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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第8部:花は散り際こそが美しく
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第3話:猛のこと、まだ好きなの?

 

 撫子たちがプールで仲良く戯れていた同時刻。

 ある喫茶店の片隅で優子は愛娘と食事をとっていた。

 ふんわりとした美味しそうなスフレを一緒に食べている。


「お母さん、ここのスフレ美味しいでしょう?」

「えぇ、甘さも私好みよ。淡雪はいろんな美味しいお店を知ってるわね」

「だって、お母さんと一緒に楽しみたいんだもの」


 幸せそうに恍惚な表情を見せる淡雪。

 普段は冷静で大人びた少女も、母の前では無邪気な子供だ。

 そんな娘に対して優子も優しく微笑み返す。


「嬉しいことを言ってくれるわ」


 お皿に乗ったスフレケーキは弾力感のある生地で、触感がとてもいい。


「このお店のスフレ、いつかお母さんにも食べさせてあげたいって思ってたの」

「ありがと」


 今というこの瞬間を楽しんでいる。

 淡雪という少女は本気で母親を愛して、慕っているからだ。


「淡雪。それにしても、いきなり会いたいなんて迷惑じゃなかったかしら?」

「全然、そんなことないわ。お母さんの方からこういう時間を作ってくれて嬉しいの。この夏は忙しくて、もう会えないかなって思ってたし」


 淡雪と優子はそれぞれ別の家族を持つ身だ。

 親子とはいえ、そう簡単に会える関係ではない。

 それゆえに、こういう触れ合いは彼女たちにとって大切な時間だった。


「そうだ。淡雪が誕生日にくれた枕、使わせてもらってるわ」

「ぐっすりと眠れるいい枕でしょう? こだわりのいい枕って高いけども、値段相応に心地よく眠れるから素敵なの。私も同じものを使ってるんだ」

「そう。淡雪は本当にお母さん思いのいい娘。私にとって自慢の娘よ」


 優子は彼女の手をそっと自分の手を重ねる。

 

「ねぇ、淡雪。お母さんからお願いがあるんだけども聞いてもらえる?」

「何かしら?」

「少し協力してもらいたいことがあるのよ」

「協力? 私にできることなら何でも言って」


 娘の屈託のない笑顔を見つめながら、優子は言うのだ。


「まずは、率直な質問なんだけど、撫子の事をどう思う?」

「撫子さん?」


 なぜ、あの子の名前を、と思いつつ、正直に伝える。


「あの子は視野が狭いと思うわ。自分のこれと決めたことを真っすぐにする強さとブレない信念はあるけども、周りが見えてない子供だもの」

「そうね。本当に見えてないわ」

「自分しか信じてないから味方を外に作ることもしない」


 その辺が淡雪にとっては撫子の欠点だとはっきりと言える。

 淡雪は撫子をこれまで何度も注意してきたつもりなのだが。


「人の意見には聞く耳持たず。自分の性格のせいですべてを失ってからでは遅いわ」

「彼女に危うさを感じてくれているのね。ありがとう、淡雪」

「お礼を言われることなんてない。撫子さんのそういう歪みを正せてはいないもの」

「苦い経験をしないと分からない子供と同じなのかしらねぇ?」


 人は経験を積むことでしか、自分の悪いところを直せない。

 注意されたところで、それを実感できないのだ。

 大抵の場合は実感をして、後悔した時には遅すぎるというのに。


「私はあの子たちの母親だから幸せを望んでいるわ。もちろん、淡雪にもね」

「うん」

「だからこそ、私は本当の意味でふたりにはそれぞれの幸せを手にしてもらいたい」

「お母さん?」

「あの子の考えでは誰も幸せにはなれない。もっと分からせてあげたいのよ」


 優子は「現実ってものをね」と朱唇に意味深な笑みを浮かべた。


――あらら。これは、何か企んでるようですねぇ。


 その笑みに淡雪は”気づかないフリ”をして誤魔化す。

 撫子を相手にするものであれば、“邪魔”する理由もない。


「夏が終わるまでは自由にさせてあげるつもりだけど、それで彼女たちの“恋人ごっこ”は終わらせる。いつまでも夢を見させてばかりはいられないから」


 母と娘、分かり合えるはずの二人に亀裂が生まれている。

 価値観が違う故のすれ違いが、大きな波乱という嵐を生み出す。

 

「撫子さんと猛クンを引き離すつもりなの?」

「もちろん。そのためにも淡雪に協力して欲しいの」

「……できる範囲でなら」


 猛本人を傷つける真似はあまりしたくない。

 せっかく和解できたというのに、また不仲にはなるのは避けたい。

 それに、悪いことばかりでもない。


「それはそれでこちらも好都合だもの」

「ん?」

「ねぇ、撫子さんとの関係をぶち壊した後は猛クンを私にくれる?」

「ちょい待って」

「ふふふ。猛クンを手に入れられるなら悪い話じゃない。協力するわ」


 しまった、と優子はすぐさま後悔する。

 淡雪と猛。

 ふたりの“恋愛関係”も優子にとって“引き裂きたい関係”だ。

 義理の妹との恋愛を壊して、実妹と関係が進展するなど本末転倒である。


「あのね、淡雪。貴方と猛は兄妹なの。恋愛的な意味は絶対に進展させないで」

「……?」

「そこでハテナ顔をしない! 分かってるでしょ」

「だって、お母さんは撫子さんと猛クンの関係を終わらせたいんでしょう? 私と彼の関係をどーにしかしたいわけじゃない」

「恋愛的な意味ならば、貴方たちの方が大問題ですっ。絶対ダメ!」

「えーっ」


 味方にしようと考えていたが、これはこれで問題になりそうだ。

 優子は少しげんなりしつつ、愛娘であるがゆえに強くは言えない。

 ずっと双子の関係を引き裂いてしまったことへの責もある。


「お願いです。普通の関係でいてください」

「いやだ」

「……はぁ。猛のこと、まだ好きなの?」

「うん、大好きよ。あっ、兄妹愛と恋愛、どっちの意味で好きって言ってほしい?」


 娘の問いかけに母は困惑しつつ、「聞きたくないです」と拒否した。

 淡雪の性格をよく知っている。

 彼女は自分の欲しいものを簡単に手放す子ではない。

 想いが消えるはずもなく、それを認めたくもない。


「そ、その件はまた今度改めて話し合いましょう」

「はぁい」

「とにかく、今、私が進めている話があるの。そこに淡雪も関わってほしいわ」

「具体的な話を聞きましょうか」

「これは“撫子包囲網”。あの二人の関係、撫子さえ押さえてしまえば終わるわ」

「猛クンは? 彼が何もせずにいると断言できる?」

「昔から、あの子は優しすぎて何もできないもの。厄介なのは撫子だけよ」


 そう言い切る優子。

 猛に対しては危機感を抱くどころか、過小評価をしている。

 優しすぎて、誰かを傷つけてまで行動できない。

 それは事実ではあるのだが……。


――お母さん、猛クンを甘く見ちゃダメよ。やる時はやる子だもの。


 いざという時には心の強さを見せる。

 そうそう、優子の思惑通りにいくかどうか。


「撫子包囲網。まずは、あの子たちの“居場所”から崩していくわ」

「……居場所、ね?」

「見てなさいよ、撫子。私を侮ったことを後悔させてあげるんだから」


 撫子たちの知らないところで、優子が策略をめぐらしていた。


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