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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第7部:水鏡に映る夏空
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第47話:そこは頑張ってよ、男の子


 朝陽が村を案内すると、いろんな人から声をかけられる。

 すっかりと村にもなじんでいる。

 その様子に猛はどこか安心した様子で、


「朝陽ちゃんはもうこの村の住人だね」

「確かに。すれ違う村人たちから好かれてるのは見て取れました」

「よかったよ。ちょっと心配してた事でもあったからさ」


 猛は朝陽に優しく微笑んでくれた。

 村の人たちと仲良くやってる事に安心してくれたらしい。


「うん。みんな良い人だからねぇ」

「意外と適応力があったんですね」

「どーいう意味?」

「私と同様に内弁慶なタイプだと思っていました」

「ナデはホントに他人に興味がなさすぎ。私とは違うタイプだと思うの」

「撫子は人見知りするからなぁ」


 朝陽自身も、この村に馴染んでいることを再確認。

 

――好かれているのは正直に嬉しい事です。


 あらかた村を回ると神社にも案内して、弥子にふたりを紹介する。

 お掃除中だった彼女はホウキを持ちながら、


「へぇ、この子たちがアサちゃんの従兄妹なんだ。美形だねぇ」

「今日は空真くんは?」

「お昼寝中、ぐっすり寝てるの。泣くことも少ないから私としては楽かな」

「残念。顔を見るのはまた今度だね」


 静かな鎮守の森の中に立つ神社。

 

「ねぇ、弥子ちゃん。ここって縁結びの神社なんでしょ?」

「そうだよ」

「実はこの子たちも付き合ってるのです」

「そっかぁ。ふたりは付き合ってるんだったら、縁結びの神様に御祈りしていけばいいと思うの。今の縁を固く結ぶためにもね」

「縁結びって良い人に出会えますように、という意味じゃないんですか?」


 撫子の素朴な疑問に弥子は「勘違いされがち」と前置きして、

 

