第30話:すっかりとこの村に馴染んでるよな
朝陽が村に来てから数ヶ月が経ち、季節は7月に突入していた。
本格的に暮らし始めて、すっかりと馴染んできた。
梅雨の終わり間近。
久しぶりに外が晴れ間でお洗濯が気持ちよくできる日の事だった。
「緋色、オーダーだよ。コーヒー2つとカフェオレ1つ」
「了解。次、お嬢はレジ頼む」
「任せて~」
朝陽は緋色の喫茶店でアルバイトをしている。
ウェイトレスとして働きながら、緋色の傍にもいられる。
緋色は嫌がっていたけども、奈保が勧めてくれて採用されて今に至るのだった。
「ありがとうございましたぁ」
お昼も過ぎて、ランチタイムの忙しさからもようやく解放される。
残りのお客様は食後のコーヒータイムと言う感じだ。
奥で後片付けをしていた奈保が声をかける。
「朝陽ちゃんもずいぶんと慣れてきたじゃない」
「はい。頑張ってます」
「やっぱり、可愛い女の子がいるといないのとでは大違いねぇ」
「そう?」
「お店の中が華やぐわ。売り上げ的にも好調だし、朝陽ちゃん効果は絶大ね」
「はんっ。最初はレジ打ちののひとつも満足にできなかったけどな」
「……ぐぬぬ。間違えまくって迷惑かけてすみませんでした」
初めての頃は散々迷惑をかけた事もあり、言い返せないので大人しく拗ねておく。
「今はミスも少なくなったもん」
「時々、単純ミスはするだろうに」
「くーん……」
「はぁ。ホント、口の悪さはどうにかならないのかしら。母として呆れてしまうわ」
大きくため息をつく奈保は「ひどい奴でごめんね」と謝ってくる。
「いえいえ、緋色はそう言う男の子なので慣れっこなのです」
「おい」
「ホントでしょう?」
「まったく、この子は。せっかくの恋人なのに、意地悪ばかりされてない?」
「緋色がこういう人なのは分かってるので大丈夫です」
「うぅ、朝陽ちゃんが良い子過ぎるわ。うちの息子を見放さないであげて」
ぎゅっと身体を抱きしめられてしまう。
朝陽と緋色は付き合っている。
――片思いではないよねぇ? ……多分。
自信がないのは緋色本人が“愛してる”とか“好き”とか言うタイプではないからだ。
――時々はちゃんと愛されてる確認がしてみたかったり。
想いは伝わるけども、口に出してほしい時もある。
それと、口の悪さは全然変わってないので凹まされてばかりだった。
「お料理の方だって上達してきたじゃない」
「奈保さんのおかげです」
実際、朝陽の料理スキルは当初に比べると遥かに成長した。
料理は包丁を持つところの基本から、味付けなどの調味料の説明も一からしてもらい、今の朝陽は自炊くらいはできると言える程度にまで成長していた。
ホント、奈保にはお世話になりっぱなしである。
「朝陽ちゃんを教えるのってすごく楽しいわ。娘がいたらこんな感じなんだろうって思えるもの。それに手先は器用だから覚えるのも早いし」
「お料理楽しいです。奈保さんのおかげで楽しさを感じられています」
何かをできるようになると人間って不思議なもので、もっと上に、もっと別なものを、と挑戦してみたいと思ってしまう。
今では自分から料理をしたいと思えるほどになっていた。
――小さな頃からママに料理を教わっていればよかったのに、とちょっと後悔。
以前は自炊などしようとも思わなかったのでしょうがない。
「それに、朝陽ちゃんがいてくれて助かってるもの。あの無愛想な緋色と違っていつも笑顔だし、常連さんからの評価も高いのよ」
「えへへ」
「というわけで緋色はもっと朝陽ちゃんを大事にしなさい」
「はいはい。適当にしておく。お嬢、コーヒー出来たから運んでくれ」
「はーい。……お待たせしました、コーヒーです」
ウェイトレスの仕事の方にはずいぶんと慣れた。
忙しい時間帯は大変だけど、落ち着いた時の雰囲気が朝陽は好きだ。
のんびりとした午後の眠りを誘うような穏やかな時間の流れ。
最後の客が帰って、お店が静まり返る。
三時くらいまではしばらくお客さんも来ないので、朝陽達の自由時間になる。
「それじゃ、行くか。母さん、お嬢と一緒に出かけてくる」
「分かったわ。いってらっしゃい」
お店を出ると、朝陽達のお昼ご飯の時間だ。
あんまり遠出はできないので、近くの商店街のお店で食事をとる事が多い。
