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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第7部:水鏡に映る夏空
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第12話:どうしてこうなっちゃった?



 大和家の別荘は古くて雰囲気のある洋館だ。

 狭すぎず、広すぎず、別荘として使うには最適の広さ。

 父いわく、朝陽達が使わない間でも、清掃業者が定期的にきてくれて、いつ来てもいい程度には現状維持しているらしい。

 水道や電気も事前に連絡して使えるようにしてもらっていた。


――ありがとう、パパ。娘想いの素敵なパパです。


 末娘だからか、父は兄妹の中で一番に朝陽を可愛がっている。

 何一つ苦労しないようにと、今回の旅行も両親の配慮あってこそだった。


――愛してくれてありがとー。


 両親の愛情に感謝、感謝である。

 屋敷の中は思ったよりも埃っぽくもなく、朝陽は窓を開けるだけでよかった。


「ふぅ、ようやく一息ついたかも」


 もうすっかりと夕方になり、荷物を下ろして近くのソファーに寝転ぶ。

 思いつきで旅行にきたのはいいけども、予想外の展開が続いてる。


「緋色は意地悪だし、沙羅ちゃんは無愛想だし、弥子ちゃんは妊婦さんだし」


 たった六年、されど六年。

 六年という時間は短いようで長いもの。

 朝陽達の年代ならそれは尚更だ。

 

「六年の時間が皆を変えてるんだなぁ」


 何も変わらない。

 そう信じていた自分が恥ずかしくなる。

 目を手で覆いながら朝陽はため息をついた。

 憂鬱な気分。

 

「はぁ……」


 深いため息をついて、肺の中の空気を吐き出す。



「私が何も変わっていないからって、皆もそうだと思い込んでたんだ」


 朝陽にとってこの数年間は特に大きな変化もなく、普通に過ぎ去っていった。

 大学進学に失敗としたという結果はともかく、高校時代は平穏そのもの。

 部活で大きな活躍をしたわけでもなく。

 心をときめかせるような恋をしたわけでもなく。

 変化も刺激もない、普通の日常ばかり。

 それゆえに、思い返してもこれと言った思い出もない。

 

「だから、昔の思い出がキラキラ輝いて、すごく大事に想えるの」


 皆が遊んでくれて、可愛がってくれてた。

 この村での日々がとても大事な記憶そのもの。

 なのに。


「どうしてこうなっちゃった?」

 

 ソファーに寝そべりながら朝陽は「なんだかなぁ」と嘆く。

 大人になれば変わるのはしょうがない。

 そう言ってしまえばそれまでかもしれない。


「だけど、こんな風になってしまうのは納得もいかないもん」


 初日から凹まされる事ばかり。

 せめて、もう一度、皆と楽しく過ごせるような関係に戻したい。

 それが朝陽の目標だった。


「明日から、ちゃんと皆ともう一度お話をしてみよう」


 まだ諦めたりしない。

 この旅行が終わるまでに笑顔で話ができるようになりたいの。


「んー、今日はもう疲れたぁ。明日から何とか頑張ろう」


 ここに来るまでに疲れてしまった。

 適当に食事を済ませて、さっさとお風呂に入って寝てしまうことにした。






 どんなに憂鬱な気分な日でも、新しい朝はくる。


「んー?」


 窓から鳥の鳴き声がいつもよりもうるさい。

 朝、眠気を感じつつも何とかお布団から起き上がる。


「ここは……どこ? あれ? ホントにどこ!?」


 見慣れない部屋。

 つい最近、姉たちにひどい目に合わされたので監禁拉致されたのかと錯覚。


「フランス? 中国? もしや、宇宙……いえ、ただの田舎ですね?」


 寝ぼけから覚めて冷静さを取り戻す。


「……自分で来てました。そうです、旅行中でした」


 慣れ親しむ部屋と違う光景に自分がどこに来たのかを思い出す。

 現在、田舎町に旅行中。

 鳥の鳴き声がいつもとは違う事に気づく。


「野生の鳥さんも田舎は種類が違うのねぇ」


 このままゴロゴロと惰眠をむさぼっていたい。

 お布団の中で時間を無意味に過ごしていたい。

 

「朝陽と言う名前なのに、朝が弱いのはどうかと自分でも思うの」


 乙姫からもよく怒られてます。


「ちょっとずつでも努力しなければ、私の人生ダメダメです」


 悲観してばかりな人生になりたくない。

 だらけた生活からの脱却はこの旅の目的の一つでもある。

 朝陽は頑張ってお布団を離す。

 それに、大きな問題が目の前にある。


「……お腹すいた、デス」


 小さくお腹がグーッとなる。

 時計を見ればまだ七時前。

 普段の自分からすれば早起きの時間帯だ。


「ふわぁ。しょうがない、起きますか。たまには早起きしてみよう」


 のそのそと起き上がり、パジャマから服に着替える。


「さぁて、朝ご飯でも調達しにいこうっと」


 こんな村でも、と言っては失礼だけどスーパーもコンビニもある。

 ただ、どちらも朝早くから開いてるけど、夜には閉まってしまうので要注意。

 

