第26話:ありがとう、朝陽
親友、沙羅との和解することができた。
その代償として、服をびしょびしょにしてしまった。
「へくちゅっ」
そのまま帰るわけにもいかず、朝陽は旅館の温泉に入れてもらう。
ついでに沙羅とも一緒に入ることになった。
「大丈夫、朝陽?」
「大丈夫、大丈夫。これくらい平気だよ」
濡れた衣服は心春が洗濯機で洗って乾かしてくれるらしい。
『ごめんね、小春ちゃん。迷惑かけちゃって』
『いえ、お姉ちゃんと仲直りできてよかったですね』
――あの子の微笑みは可愛すぎる。私にもああいう妹が欲しかったデス。
末っ子ゆえの願望。
妹属性にとても弱い朝陽であった。
「さすが温泉旅館の温泉だね」
中は広い上に、露天風呂まである。
広々とした湯船につかる。
「ふわぁ、ホントに広いお風呂だねぇ」
「そうね。この時間はまだお客さんも入っていないから誰もいないし」
「私達だけの貸し切りみたいな感じでいいかも」
湯船まで移動する際は沙羅の手を取る。
沙羅は足を引きずりながら一緒にお風呂の中へ。
「ありがと、朝陽。介助までしてもらって」
「……うん。これくらいなんでもないし」
「情けないけど、一人じゃお風呂にも入れない」
「いつもは?」
「毎回、心春に手伝ってもらってる。いい年して姉妹そろってお風呂なわけ。あの子には申し訳ない以外の言葉がないわ」
「ありがとう、でいいんじゃない?」
「……そうかな」
不自由な身体になって困るのは家族にも迷惑をかけることだ。
それを彼女は心苦しくも思っている。
「小春ちゃんとは仲が良いんだ?」
「……あの子にしてみればお荷物な姉でしょうけどね」
「そんなことないよ。そんな風に思っちゃダメ」
「ごめん。なんかずっとネガティブ思考で、いろいろと考え過ぎてばかりいるの」
ずっと心をすり減らしてしまった結果。
彼女の顔から笑顔が消えてしまった理由だ。
誰だって、こういう境遇になれば思い込むこともある。
沙羅が悪いわけではないのを周囲は知っている。
「リハビリを続けていれば日常生活に支障がない程度にまで回復するとお医者さんは言ってるけども、中々前に進まない現状にはさすがに応えるわ」
「元通りの生活に戻れるまでには時間がかかる?」
「苦労して、改善すれば救われるけど。そうじゃなければ、きつすぎる」
大変な想いをして、苦しい思いをして。
それでも、やっと一歩ずつしか進めない。
――だからこそ、彼女の心は疲弊して、苦しみ続けてきたんだなぁ。
沙羅と一緒にお風呂に入りながら、
「ふぃー。温まります」
「投げた私が言うのも変だけど、この季節の池に飛び込むのは無謀だと思うの」
「だって、大事なものだったんだもん」
無くしたくない思い出、込められた想いは永遠だもの。
「友達のためならば、身が凍るような冷たさくらい平気です。……嘘です、めっちゃ寒くて凍えてました。もう経験したくありません。あと、鯉さんの池なので、あんまり綺麗な場所でもないし。これで風邪をひいたりしたら……」
「ご、ごめん。私が悪かったわ」
「なのです。でも、見つかってよかったぁ」
「大事なもの、か。私は忘れかけていた。貴方との思い出も、あのブレスレットの事も。親友なんて私にはいないと思い込んでいた」
湯煙の中、沙羅は小さく笑う。
「バカだね。私は……こんな風に想ってくれる友達がちゃんといてくれたのに」
彼女の手が朝陽の頬に優しく触れて、
「可愛い妹みたいな存在だった。私の親友。朝陽まで突き放そうとして、私は世界で一番不幸な人間だっていう悲劇のヒロイン気取りでいた自分が恥ずかしいわ」
「……沙羅ちゃん」
「リハビリに疲れはてて、家族に迷惑かけまくってる事に恥ずかしさを感じて、友達からも距離を取って。そんな自分には何も残ってないはずだった」
