第6話:そんな勇気があってたまるか
「そう言えば、猛クンは撫子さんとふたりっきりで旅行に行ったの?」
愛の逃避行と言う名の旅行、田舎生活を満喫した。
「あれ、話したっけ? 誰から聞いたの?」
「お母さんよ。思わぬ騙し討ちにあったって嘆いてたわ」
猛たちには特に追求がなかったが淡雪には愚痴っていたらしい。
どうやら、気にはしていたようだ。
「母さん、他に何か言ってた?」
「別に? 今はあの子たちの自由にさせるってだけで……何かあった?」
「撫子曰く、静かすぎるのも警戒してる、だそうだ。夏の間は俺達の関係に文句を言う事がなくなってね。それが逆に心配なんだってさ」
「単純に呆れて果てて疲れただけ。妊娠中だし、お母さんも大変なの」
「確かに。この前会った時も大変そうだった」
「迷惑をかけないようにしなさい。これ、絶対。じゃないと私が怒ります」
ただでさえ、身体を気にするべき時期に苦労が絶えない。
「お母さんも今、自分の身体が大変な時期なの。三十代後半の妊娠って体への負担も大変なのよ。貴方たちの関係に構う余裕がないんだと思う」
「困らせない努力をします」
「でも、旅行かぁ。去年はふたりっきりで温泉旅行したわよね」
「……えぇ、まぁ」
「二人で一緒に温泉に入ったあの日の記憶を……むぐっ」
慌てて淡雪の口を手でふさぐ。
猛たちの去年の夏の思い出には様々な意味で危険な記憶だ。
「淡雪、それ以上は口走らないで。新学期早々、俺の立場がなくなる」
「もうすでに一学期の時点で木っ端微塵になくなってるんじゃない?」
「……ですよねぇ」
どうせ、猛の学園生活は悲しい運命を背負っている。
彼女は口をふさいでいた手をそっと取る。
恋人繋ぎのように指を絡ませるようにして持ちかえると、
「どうせなら手じゃなくてキスでふさいでほしかった」
「学内で妹にチューする奴は退学処分を食らうと思うんです」
「あら、猛クンは退学処分することを恐れて妹を襲えないと? 勇気がないわ」
「そんな勇気があってたまるか」
退学理由がそんな理由だったら母が泣く。
「私は愛する人のためなら大切なものを失うことも恐れない女よ」
「胸を張って言う事ではないです。……撫子と淡雪が相性が良くないのって、同族嫌悪のところがあると思うんだ。キミたちは性格がよく似てるよ」
ふたりがぶつかると、ロクなことがない。
「あら、失礼な。撫子さんみたいなお子様と一緒にはされたくないわ」
「お子様って……淡雪はよく撫子を子ども扱いするよな」
「結衣は本物のお子様だけど、撫子さんは思考がお子様なのよ。だから、ぶつかってしまうのね。それともうひとつ。どうしても譲れないものもある」
絡ませあう指にそっと彼女はキスをする。
「あ、淡雪?」
くすぐったい感触に驚く猛を淡雪はそっと微笑む。
「大好きな人をとられたくない。これは女の子の本能だもの」
「――っ!?」
「貴方の心を独り占めしたいなぁ。私は、猛クンのこと……」
彼女がうっとりとした口調でそう言うと、
「はい、そこまで!!」
「おふたりさん、兄妹ながら近すぎです」
「ストップー、これ以上、ラブラブしてたら本気でキスでもしそう」
「完全に二人の空気を作ってるし。もうすぐチャイムもなるのでその辺にして」
それまで黙っていたクラスメイト達が強引に猛達を止めた。
もはや恥ずかしくて見てられない。
というか、自分たちの世界を堂々と広げないでもらいたい。
――危うく雰囲気にのまれるところでしたよ、淡雪は魔性の女性になりそう。
猛も自制心をさっさと取り戻すべきである。
「残念。ここまでかしら」
クラスメイトの猛抗議を受けて彼女は肩をすくめた。
「あの須藤さんがあそこまで乙女モードに……恋愛って怖いぜ」
「いやいや、恋愛しちゃダメでしょ。あの子たち、本物の双子だから」
「撫子ちゃんのことがあったせいで、俺たちの感覚まで麻痺してるようだ」
