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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第8部:花は散り際こそが美しく
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第4話:実妹がラスボスっぽくてかなり怖い


 楽しい日々はあっという間に過ぎ去るもの。

 明日は新学期、長い夏休みも終わってしまう。


「兄さん。花火を買ってきました。半額で安かったんです」

「へぇ。もう花火の時期も終わりだからな」

「夏の最期を花火で楽しみましょう」


 旅行中に朝陽たちと花火を楽しんだのが楽しくて、つい自分でも買ってしまった。

 大和家ではあまりこういう花火はしたことがない。

 というのも、子供の頃に雅が花火で遊んでいる際に誤って火傷をしかけた事件があり、意識的に避け続けられていたのが実情だ。


「こういう時、庭が広いといいですね」

「夏の夜空と花火か。風流だよな。……ただ、まだ暑いのはアレだが」

「まだまだ晩夏の夜は蒸し暑いですからね」


 ほんのりと肌に汗がにじむ。

 風鈴の音が静かに響き、涼しい風が心地よく感じる。


「今年の夏も多くの思い出作りができました」

「いろいろとあったな。逃避行とか逃避行とか、逃避行とか……」

「ふたりだけで旅行に行ったり、家族では温泉旅行もしましたね」

「大いに満喫した夏だったな」

「海にはいけませんでしたが、プールも楽しかったです」


 夏が終わり、秋が来る。

 季節の変わり目、夏の最期を惜しむように、


「今年は恋人になって初めての夏、たくさんの記憶ができました」

「これかも思い出は作れるよ。楽しい思い出を作ろう」


 そう言って、撫子の肩をそっと抱く。

 頬を赤らめながら彼女は頷いて答えた。

 中庭の縁側に座りながら、撫子たちが花火の準備をしていると、


「やっほ。撫子、スイカを買ってきたの。これも時期的に終わりでしょ」

「おー、手頃なサイズのスイカだ。美味そう」

「夏も終わりです。スイカも食べ納めですね」


 だが、彼女たちが何をしているのかを理解すると美人な顔を引きつらせて、


「お、おふたりさん。何の準備をしているのかな?」

「花火ですよ。姉さんもしますか?」


 撫子はあからさまに花火を片手に持って姉に見せつける。


「い、いや、遠慮させてもらいます」

「楽しいですよ?」

「わざと姉をいじめようとしないでぇ」

「いい歳なのに、まだダメなんですか?」

「先にお風呂に入ってくる。スイカはあとで食べましょう。スイカ、スイカ~」


 花火という天敵に、敵前逃亡。

 さっと逃げるように彼女は家の中へと引っ込んでしまった。

 

「あらら、そんなに慌てなくても。あの日のトラウマはまだ残ってる様子です」

「子供の頃のトラウマは治らないものだろ」

「確かに。私も苦手なものはあります」


 子供は無垢だが、痛い思いをしたことは忘れない。

 それが学習能力というものであり、苦い記憶でもある。

 逃げてしまった姉を放置して花火の袋を開けた。


「兄さん。花火ってこの先端にひらひらの紙がついてるじゃないですか」

「あぁ、これな」

「私、この紙に火をつけるものだと思っていましたが、違うんですよね」


 それは先日の花火の時に朝陽に指摘されて初めて知ったこと。


「この紙は引っ張ってちぎるのが正解。なんか花火の火薬の保護かなんかだって。俺も勘違いしてたよ。知らないことってあるものだ」

「それを朝陽さんに指摘されたのが屈辱でした。あの人に教えられるなんて」

「撫子は朝陽ちゃんを自分より下に見すぎです。二歳年上のお姉さんだからね?」

「そう言われても、あの人を人間的に尊敬できることはないのですが」


 胸のサイズと先に結婚された事以外に負けているところはない。

 

――どちらの敗北も心に傷を与えられるほどに痛いのだけど。


 彼女に負けたという事実を認められない。

 自分はまだまだ子供だということか。


「交際数ヶ月でのゴールイン。羨ましいものです」

「幸せなのはいいことだよ」

「女性にとって結婚とは人生の節目の一つ。私も早く兄さんと結婚したいです。さっさと婚姻届けに署名してください」

「せめて高校卒業までは待ってください」

「待ちますよ? 言ったからには有言実行してくださいね」


 彼は「余計なことを言っちゃったかも」と困惑気味だった。

 ふふっと口元に笑みを浮かべた撫子は、


「私と兄さんの愛は誰にも邪魔させません」

「撫子は邪魔する相手をことごとく排除しそうで怖いや」

「当然です。私たちの愛を妨げるなんて万死に値します」


 花火に火をつけながらその輝きを見て楽しむ。

 彩り綺麗な光の乱舞。

 小さな輝きに目を奪われながら、


「花火のように、人間の人生ってあっという間に過ぎていくんです。一秒、一秒を大切に生きていかないといけません」

「そうだな。当たりの前の日常に感じることも、簡単に壊れてしまうことがある。幸せな時間は長く続いてほしいものだ」

「続きますよ。もう私たちはハッピーエンドに入ってるんです。この先、何の障害があるというのでしょう。お母様の件はいずれ私が大きな弱みを握って解決しますのでご安心してください。ぐうの音も出ないほどに倒してみせます」

