れることの方がずっと辛い」
彼女は「誰が好き好んで見知らぬ国に行きたいって言うんだよ」と愚痴る。
「では、彩葉さんは本気で猛クンが好きなわけではないと?」
「……婚約者の意味を理解してる、アワユキ? いずれ結婚するかもしれない相手。好きでもない相手とアンタは結婚したいのかなぁ?」
「――ッ」
彼女にしてはちょっと嫌味っぽく淡雪に告げた。
ぐっと彼女は唇をかみしめて見せる。
――おふたりさん、バトルのはやめてね。
すでに、撫子と淡雪の件で参ってる。
ここに彩葉まで参入されるとお手上げだ。
「少なくても、人生をゆだねてもいいかなぁっと思ってる」
「へ、へぇ。そうなんだ」
「タケルはアタシにとって幼い頃からの親しい友達だもの。異性の友達も少なくはないけども、信頼できる相手っていうのはタケルくらいなものだから」
「信頼されるのは嬉しいが、キミが婚約者なんて想像外だ」
「ふふふ。ご心配なく、アタシも想像してませんでした」
「……母さんも無茶をするぜ」
「優子さんにとって頭を悩ませる問題がある。それは、タケルが自分の妹に手を出して、恋人関係になってるという事。いくら義理だとはいえ、犯罪はいけないでしょ」
幼馴染に犯罪者扱いされるのは辛い。
「まるで俺が無理やり手を出したみたいな言い方はやめれ」
「違うの? おばさんはそう言ってたけども?」
「事実は違います」
「そう。とにかく、彼女はタケルには普通の相手と結婚して家庭を築いてもらいたいらしい。アタシが選ばれたって現状をご理解できたかな、おふたりさん?」
淡雪は何も言い返せず黙り込むだけだった。
「理解したけど、納得はしてないかな」
「いきなりだからね。無理もないや」
母にしてやられたと驚くのみ。
優子からの刺客。
――まさか金髪碧眼の幼馴染を送り込んでくるなんて……。
完全にこちらの予想を超える反撃である。
四季彩葉は敵か味方か。
――いい加減に認めてもらえたと思ってたのは甘かったか。
まだ猛と撫子を引き離そうと策略している様子。
これはまた荒れそうな予感だ。
婚約者騒動。
猛と撫子の恋路に新たな波風を立てることになる。