「ホント、私たちが間違ってる気にさせられるわ。淡雪さんもデレすぎ」
ちょうどチャイムが鳴るので、会話はそこまで。
担任がクラスに入ってくると、周囲を見渡しながら、
「夏休み明け、初日だ。誰一人、大きな怪我や病気をすることもなく揃ったことをまず安心する。隣のクラスでは自転車事故で入院中の奴もいるそうだ。休みだからって浮かれてると事故もする。気を付けなきゃいけないな」
担任教師はそう言うと、廊下に視線を向けた。
「さて、さっそくだが、二学期になって転校生がこのクラスに入ることになった」
夏の時期に転校してくる生徒は珍しくはない。
親の仕事の都合などの事情もあるだろう。
「転校生? そんな話あったっけ?」
「知らない。マジか、どんな子だ」
「俺たちのクラスにも美人が来たりとか?」
「むしろ、イケメンな転校生が来てほしいなぁ」
思わぬ転校生の話題にクラスが一気にざわついた。
「はいはい、静かにしてくれ。それじゃ、紹介する」
教室の外に待たせてある生徒を呼び出すと、
「え? あの子は……?」
入ってきた少女はすらっとした長身で、淡い金色の髪色をした少女だった。
金髪のショートカット。
外見は可愛いというよりは大人びた美女という言葉が似合う。
さらに印象的なのは人を惹きつける、猫のような青い瞳だろう。
「……」
クラスメイトは「外人さん!?」と思わぬ転校生に動揺する。
確かに“青色の瞳”に”淡い金髪”となれば、一見すれば外国人に思われる。
だが、彼女は紛れもなく日本人である。
――お母さんがイギリス人で、瞳や髪の色を受け継いでいるんだ。
だが、その彼女は意外なほどに饒舌な日本語で自己紹介を始めた。
「初めまして、みんな。アタシは四季彩葉(しき いろは)。彩葉って名前で呼んでくれていいよ。私はこの名前が好きなんだ」
フレンドリーで誰とでも壁を作らない性格をしている。
――そういう所が人気で男女問わずに好かれるだよな。
昔から変わらない彼女の魅力でもある。
「あと、みんなが気にしてるこの髪と瞳の色。最初から言っておくと、アタシの母はイギリス出身で、いわゆるハーフ。外国人扱いされても、生まれも育ちも日本だから。英語は得意じゃないし、外国にだって言ったこともない」
普通の日本人だと最初にそう断って彼女は笑う。
「そして、今現在、アタシ以外の家族はそろってイギリスに住んでる。日本生まれで日本育ちだから海外なんて行けるかぁって反対して、日本に残ることになったんだけど……おっと、これは自己紹介でする話でもなかったね」
気さくな物言いにすでに彼女を気に入る生徒もちらほらといる。
――彼女の母はとても美人さんであり、少し日本語がカタコトなのが可愛らしい。
なぜ、猛は彼女の事を知っているのか。
嫌味もなく、人を惹きつける魅力を溢れさせる少女。
「久しぶりだな、彩葉」
彼女は猛の古い知り合いだった。
子供時代に仲がよかった猛の幼馴染である。
猛が彼女の名前を口にしたのを機に周囲の視線が一斉にこちらを向いた。
「あー、タケルじゃん。なんだ、同じクラスだったんだ」
「彩葉こそ、なんでキミがこの学校に……?」
「ふふっ。なんでって? おかしな話をするね? 何も聞いていないの?」
クラスメイト達の注目を集める彼女は自己紹介の最後を締める言葉として、
「そだねー。自己紹介としてこれだけは知っておいてもらおっか」
一呼吸を置いて、その場の誰もが想像していない爆弾発言を放つ。
「アタシ、四季彩葉は大和猛の“婚約者”なんだ」
「え?」
「……というわけで、みんなも仲良くして欲しい。挨拶は以上だよ」
婚約者――!?
その言葉に、新学期で一番のざわつきが教室を包み込んだのだった。
「……はい?」
想定外の彩葉の発言に一番動揺して、思わず硬直してしまった。
四季彩葉、猛の想像を超えた台風がついに上陸する――。




