第20話:ご想像にお任せします
数日後、友人たちから猛はあることを言われていた。
「お前、最近、須藤淡雪と仲が良いよなぁ?」
「須藤さんと?」
「今、その噂でもちきりなんだよ、色男」
それは淡雪との関係についてだった。
ここ最近の親密さに疑惑が抱かれていた。
「前々から彼女と仲は良いよ」
「その雰囲気が変わったから言ってるんだ」
「おいおい。まさか、付き合ってるのか?」
「そこのところはどうなんだ? この件について一言お願いします」
友人たちは芸能レポーターのように追及してくる。
あえて否定せずに笑って「そうかもな」と答える。
「そ、それは須藤との熱愛を認めたということですか?」
「ご想像にお任せします」
美人だから人目を惹く女の子だ。
告白するよりも、高嶺の花でいて欲しい。
そういう子なので、告白率はさほど高くないらしい。
告白率ならば、淡雪の友人である美織の方がかなり高い。
「あの高嶺の花を落としたのか!?」
「勝手に落ちてきたかもしれないぞ?」
「マジかよ!? あっちから急接近かよ」
「大和も大和だ。どんなに女子から告白されても落ちなかったのに」
「不沈艦大和。そのあだ名を女子からつけられてたのになぁ」
両者ともによく知られているからこそ、噂の的になっている。
話をしていると、淡雪さんが猛に近づいてくる。
「大和クン。そろそろ行きましょう」
「あぁ。須藤さんが呼んでいるから行くよ。今から一緒に昼食に行くんだ」
「マジかよ。大和、ホントに付き合ってるとはやるじゃないか」
「まぁね。それじゃ行こうか、須藤さん」
最初は噂話として小さな波紋のように話題になっていく。
やがて、数日後には大きな波紋へと変わっていった。
学校内でも須藤淡雪と言う女の子の名前は有名だ。
そんな彼女が男と付き合い始めたなんて噂が流れたら誰もが興味を引く。
その相手が女子に人気の大和猛ならば、なおさらだった。
「ねぇ、聞いた? 猛君と淡雪さんが付き合ってるんだって」
「嘘ぉ。私、彼の事が気になってたのにショック」
「どっちも人気高いもんねぇ。彼女も一緒にいる時はすごく雰囲気が穏やかだよ」
「何かお似合いの二人だし。理想的な恋人関係かもしれない」
“大和猛と須藤淡雪は交際している”。
皆が口々に噂を流しはじめていた。
そうなると、噂は勝手に独り歩きするもの。
尾ひれもつけば、羽すら生えてしまう。
放課後の教室は誰も残っていない。
猛と淡雪だけが残り話をしていた。
「ふふっ。大和クンと私、結婚の約束をしてる仲らしいわよ?」
「実は隠し子すら、いるとか。勝手に付け足さないでもらいたいね」
「噂ってすごいもの。こんなに盛り上がるなて思わなかった」
「楽しそうだな。須藤さんは満足してるのか」
「うん。本当に恋人になったら、こういう目で皆に見られるのかなって」
悪戯っぽく淡雪は笑っている。
心の底からこの状況を楽しんでいるのだ。
「須藤さん。俺と付き合ってることになってるけどいいの?」
「私が望んでることだもの。恋を知らない私が恋を知ってみたいって始めた恋人ごっこ。実際に付き合ってるわけじゃないのに、大和クンには迷惑をかけてるかしら?」
あの屋上で、彼女がした提案。
『――付き合ってみない?』
あの意味は実際に恋人になることではない。
あくまでも“恋人ごっこ”をしてみようというものだった。
――恋人ごっこか。悪くない。
恋愛に興味があっても、どちらも踏み出せなかったからこそ。
こうして恋人のような真似事をするのは良い経験だ。
「いいや、光栄だと思っていますよ。須藤さん?」
「それ、やめない?」
「え?」