朝陽はその手に自分の手を重ね合う。
苦しい想いをし続けてきた。
こんな彼女を放置して、忘れてきた朝陽が友達面をしていいわけもなく。
――苦しいからこそ、一緒にいてあげないとダメなんだ。
本当に自分の愚かしさを痛感させられる。
「でも、今は私がいるよ? みんなともまた仲良くなろう?」
「……朝陽は優しいわね」
「今度こそ、友達になれたんだもん。友達のために頑張りたいだけ」
親友という言葉が似会う関係に戻れた。
それならば、朝陽は親友として彼女の心を支えてあげたい。
「けれど、朝陽はいつまでもここにいられるわけじゃないのでしょう?」
沙羅の言葉に朝陽は自分の境遇についても考えさせられる。
――現在の私、ただの無職さんです。忘れてました。
地に足がついていない、他人の心配をできるような立場ではない。
「いえいえ、全然余裕なのです」
「あれ? 大学生になったんじゃ?」
「実は……大学受験に失敗しちゃって、ただのニートなのです。何も目標が見つけられていないダメな子です。ぐすっ」
「あ、朝陽? そんなに落ち込まなくても」
「家族からは生暖かく見守り、もとい呆れられて見放されてる状況なの。東京に戻っても、またお姉ちゃんからいじめられる日々なのね」
それは自業自得である。
これから先、どうしたいのかさえも決められていない。
ここに来たのも現実逃避があったりする。
そんな朝陽に沙羅はお願いをするように、
「それならさ、もう少しこの村にいない?」
「この村に?」
「朝陽さえよければだけど。そっちに余裕があるのなら、私はちょっとでも長く貴方と一緒にいたい。いろんな話をしたい。ダメかしら?」
残ってほしいと言われて、すぐさま、「うん」と、軽く二つ返事をする。
「いいの?」
「せっかく仲直りできたんだもん。私も同じ気持ちだよ」
朝陽がここにいられる時間に明確な期間が決められているわけでもない。
今の朝陽にはゆっくりと進路を考えてもいいと思うのだ。
――それが甘い考えだとお姉ちゃんにはまた怒られちゃう。
でも、スローペースな朝陽だからこそ、自分に合わせるのも悪くはない。
「ありがとう、朝陽」
穏やかに沙羅が微笑む。
その笑みが朝陽には何よりも嬉しく感じた。
「ところで朝陽。貴方は身体つきだけは大人になったわよねぇ」
「そう?」
「その辺の成長ぶりは私の知ってる朝陽じゃない。ていっ」
ぽにゅんっ。
「ひゃいっ!?」
いきなり彼女が朝陽のおっぱいを鷲掴みしてくる。
「にゃ、にゃー!?」
「柔らかい。男の子が夢中になるのが分かるかも」
「そんな気持ちわからなくていいから」
「そもそも妹分に胸のサイズで負けてるのは敗北感よねぇ」
「は、離して~、沙羅ちゃん!?」
「いやだ。胸がお湯に浮かぶって言うのが女として羨ましい」
彼女は朝陽の胸を揉んで楽しむ。
突然の行為に顔を赤らめてお湯の中で暴れる。
「やーめーれ!? 女の子に揉まれても全然嬉しくないんですぅ」
「あらぁ、私は楽しいから。男なんかに朝陽はあげません」
「はっ!? 何だか艶っぽい瞳で見つめられてる!? 何この百合展開!?」
「本当に朝陽は可愛いわよねぇ。うふふ……朝陽を私のモノにしたいわ」
艶やか唇、うっとりとした表情を浮かべる沙羅。
「その言い方がマジっぽいんですけど! じょ、冗談だよね?」
「私のモノになって欲しいなぁ……だって、私達は親友なんでしょう?」
「親友ってそう言う百合的な関係じゃないよ!? にゃーっ!」
朝陽の必死に叫ぶだけがお風呂場にこだまするのだった。
「くすっ……ホント、朝陽って素直で可愛い子よね」
じゃれ合うように戯れながらゆっくりとした時間が流れていく。
それはこの村に来て朝陽達がようやく手に入れた触れ合いの時間だった。