「昼飯、何を食べたい?」
「今日はね、駅前にあるラーメン屋さん」
「あの店、好きな。田舎の店にしては挑戦的だが」
「創作ラーメンってすごく楽しいよねぇ。どれにするか悩んじゃう」
「俺はカルボナーララーメンの一択だな」
「そして、緋色のお気に入りはマニアックだし」
「最初に気に入ったやつしか食べないのは認める」
お昼は基本的に緋色と一緒に食べる。
外に出る時は大抵、彼と一緒にいる事が多い。
せっかくの恋人同士、同じ時間を共有しあいたいのだ。
「そうだ、鹿肉でも食べろよ」
「唐突になんですか」
「そういや、ジビエを食べさせてないなぁと思いだした」
「ジビエさんは食べません。あと、お肉はどちらかと言えば好きじゃないし」
「それでも胸はデカい方という謎」
「地味にセクハラですからね!」
「いてぇ。叩くんじゃない」
「ふんっ。お肉なんて食べなくても栄養がそっちに行くんだい」
朝陽の存在価値がこのおっぱいだけとか悲しいことを言わないでもらいたい。
「相変わらず、お前は肉より野菜か」
「うん。野菜と言えば、この前、田村のおばあちゃんい貰ったトマトが超美味しいの」
「あのばあさん、まだ畑作ってるのかよ。良い歳だろうに」
「畑作業をするのが好きなんだって。おすそ分けとかよく貰うんだよ。松村のおじいちゃんからは、きゅうりとかトウモロコシをたくさんもらった」
「お前は爺さんたちに気に入られてるからなぁ」
「うん。ご近所さんのおばあちゃんやおじいちゃんにはよく野菜をもらうのです。どれも新鮮で美味しいの。この村の野菜は最高だよ」
「お嬢って、すっかりとこの村に馴染んでるよな」
村に若い子が少ないと言う事もあり、お年寄りの方からは可愛がってもらってる。
素直な朝陽の性格も合っているんだろう。
「私って根が素直だからねぇ。愛されるのですよ」
「自分で言うな」
「ふふふ、でも、ホントのことだもん」
都会では悪く言えばコミュ障気味だった。
そんな朝陽だが、この田舎では人間関係作りに頑張っている。
村の皆が良い人なので、朝陽も自由に自然体になれるのだ。
目的地のラーメン屋さんに到着して、それぞれ気に入ったものを注文する。
創作ラーメンのメニューは変わり種がたくさんあって悩んでしまう。
ちなみに一昨日来たときはトマトたっぷりのラーメンにご満悦だった。
「俺はカルボナーララーメンな」
「はいはい。私は……トマトラーメンと悩んだけど、レモンラーメンにしよう」
「レモン系好きだな。酸っぱくないか」
「このラーメン、見たよりも酸っぱくなくてさっぱりしてるの」
レモンの酸味があいまって、爽やかなお味がお気に入りだ。
運ばれてきたレモンラーメンはスライスされたレモンがたっぷりとのせられており、その酸味が程よくスープに馴染んで美味しい。
「うん。これこれ。このさっぱり感がいいの。野菜もたっぷりだし」
「ヘルシー志向だな。お肉が足りない」
「緋色がカルボナーララーメンが好きなのはお肉たっぷりだから?」
「それもあるな。カルボナーラ風味でチーズとベーコンの相性がいい」
「なるほど。たまには他のにもチャレンジしてみたら?」
「気が向いたならな」
とか、言いつつも緋色は次に来ても同じメニューを頼むのだろう。
緋色と言う人間が大体、どういう人間なのか朝陽も分かり始めている。
――こうと決めたら変えないタイプ。一途なんだよねぇ。
口が悪く捻くれているようにみえて、真っすぐな一面もある。
「人の顔をじっと見て、なんだよ?」
「きっと緋色は浮気しないタイプです」
「は? 他にいい女がいたら、そっちに乗り換えるぞ」
「れ、恋愛の話じゃなーい。しかも、そっちの浮気は絶対にダメェ!?」
しれっと悪態つくのが緋色らしい。
これも照れ隠しなのだと分かっていても、
「ぐぬぬ。ホントに緋色は意地悪さんだ」
「そう拗ねるな、お子様」
「うぅ。他の子に浮気しない?」
「今のところは、目移りする女子もいない」
「……緋色の一途さを信じますよぉ。浮気したらレモンスライスしてやる」
「怖いわ、やめろ」
「だったら、浮気しないで、私だけを見てていてください」
くすっと微笑しつつ、朝陽はラーメンをすするのだった。




