第14話:私の初めての相手だったんだよ?
食事を終えて、弥子と昔話に花を咲かせていると、
「……お前ら、食べ終わったら、さっさと出ていけ」
「もうっ、つれなさすぎ。緋色は私が嫌いなの?」
「今さら顔を合わせたいとは思いたくないな」
「えー。私は皆に会いに来たんだよ。そう言わないでよ」
彼はこちらに視線を向けずに、
「昔の自分を思い出すって言うのは気分がいいものじゃないさ」
その横顔がどこか寂しそうに見えた。
――それは都会に憧れていた頃を思い出すから?
朝陽と言う存在が記憶のある部分を引っ張り出してしまうのかもしれない。
忘れていた想い。
忘れたふりをしていたもの。
いろんなものがあるから。
「緋色、変わっちゃったよね」
「人間、成長すりゃある程度は変わるだろ」
「まぁ、ある程度はしょうがないけどさぁ」
「どこかのお嬢様はお子様のままだが」
「胸だけは大きくなりました!」
「……自慢げに言うことかよ。中身が子供のままだっての」
呆れ気味に彼はそう言う。
――ですよねぇ。私も何か自慢できることがあればよかったと思います。
成長しなさすぎる自分に凹む。
中身はそのままだと言われて言い返せない。
「緋色は意地悪さんだ。昔の緋色はもっと優しい所もあったのに」
「そう? 昔から緋色君ってこんな程度の男だよ」
「おい、弥子巫女。どういう意味で言った?」
「その口の悪さです。弥子と巫女を重ねないで」
「お前の親父さんは神社から逃れられない名前にしたな」
「ふんっ。気に入ってるからいいもの。そーいう口の悪さが嫌いなの。意地悪だし、口も悪いし、性格も捻くれてるじゃん」
弥子は言いたい放題、緋色に言えるのがすごい。
「いいなぁ、幼馴染って」
遠慮がないと言うか、素直になれるところががちょっと羨ましい。
「だけど、昔の緋色って私の事は嫌いじゃなかったよね」
「は? なんだよ、それ」
「だって、そうじゃなければ、私の初めて――」
その続きを言う事はできなかった。
「む、むぐぅ。むー!?」
突然、こちらにやってきた緋色から口を押えられてしまい、朝陽はもがく。
動揺する彼は「余計なことを」と不機嫌気味だ。
「初めて? え? な、何か聞いてはいけない言葉が」
「落ち着け、お嬢様。それ以上は言うな」
「なによ、緋色君? え? もしかして、幼い頃のアサちゃんにひどいことをしたとか? アサちゃん、私達の知らない所で辛い目にあってたの?」
「い、今、ひどいめにあってるの。けほっ、い、いきなり口をふさがないで」
「やっぱり、お前が来るとロクなことがない。さっさと都会へ帰りやがれ」
どことなく恥ずかしそうな顔をする。
その緋色の顔を見つめながら、朝陽は反撃とばかりに意地悪く、
「分かった。あれは私と緋色の二人だけの秘密だね?」
「……なっ、お、お嬢!?」
慌てふためく彼に、彼女は自分の唇を人差し指で押さえながら、
「――でも、緋色。次にする時は、もっと優しくしてほしいなぁ」
甘い声色で彼に囁きかけてみる。
「……!」
お店の中に緋色の言葉にならない声が響く。
――ふふふ、緋色の弱みを握ってしまったかも。
初めてという弱み。
過去の朝陽に彼がしたことを、どちらも覚えていたのだから――。
緋色と朝陽だけの秘密。
彼にとって些細な事だったのかもしれない。
それでも、朝陽には大切な思い出の一つ。
店内では弥子が怒りのパンチを緋色に食らわせていた。
「げ、げふっ。お前、何しやがる」
「最低。この変態は、幼いアサちゃんに言葉にできないひどい真似を……」
「してねぇよ。そんな白い目で見るな、弥子」
「このロリ男はきっと無垢な事をに付け込んで相当な悪さをしてたに違いない」
「冤罪だ。お子様相手に何をしてたというのやら」
疑惑を抱かれた彼は「何もしてません」と冤罪を晴らすのに必死だ。
弥子は朝陽を抱きしめながら、
「ごめんねぇ、アサちゃん」
「え?」
「私達がいながら、この狼さんから守ってあげられなくて」
「……大丈夫だよ。私が我慢すればいいだけの話だもの」
「あ、アサちゃん。もう我慢しなくていいんだよ」
「だから、違うっての。はぁ、お嬢のせいでひどい誤解をされてる」
疲れた様子の緋色は「最悪だ」と嘆く。
困った顔をする彼が少し可愛くて、悪戯心が湧いてくる。
「別に私は気にしてないよ。ただ、最初は怖かったかな。ちょっと痛かったし」
「最初は怖い? そして、痛い? ひ、緋色君、ホントに何をしたの?」
「緋色は私の初めての相手だったんだよ?」
「お嬢、それくらいにしておこうか」
本気で朝陽を口封じしてきそうな勢いなのでお口にチャック。
「ジーっ」
ただ、すっかりと弥子の信頼は失ったようで。
「変態、ロリコン。警察のお世話になってきなさい」
「誰がなるか。人の店でこれ以上、騒ぐな」
「うるさいなぁ。私はとても悲しい。幼馴染が悪事に手を染めていた事実にね」
「……お前の想像してるようなことじゃないって言うのだけは確かだぜ」
げんなりとする彼に追い打ちをかけるように弥子は、
「緋色君、幼女時代のアサちゃんに性的暴行疑惑で逮捕」
「だから、してないっての。変なことを言いだすな」
「この鬼畜! 幼い頃のアサちゃんに辛い思いをさせちゃったんだ」
「……もう、マジで勘弁してくれ」
お手上げ降参。
緋色が朝陽達の攻勢に根をあげた。
「緋色。秘密にしておくから、私に素っ気なくするのはやめてね?」
「……」
「そうだ、そうだ。秘密はともかく、緋色君。アサちゃんにつれなくするのは大人げないからやめなさい。ロリ疑惑を村中に言いふらすよ? それでもいいの?」
「弥子、お願いだからそれはやめろ。俺が村から追放される。あと、ロリじゃねぇし。言いふらすのだけは本気で勘弁しろ」
彼は頬をかきながらため息がちに、
「ったく、分かったよ」
「ホントに? やった」
「ただ、昔みたいな態度で接するのはやめろ。もう大人なんだから、ガキの頃みたいなテンションで来られるとうざい」
それでも、緋色が無視とかしないでくれるだけでも嬉しい。
「えへへ」
ご機嫌な朝陽はにこやかに笑う。
――やっぱり、昔の友達に冷たくされるのって辛いもん。
昔みたいに仲良くしたい。
そのために少しだけ前進できたのだった。