「縁結びと良縁祈願は違うのよ」

「どう違うんですか?」

「縁結びは恋人が既にいる人が、結婚して結ばれたいと願う場所。逆に良縁祈願は良い人と出会えますようにと縁を願う場所なの」

「つまり、縁結びは私達みたいなカップルが行く神社と言う事ですね」

「ナンデスト。私は知りませんでした」


 縁結びと良縁祈願、どちらも同じだと思い込んでた。

 朝陽のように誤解しがちなのもしょうがない。


「その辺があんまり浸透していなくて、ごちゃまぜに勘違いされてるんだけどねぇ。まぁ、良縁祈願でも縁結びでも神様に祈ると言う意味では同じなのだけど」

「私は自分の運命は自分で切り開いてくという人間ですが、時には神に祈りたい事もあります。私自身ではどうしようもできないこともありますからね」


 神社の本殿にお参りをする撫子は、


「兄さんと結婚できますように。どこぞの誰かが邪魔をしませんように」

「どこぞの誰かが自分たちの母親だという」

「あら、あえて伏せてみたのですが。先ほど、姉さんから連絡がありました。どうやら、早くもお母様に私達の逃避行が知られた様子です」

「……うん、俺の携帯電話に何度も連絡がありました。返信が怖いので無視です」


 苦笑いするしかできない猛だった。

 愛の逃避行、初日の午後に発覚する。


「面倒なので着信拒否でいいですよ」

「逃避行と言ってたけど、ホントに反対されてる様子だね」

「認めてください、と言って認めてくれるような人でもないので」

「子供同士の恋愛だもん。難しいよねぇ」

「……朝陽さんに同情されたくはないのでいいです」

「なんで!?」


 すでに婚約まで決め込んだ従姉妹に対するひがみである。


「ねぇ、猛君。もしかして引き裂かれそうな感じなの?」

「どうだろうねぇ。母さんの本気度の問題だな」

「あの人は引き裂くつもりでいますよ。それゆえに今は私達の愛情を深めう時間なのです。私達の愛をさらに深めあうことを優先します」

「ナデって恋愛は一途な子だよね」


 昔から真っ直ぐな子である。

 真っ直ぐすぎて周囲が見えなくなるほどに。


「まさに思い込んだら猪突猛進、イノシシさんだね。いたっ」

「誰がイノシシですか。もっと可愛い動物で例えでください」


 隣でくすっと笑う弥子は縁結びのお守りをふたりに手渡す。


「何事も禁断の愛こそ燃え上がるものじゃない。じゃぁ、これはお姉さんからプレゼント。ふたりの縁が固く結ばれますように」

「ありがとうございます。兄さんと私の愛は必ず結ばれます」


 お守りを受け取り喜ぶ撫子は、年相応の可愛らしい笑顔を見せる。

 純情可憐な乙女の素顔。


――常日頃からこんな可愛い顔をしてたらもっと人気が出ると思うの。


 そう思いつつも、反論が怖くて言えない朝陽であった。

 朝陽達が縁結びの話をしていると、「朝陽ー」と呼ぶ声に振りむく。

 神社の緩やかな方の坂道を歩いてきたのは沙羅ちゃんだ。


「ちょうど良い所であったわ。朝陽、いいものをもってきたの」

「何ですか? って、これなぁに!?」


 沙羅が朝陽に見せつけたのはいわゆる呪いの藁人形。

 思わず、その場の誰もが唖然としてドン引きする。

 

「まさか本物を持ってくるとは思わなかったです」

「こ、怖いんですけど。というか、どこでこんなの売ってるの?」

「ネット通販で探して見つけてきたのよ。ふふっ、緋色の髪の毛をむしり取ってコレに入れて釘で打ちましょう。ねぇ、弥子。ご神木はどれかしら?」

「沙羅、本気すぎ。やめーい。人の神社で、何てことをしようとするの。没収です!」

「あー、取り上げないで! それを探すのに苦労したんだから。アイツなんて呪われたらいいのよ。私から朝陽を奪った罪は重いわ」


 暴走気味な彼女に朝陽達は呆れるしかなかった。

 どうやら、ホントに緋色を呪おうとしている様子。

 

「呪われたら可哀想なのでやめてあげてー。もうっ、沙羅ちゃん。私の幸せをお祝いしてはくれないの? いい加減に認めてよぉ」

「したいけど。相手がアイツだって言うのが許せない」

「緋色は素敵でいい人ですよ?」

「ほらぁ。朝陽がもうすっかりとアイツ色に染められてるし。アイツの本性を知らないのよ。平気で浮気とかされたりするかもよ?」

「しませんよ、多分。きっと。私はそう信じてます」

「朝陽も目が泳いでるじゃんっ。緋色め、許さん」


 朝陽にすがり付く沙羅をなだめる。


「いい加減にしなさい、沙羅。貴方には東堂君がいるでしょ?」

「け、慧斗の話は今、関係ないし。何かとその名前出すのはやめて。私と慧斗との関係はものすごく微妙な関係なのよ」

「何よ、東堂君から告られてるんでしょ。元通りの関係に戻ろうってさぁ?」

「ほ、放っておいて。それに触れないで。本当に難しい問題なんだから」


 弥子に言われて頬を紅潮させる。

 東堂の想いに応えたいけど、足のこともあり踏み出す勇気がないようだ。

 

――緋色と同じ、自分の人生を他人に背負わすと言う事は難しくもある。


 誰だって、好きな人に嫌われるかもしれないと思うと怖いもの。

 覚悟が必要なのだ。


「ゆっくりでいいと思うの。無理して焦っても、同じことを繰り返すだけだもん」

「朝陽は私の事を分かってくれてる。うぅ、大好きよ、朝陽」

「きゃっ。くすぐったいよ、沙羅ちゃん」


 彼女に抱き付かれていると、その様子を撫子が見つめていた。

 

「やめて、その変な意味で微笑ましそうな顔はやめて。怖いっす」

「あらら。朝陽さんはいつのまか百合属性に……むしろ、どちらでもOK?」

「違いますぅ!? ナデ、変な誤解はしないで?」

「どちらにしろ、男女問わず愛されてるようです。貴方らしい」


 そこでようやく、撫子と猛の存在に気づいた沙羅は、


「あれ? こちらの方はどなた?」

「私の従兄妹なの。夏休みだから遊びに来たんだ」

「初めまして、従姉がお世話になっています。大和撫子と言います」

「……大和撫子? えっと、芸能人の名前か何か?」


 沙羅がきょとんとした表情を浮かべる。

 

「そうだよね、誰でも初めはそんな顔をすると思うの」

「よく言われますけど一応、本名です」

「そう、すごく可愛らしい名前。朝陽の従兄妹って言うだけあって美少女さんだ」

「ありがとうございます」

「私は沙羅よ。この子とは大親友なの」


 朝陽に顔をすり寄せて彼女はそう言ってくれた。

 

