表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第7部:水鏡に映る夏空
231/254

第40話:言えなかった言葉があるんだ


 日暮家のお墓は離れた場所にあるため、車に乗って連れて行ってもらう。

 静かな森に囲まれた霊園だった。


「親父はここの人間ではなかったけども、生前から死んだ後の墓はこの村が良いって話してたらしくてな。……ここだ」


 比較的新しいお墓に日暮の文字が刻まれている。


「日暮道宏。俺の親父はここに眠っている」

「……うん」


 まだまだこれからって時に、心筋梗塞で亡くなってしまった。

 あまりにも突然の死に誰もが混乱し、苦悩した事だろう。

 それは亡くなった本人ですらも……。

 もっとやりたい事もあったし、家族と同じ時間を過ごしたかったという事は容易に想像できるのだ。

 朝陽達がお花を供えると、彼は手を合わせて、


「親父か。良くも悪くも、俺達はあんまり話さなかった」

「そうなの?」

「思春期になっても父親と喧嘩する事もなかった。コーヒーの淹れ方を教わる時も、言葉ではなく行動で示す人だった」


 だが、人の言葉には重みがあるのだ。

 言われた方が忘れらない程の想いが込められた言葉には――。


「でも、今は思う。俺はもっと親父と話すべきだった。いろんなことを聞きたかった。話したかった。何で俺達はそれをしなかったんだろう」

「後悔してる?」

「多分。きっと、俺はもっと話したかったんだろうな」


 今回の事で彼は自分の父の過去を知った。

 どうして、都会を捨てたのか。

 この小さな村に移住してきたのか。

 生前には聞くことさえしなかった。


「親父が東京にいた頃に、どんな経験をしてきたのかは俺は知らない。都会から逃げ出してきた、そんなの初めて知ったぜ」

「逃げ出したわけじゃないでしょうに」

「逃亡の果てに、母さんと知り合って結婚したんだぞ」

「人生、何があるかは分からないもの」

「……そうだな。だからこそ、面白いんだろうさ」


 言葉は悪いけども、そこには緋色なりの想いが込められている。


「お嬢は知ってるだろ。俺はずっと都会に憧れ続けてた」


 田舎暮らしに飽きて、都会に憧れる子供。

 緋色と言う男の子はずっと、ここから出ることだけを考えていた。


「親父は、そんな俺に何も言わなかった。都会に行きたければ、行け。亡くなるまで、そんな感じだったからな」

「反対してなかったんだ。意外だね」

「どうだろう。自分の目で見て、経験してどうするかを選べって事だったのかもしれないな。親父はそう言う人だった」

「道を強制する人じゃなかった?」

「あぁ。でも、最後の最後に……突然亡くなって、こんな形で俺の人生を変えるとは思わなかっただろうに。それはあの人にとっても想定外だったんだろう」


 突然の自分の死が子供の人生に影響を与えるのは考えていなかった。

 それは多分、不本意な事だったには違いない。

 

「緋色は、今の生活が嫌?」

「慣れてしまえば普通の事だ。これからも続けていくだろうし」

「でも、都会に行きたいって夢も諦めきれない?」

「……そうだな。だが、夢を諦めるには、何もしなかった。足掻くことも、必死になることも何も俺はしなかった。だから、諦めると言うのは違うかもしれない」


 あまりにも突然のことで緋色は自分の人生を見つめ直す時間もなく、選択した。

 この村に暮らし続け、父の店を継ぐと言う選択を……。


「なぁ、お嬢。俺はお前に言えなかった言葉があるんだ」


 それは朝陽自身が悩んでいた事、そのもの。


「俺達は今、付き合ってるつもりだ。だけど、本当にこれからも付き合い続けられるのか。そのことに不安を抱いたことはないか?」

「緋色?」

「……お嬢はいつかこの村からいなくなる存在。いつかは、もうすぐかもしれない。お前と言う存在を失うかもしれない現実が俺は怖いと感じている」


 それは緋色が初めて漏らした本音。


「俺の言葉がお嬢を縛り付けるかもしれない。そう思うと言えなかった」


 朝陽はまだ本当の意味で緋色の想いを知らないでいる。


「お嬢に言いたいことがあるんだ。俺の言葉で、言いたい言葉が……」

 

 静かな森の中で、緋色は朝陽にそう言ったんだ――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