「どうせなら、名前で呼んでくれた方が良いわよね。“猛クン”」
彼女が大和ではなく、猛の名前を呼んだ。
「……淡雪さん」
どことなく照れくさくなりながら彼女の名前を呼ぶ。
「うん。そっちの方がいいわ」
「恋人っぽいって意味で?」
「それもあるけど、私は自分の名前の方が好きだから。淡雪って名前はお母さんがつけてくれたの。それゆえにとっても思い入れがある名前なのよ」
「淡雪さんは優しい子だな」
「それは貴方も同じよ。猛クンは優しいからつい甘えてしまうわ」
彼女が提案した恋人ごっこという“遊び”。
淡雪はまだ恋を知らない。
猛は好きな相手を堂々と愛せない。
そんな、ふたりだからこそ興味本位で始めた恋人ごっこ。
「面白いことになりそうじゃない」
彼女は妖艶に微笑んでみせた。
恋を知らない、恋を知りたい。
人は好奇心には勝てない生き物だ。
――何事も実体験がなければ、分からないことだらけだ。
どんなに恋愛小説を読んでも、どんなに恋に憧れていても。
実際に経験しなければ分からないことは多い。
「どうして、俺と恋人ごっこなんてしようと思ったんだ?」
「貴方は私とどこか似てる気がする」
「そうなのか?」
「うん。境遇とかじゃなくて、何ていえばいいのか」
「雰囲気が似てるって言われたことがある」
「そう、それ。似た者同士は相性がいい」
一緒にいて疲れることもないから楽しい。
相性の良さを、猛も淡雪もお互いに気に入っているのだ。
そっと自分の手を彼の手に重ね合わせる。
「淡雪さんの手は冷たいね」
「基礎体温が低い方だからかな?」
「……心は温かいと思うよ」
「ありがとう。あのね……私は猛クンに興味があるの」
「俺もキミのことを知りたいと思ってる」
「あはは、それならもっと知り合わないといけないなぁ」
彼女は家の事情で誰とも付き合えないといった。
恋をすることさえできない、と。
もそうだった。
――撫子を好きなくせに、思いを伝えることはできない。
自分の妹を愛するなんて、世間的にも許されることではない。
「恋はできなくても、恋をしている感じは体験してみたいと思わない?」
「それが恋人ごっこ?」
「ただの“遊び”よ。そういうのは嫌かしら?」
そんなふたりだからこそ、信じあうことができた。
「悪くないと思うんだ。俺もこんな風に誰かと触れ合うことはなかった」
「……妹さん以外に?」
「それは言わないでくれ」
教室に響く笑い声。
「お互いにお互いが必要なのかもしれない」
「自分たちの気持ちをぶつけあえる存在ってこと?」
「うん。本音を言いあえるって大事なことだろ」
「そうね。私も貴方になら何でも言えるわ。自分の抱え込んでた想いさえも」
信頼しあえることが何よりも大事だ。
だから、“恋人ごっこ”なんて言う、人から見れば笑ってしまう“遊び”でも意味があることだったのかもしれない。
「そうだ、例のパン屋さん。調べてみたのよ」
「あぁ、メロンパンとクリームパンのコラボのやつ?」
「そう。あれって夕方限定の商品なんだって」
「へぇ。それじゃ、今から行ってみる?」
「うんっ。行きましょう」
彼らは手を繋いだまま教室から出ていく。
恋人ごっこは、交際ではない。
だが、他人から見ればそんなものは些細なことだ。
「あれ? あれって、噂の二人じゃない?」
「うわぁ、手とか繋いじゃって。本物じゃん」
「マジかぁ。猛くんのこと、好きだったのに」
「……でもさ、お似合いじゃん。あのふたりってすごく素敵だもの」
すれ違う生徒たちからはそんな噂をされていた。
恋に恋する少年と少女。
恋人ごっこという遊びの先に何が待っているのか。
それをまだ二人は知らないでいる――。