――いろんなことがありましたが、ここまで関係改善できて嬉しいです。


 自己紹介を終えると、「そうだ」と彼女は朝陽に言った。


「ちょうどいいわ。弥子、アレにこの子達も誘いなさいよ」

「あー、いいね。ねぇ、おふたりとも今日の夜はお暇?」

「暇ですけど?」

「今日は友達同士でバーベキューをする予定なの。もちろん、アサちゃんも参加するし。大勢の方が楽しいし、みんなでパーティーしようよ」

「そう言うことならば、ぜひ」


 弥子の誘いを受けて撫子達も参加する事に。

 今日は楽しい夜になりそうだった。





 神社から移動して、駅前の緋色の喫茶店に立ち寄る。

 夕方から学童保育のアルバイトがあるので、こちらのお仕事はお休みだ。

 

「緋色ぉ。さっき連絡したけど、従兄妹たちを連れて来たよ」

「あぁ、ようやく来たか」

「初めまして、緋色さんですよね。大和家のお荷物、もとい、ダメ従姉が大変お世話になっています。これからも見捨てずにいてあげてください」

「その挨拶の仕方はないでしょ!」


 撫子のこういう底意地の悪さが嫌いだ。

 事前に連絡していたこともあって、すんなりと紹介を終える。


「田舎にようこそ、おふたりさん。立ち話もなんだし、中へ入れよ」

「……緋色がいつもよりも真面目だ」

「一応、お前の親戚相手だからな」


 席に案内すると、猛は「コーヒーの専門店みたいですね」と興味津々のよう。

 お店に置いてあるコーヒーメーカーが気になっているようだ。

 緋色曰く、昔ながらの純喫茶をイメージしたお店作りをしているらしい。


「都会に負けないコーヒーの味を出してるよ。猛だったか。コーヒーは飲むのか」

「えぇ、好きですよ。風味や味わいが適度に分かる年齢になりました」

「いいね。俺も中学の頃くらいにようやく味が分かりだしてな。コーヒーは奥深いぜ。今すぐ美味いコーヒーを淹れてやるから待っててくれよ」


 男の子同士だからか、緋色と猛は話をしやすいみたい。

 コーヒーを淹れながら緋色がご機嫌の様子を見せる。


「そういや、一つだけ聞きたかったんだが。大和家って言うのはホントにお金持ちだったりするのか。いまだに朝陽が本物のお嬢様なのか疑問でな」

「そうですね。上を見ればきりがありませんが、それなりの家柄ではあります。遊んで暮らせるほどではなくても、お金に困らない程度にはお金持ちですね。特に朝陽さんの両親はお医者さんですから、こう見えて、お嬢様である事には間違いないです」

「……やはり、本物のお嬢様かぁ。ちっ、まずいよなぁ」


 それは緋色が気にしていること。

 婚約してから、どうにも朝陽の実家が気になっている。


「だから、緋色。私の家なんて大したことないってば」

「どこかだよ。お嬢様には違いないじゃないか。こんな田舎に本当に引っ張り込めるのか。お前の両親に会うのが不安だ。はぁ、自信がなくなってきたぜ」

「そこは頑張ってよ、男の子」


 緋色って意外とこういうことを気にする性格なのだ。

 そんなやり取りをする朝陽達を見て、ある程度察したのか、


「ご心配せずとも、朝陽さんのご両親はお優しい人です。親戚の中でもダメな彼女が結婚するなんて事に反対などしませんよ。むしろ大歓迎されると思います」

「言い方に気を付けて!?」

「本当のことじゃないですか。というか、まだ結婚の報告をしていなかった方に驚きです。朝陽さんが自慢げに言うので、てっきり了承済みかと」

「さ、最近、婚約したばかりなんです」


 実際のところ、まだ姉にすら報告できていない。

 

――近いうちにはしようと思うのだけど、何て言われるのか不安なの。


 困惑気味な緋色に向けて穏やかな笑みと共に、


「緋色さん。自信を持ってください。家と家の格が違う事で悩みはあるでしょう。しかし、大切なのは誰を想い、愛していくのかの覚悟です。こんなダメな従姉でも、貴方は選んでくれた。その覚悟があってのことでしょう?」

「……まぁな」

「ならば、その想いをしっかりと朝陽さんのご両親に伝えてあげてください。何だかんだ言いながらも、祝福してもらえると思います。だって、こんなにも朝陽さんが幸せそうな顔をしているんですから安心できます。断る理由はありませんよ」


 緋色は「そう言ってもらえると自信がつくよ」と表情を和らげる。

 

「あのー、ナデ。良い事を言ってくれるのは良いんだけど、どうして私本人には言わないんでしょう。私のこと、全然祝福してくれてなかったよね?」

「貴方個人を祝福する気はないからですよ。負けた気がするので。ふんっ」

「ホントに素直じゃない人だらけですねッ!」


 笑い声が響く店内。

 コーヒーのいい香りがする中で楽しく談笑を続けるのだった。


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