第31話:自信がないからかもしれないなぁ
ラーメン屋を出て、街中を歩いてると、
「ん? あれは?」
赤ちゃんを乗せたベビーカーを押す弥子だった。
先月、可愛い男の子が生まれたばかりだ。
「弥子ちゃん。あー、空真(くうま)クンもいる」
「アサちゃんと緋色君だ、こんにちは。仲良くデート中?」
「ただの休憩中なだけだよ。クマ坊やも一緒か」
「くうま! クマじゃないー。人の息子をクマと呼ばないで」
弥子の旦那さんが名付けたと言う空真と言う名前。
わざとらしく緋色はクマと呼んでいるのでひどい。
「可愛いよね、空真クン。朝陽お姉ちゃんですよー」
ほっぺたを触ると可愛く反応してくれる。
「赤ちゃんほっぺはすべすべで柔らかい」
「でしょう」
「手も小さくてすごくキュート。可愛いなぁ、赤ちゃん」
「やっとお外に出られるようになったんだ。散歩してるの」
「お外デビューかぁ。空真クン、お外の世界はどうですかぁ? んー?」
朝陽が指を差し出すと、その小さな手で朝陽の指を握ってくれた。
楽しそうに笑顔を見せる赤ちゃんの姿に癒される。
「空真クン、大人しいねぇ」
「夜は泣いてばかりで大変です」
「あらぁ、子育ても楽じゃない」
「でも、この子の笑顔に癒されてます。そうだ、アサちゃん。この前くれたベビー服、ありがとう。すごくこの子に似合ってるの」
「気に入ってくれて何よりだよ」
「やっぱり、アサちゃんは都会育ちだからセンスがいいよね」
先日、ネット通販で注文した服をプレゼントしたのだ。
「えへへ。空真クンみたいな可愛い子が私も欲しいデス」
「と、恋人がおねだりしてますが、どうなの、緋色君?」
「……ノーコメントで。俺にコメントを求めるな」
どこか照れくさそうに視線を逸らす緋色だった。
「アサちゃんに感謝することがもう一つ。先週、学童のお手伝いを頼んだでしょ。すごく好評でね。よければ、また手伝ってもらいたいんだ」
「学童? あれか、公民館でやってる学童保育か」
「そうだよ。私の知り合いがやってるんだけど、若い子に手伝いして欲しいって言われてアサちゃんを紹介したの。アサちゃん、子供にすごく懐かれてたんだって」
弥子に紹介されて学童保育のアルバイトを少しだけ手伝った。
子供達に囲まれて、遊んであげたりピアノを弾いたりして。
楽しい時間を過ごしたのだ。
「私も楽しかったよ」
「アサちゃん、ピアノが上手なんだよね」
「こう見えても全国25位の実力者ですよ」
「すごいのか、すごくないのかよく分からない実力レベルだな」
緋色に言われて「普通に弾ける程度にはすごいの」と唇を尖らせた。
「アサちゃんさえ良ければ、また時間が空いた時にでもお願いできる?」
「うんっ。子供たちと遊ぶのも楽しいからやるよぉ」
「ありがと。すごく助かるよ」
「お嬢が学童ねぇ?」
「何か言いたそうですね?」
「別に。お子様はお子様に好かれるんだなぁ、と」
「いつもながらに一言多い!」
むすっとした朝陽をかばうように弥子も、
「ホント、緋色君は昔からこれだもの。その口の悪さを直しなさい」
「……俺は俺だぞ。こんなやつだ」
「開き直るな! まったく、幼馴染として悲しい」
「口うるさいのも変わらずだな。旦那にもそんな態度か。面倒くさいやつ」
「あ、ああいえば、こういう。文句ばっかりの……」
言い争うふたりを朝陽は「仲いいなぁ」とぽつり。
「は? どこをどうみればそうなる」
「そうだよ、アサちゃん」
「仲いいでしょう? 本音でいい合えるというか、羨ましいです」
「えー。いやいや、全然羨ましがられることじゃないから」
「ふたりって、お付き合いとかしてたの?」
「「は、はぁ!?」」
いきなり妙な疑惑を抱く彼女。
それは嫉妬心。
思いもよらぬ朝陽の嫉妬に二人は、
「何を言ってるのやら。弥子とは今も昔も何もねぇ」
「そうそう。幼馴染ってだけで、この人に何か変な感情とか微塵もないので」
「こんな横暴女とどうこうなるなんて、ありえない」
「……それはこっちのセリフよ。アサちゃん、変な疑惑を抱かないで」
「ホントに?」
「本当です。一時的にでも憧れや好意を抱いたことはありません」
「そうなの?だって、私の時と緋色も態度が違うんだもん」
朝陽からすれば、自然体でいる彼らが羨ましい。
――言いたいことを言い合えるのって信頼関係があるからだよねぇ。
ふとしたことだけども、特別な何かを感じてしまうことがある。
シュンッとした朝陽に弥子は感じ取るものがあったのか、
「……緋色君。アサちゃんにもっと優しくしなさい。ダメ彼氏」
「うっせ」
「アサちゃんが自信なくしてるじゃん」
「俺のせいかよ」
「こういう時は彼氏が悪い。緋色君に変なことされたりしてない? 目隠しプレイとかされ始めたら私に相談して……」
「変なことを吹き込むんじゃねぇ!」
弥子は「変な趣味持たないでよねぇ」とけん制すると、
「ねぇ、アサちゃん。緋色君が好き?」
「大好きですよー」
「だったら、その気持ちを大事にしてあげて。この口が悪くて、性格も悪い幼馴染に、こんなにも純粋な女の子から好意を抱かれる機会は多分もうない」
「言いすぎだろ、それ」
「あるとでも? ないでしょう。ないわよね」
「……」
返す言葉がない緋色はバツが悪そうに視線をそらした。
「緋色君って、昔からこんなんだから、よく誤解とかもされがちで……誤解? 違うわよね、彼の場合は本性だもの。何かあっても自業自得?」
「さらっとディスってんじゃねぇよ」
「とにかく、性格に難はあるからいろいろとあると思うけど、見捨てないであげてね」
「うん」
朝陽も自分が世間に誇れるような良い女というわけでもない。
――私なんてニートに尻尾が生えた程度のダメダメな子だし。
緋色と付き合うのにどこか不安がつきまうとうのは、
――自信がないからかもしれないなぁ。
もっと素直にラブラブな雰囲気でもあれば別なのだろうけども。
それを緋色に期待するのは……。
「無理だよねぇ。この人、根っからの意地悪さんだもの」
「あん?」
「なんでもないですよー」
「それじゃ、私はもう行くね。緋色君、あんまりアサちゃんをイジメないように。こんな素直でいい子、他にいないんだからね?」
「……へいへい」
「じゃあね、弥子ちゃん、空真クン」
弥子ちゃんと空真クンが去っていくのを見守る。
「可愛すぎるよね、空真クンって……赤ちゃんはみんな可愛くていいなぁ」
「クマ坊やか。ああいう時期が一番育てるのが大変らしいぜ」
「あと、空真クンの事をクマと呼ばないであげてください。そろそろ、戻ろっか」
朝陽は緋色の腕に抱き付くと、彼は何も言わずに歩き始める。
「……」
傍目には恋人同士に見える。
だけど。
朝陽はまだちゃんとした意味で緋色から好きって言われていなくて。
距離はこんなに近づいてるのに、少しの不安が心の中にあったんだ――。