――時間制限あり、24時間営業なんてしてません。


 そう言うのは都会と違って少し不便だ。


「やっぱり春はいいよね。気候もいいし、私は好きだな」


 家から出て朝の村の中を歩く。

 涼しげな空気、春の穏やかな日和。

 太陽の日差しが眩しくて、少し目を閉じそうになる。

 小川のほとりには桜が立ち並んでいた。


「もう少しで満開かな」


 今はまだ蕾も多く、咲きはじめといったところ。

 あと何日かもすれば綺麗な満開の桜が見れるだろう。


「あれぇ、アサちゃん?」

「弥子ちゃんだ。おはよう」

「おはよー」


 ちょうど神社の階段を下りてきた弥子と出会った。

 妊婦はこの階段を上り下りするのは大変そうだ。


「アサちゃんこそ、こんな朝からどうしたの?」

「朝ご飯が食べたくて、コンビニにパンでも買いに行こうかなって」

「そうなんだ。それじゃ、お勧めのパン屋さんがあるから行かない?」


 話に聞けば、弥子は神社の朝の清掃を終えたところらしい。

 妊娠でも、巫女さんのお仕事を続けている。


「旦那さんの朝ご飯を用意しなくていいの?」

「うちの旦那は完全に和食派なの。私、朝はパン派です。それに、旦那とは朝食の時間帯が別なんだ。お仕事の関係で朝も早いから、早朝に朝ご飯作ってるよ」

「宮司さんも大変だねぇ。それに合わせる弥子ちゃんも朝が早く辛そう」

「ふふっ。仕方ないよ。旦那さんには頑張ってもらわないとね」

「夫婦になるって大変なんだねぇ」


 早起きが苦手な朝陽は旦那のために朝から料理をできるだろうか。

 今のところは無理そうだ。


――そんな機会が人生で訪れてくれたら全力で頑張りますけど。


 こうみえても、朝陽は尽くすタイプなのである。

 訂正、相手に甘え尽くす方だった。


「それにこういうのも慣れだから。今は普通だよ」

「弥子ちゃん、しっかりと奥さんしてるんだねぇ」

「そうだよ。今年の夏にはママもする予定だもの」


 ママになる、そう言って笑う彼女に少し羨ましい気持ちにもなる。

 

――いいなぁ。私も早く、そんなセリフがいいたいなぁ。


 羨望の気持ちを抱きながら、弥子の後を追う。

 彼女に案内されたのは地元の商店街。

 八百屋、魚屋と朝早くからでも空いてる店が何軒かある。

 その中の一角、こんな時間帯からでも賑わうお店がひとつ。


「ここが噂のパン屋さん?」

「そうだよ。ここのお店、評判がいいんだ」

「んー、いい匂いがする」


 焼き立てのパンの香りが歩く人の足を誘うのか、すごく人気のお店だった。

 店内に並ぶパンもどれも美味しそうだ。

 定番のクリームパンやイチゴジャムのパンも思わず手が伸びそうになる。

 

「私はチョコレートデニッシュが好きなの。これにしよ」

「……ちょっと目移りするかも。あっ、このメロンパン美味しそう」

「サクサク、ふわふわ。美味しいよ」

「私、メロンパン好きなんだ。クッキーの生地が美味しいよね」


 バター風味のいい匂い、王道路線のメロンパンを選ぶ。

 手作りパンらしく網目模様もきっちりつけられている。


「良いチョイスだねぇ。ここのメロンパンは一番人気だよ」

「うん。いいお店を紹介してくれてありがと。ふふっ、早く買って食べたいな」


 いくつかのパンを購入する。


――もうお腹がペコペコなのです。


 お店から出ると、「こっちだよ」とさらに隣のお店に案内される。


「弥子ちゃん?」

「いいからついてきて」

「ここって……?」


 雰囲気の良い喫茶店だった。

 都会のおしゃれカフェではないが、落ち着きがある。

 そのままお店の中に入ると、カウンターの方に立っていたのは、


「いらっしゃいませ……って、お前ら?」


 唖然とした表情でこちらを見つめる緋色だった。

 エプロン姿のマスターはすぐさま不機嫌そうな面を見せる。

 

「こんな朝早くからお店を営業しているの?」

「早いよー。というか、地味に今が稼ぎ時? 朝が一番人気だよね」

「うるせっ、妊婦巫女」

「暴言ひどーい」

「ていうか、ここってもしかして、緋色のお店なの!? 緋色、マスターなの?」

「……ちっ。余計な奴がきやがった」


 相も変わらず、悪態つく緋色。

 昨日の最悪の再会からのリベンジなるか――。

 

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