「それが俺の今一番の心配事なんだけどなぁ」


 苦笑いする彼は最後の花火に手を付ける。


「やはり、最後は王道の線香花火ですね」

「姉ちゃんはこれを水に入れて大騒ぎをしたんだ」

「線香花火の火玉って水と反応すると危険らしいですね」


 チカチカと瞬く火花。

 この落ち着いた花火が夏の終わりを撫子たちに告げてくれている。

 

「来年の夏もこんな風に花火をしましょう。楽しい思い出を作りましょう」


 兄さんと過ごす時間ならば、どんな時間でも撫子には幸福だ。

 大好きな人が傍にいることで心が満たされる。

 花火を終えて後片付けをしていると、


「もう終わった? リビングで待ってたのに、ふたりが来てくれないから寂しい」

「お風呂から出てたのか、姉ちゃん」

「とっくに出てましたよ。花火を見たくないから引っ込んでただけ」


 切ったスイカをお皿に入れてもってきてくれたようだ。

 お風呂上がりで濡れた髪。

 彼女は柔らかな表情で「スイカの食べ納めー」とスイカを差し出す。


「いただきます」

「んー、甘くて美味しい」


 やはり、夏とスイカの相性は抜群だ。

 しゃりっとする食感がよくて、夏代表のフルーツを満喫する。


「そうだ、これも作ったから飲んでみて。お姉ちゃん特製のスイカ牛乳~」

「……スイカ牛乳って聞いたこともないんですが」


 それはコップに入ったスイカ色の牛乳。

 まさに見たまんまのジュースだった。


「スイカの果汁を絞って牛乳と混ぜたの。イチゴ牛乳みたいで美味しいのよ」

「これってアリなのか? スイカ・オレ……未知の味だ」

「まぁ、見た目は悪くありません。味はどうでしょう?」


 猛が試しにスイカ牛乳を飲むと「案外悪くない」と高評価。

 

「ホントですか?」


 撫子も疑いながらスイカ牛乳を口に含む。


「なるほど、と言うか、まさに見た目通りの味です」


 スイカの果汁が牛乳と合わさり不思議な味わいだ。

 食べ合わせて的にどうかと思うけど、それなりに美味しいのでアリかもしれない。


「冷たくてスイカの風味が牛乳に意外と合うんですね」

「んまー。お風呂上りにはぴったりでしょ」

「ただ、組み合わせ的にお腹は冷やしそうです。飲み過ぎないように」


 雅はアレンジ料理が得意なので、撫子の想定外の料理を作ることがある。

 こういう意外性のある料理を作れるのは姉らしい。


「ところで姉さん。恋人の件はどうなりましたか?」

「……ま、前向きに頑張ってますよ。お姉ちゃん、次は3度目のデートなので、そろそろ付き合ってもいいのではないか、と判断したいと思ってまして」

「勢いで付き合えないんですか。いい人だったんでしょう? 聞けば家柄もよくて、性格もいい。チャンスなのに何をためらう必要がありますか?」

「初めての彼氏という事で緊張してるの。深く追及しないで。焦ったらダメ。こういうのはね、時間をかけてゆっくりと決めたいんだ」

「そうやって、これまで何度、恋愛の縁を逃してきたのでしょうね?」


 撫子の一言に姉は「次は頑張るからぁ」とぐすっと拗ねて落ち込んだのだった。

 恋愛経験の無さと不安に、いつものポジティブさを発揮できないでいる。

 

「そうだ、撫子。思い出した。お母さんが近日、大事な話があるんだって。撫子と話がしたいって言ってたわよ。何だろうね?」

「へぇ。ついに決戦ですか。その前に準備をしておきましょう」

「撫子さん。ものすごく悪い顔をしてるんですが、やめてくれない?」

「そんな顔をしてましたか? くすっ、ごめんなさい」


 わざわざ話をしたいというのだから、何か考えがあるのだろう。

 今度は何を企んでいるのか。

 また無駄なことをしようとしている、と呆れてしまう。


「私の恋路の邪魔をできるとは到底思えませんね。やれるものならやってみてください、と言ってあげたいくらいです。この私に勝てるものならば、ですが。うふふっ」

「……猛。お姉ちゃんは自分の実妹がラスボスっぽくてかなり怖い」

「俺もそう思います。今の平穏が嵐の前の静けさだったとは思いたくないな」


 嘆く姉と兄を前に撫子は「誰がラスボスですか」と拗ねて呟く。

 夏の終わりが彼女たちの関係を変えるとはその時、思いもしていなかった――。





 ……。

 夏の夜、人々が行きかい賑わう駅についたひとりの少女がいた。

 美しい容姿に目を惹かれて何人かの男は立ち止まる。

 少女はそんなこともお構いなしに、


「暑いなぁ。そろそろ涼しくなる頃じゃないの?」


 額にかいた汗をハンカチで拭いながら、


「この街に来るのは久しぶり。何年ぶりだっけ。忘れちゃった」


 晩夏の夜空を見上げて、彼女は言った。


「……タケルに会うのが楽しみ。どれだけ成長してるのか見せてもらいましょ」


 印象的なのは、猫のような瞳。

 自由奔放な猫のようでありながら、気品のある美しさも兼ね備えている。


「面白いことは好き。タケルと会えば、きっと思う存分に楽しめるはずだもの」


 そう言って笑う少女はどこか楽しそうだった。

 その瞳が見つめる先に何があるのか。

 少女の名前は四季彩葉(しき いろは)。

 彼女の登場が撫子と猛の運命を左右する――。


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