第12話:どうしてこうなっちゃった?
大和家の別荘は古くて雰囲気のある洋館だ。
狭すぎず、広すぎず、別荘として使うには最適の広さ。
父いわく、朝陽達が使わない間でも、清掃業者が定期的にきてくれて、いつ来てもいい程度には現状維持しているらしい。
水道や電気も事前に連絡して使えるようにしてもらっていた。
――ありがとう、パパ。娘想いの素敵なパパです。
末娘だからか、父は兄妹の中で一番に朝陽を可愛がっている。
何一つ苦労しないようにと、今回の旅行も両親の配慮あってこそだった。
――愛してくれてありがとー。
両親の愛情に感謝、感謝である。
屋敷の中は思ったよりも埃っぽくもなく、朝陽は窓を開けるだけでよかった。
「ふぅ、ようやく一息ついたかも」
もうすっかりと夕方になり、荷物を下ろして近くのソファーに寝転ぶ。
思いつきで旅行にきたのはいいけども、予想外の展開が続いてる。
「緋色は意地悪だし、沙羅ちゃんは無愛想だし、弥子ちゃんは妊婦さんだし」
たった六年、されど六年。
六年という時間は短いようで長いもの。
朝陽達の年代ならそれは尚更だ。
「六年の時間が皆を変えてるんだなぁ」
何も変わらない。
そう信じていた自分が恥ずかしくなる。
目を手で覆いながら朝陽はため息をついた。
憂鬱な気分。
「はぁ……」
深いため息をついて、肺の中の空気を吐き出す。
「私が何も変わっていないからって、皆もそうだと思い込んでたんだ」
朝陽にとってこの数年間は特に大きな変化もなく、普通に過ぎ去っていった。
大学進学に失敗としたという結果はともかく、高校時代は平穏そのもの。
部活で大きな活躍をしたわけでもなく。
心をときめかせるような恋をしたわけでもなく。
変化も刺激もない、普通の日常ばかり。
それゆえに、思い返してもこれと言った思い出もない。
「だから、昔の思い出がキラキラ輝いて、すごく大事に想えるの」
皆が遊んでくれて、可愛がってくれてた。
この村での日々がとても大事な記憶そのもの。
なのに。
「どうしてこうなっちゃった?」
ソファーに寝そべりながら朝陽は「なんだかなぁ」と嘆く。
大人になれば変わるのはしょうがない。
そう言ってしまえばそれまでかもしれない。
「だけど、こんな風になってしまうのは納得もいかないもん」
初日から凹まされる事ばかり。
せめて、もう一度、皆と楽しく過ごせるような関係に戻したい。
それが朝陽の目標だった。
「明日から、ちゃんと皆ともう一度お話をしてみよう」
まだ諦めたりしない。
この旅行が終わるまでに笑顔で話ができるようになりたいの。
「んー、今日はもう疲れたぁ。明日から何とか頑張ろう」
ここに来るまでに疲れてしまった。
適当に食事を済ませて、さっさとお風呂に入って寝てしまうことにした。
どんなに憂鬱な気分な日でも、新しい朝はくる。
「んー?」
窓から鳥の鳴き声がいつもよりもうるさい。
朝、眠気を感じつつも何とかお布団から起き上がる。
「ここは……どこ? あれ? ホントにどこ!?」
見慣れない部屋。
つい最近、姉たちにひどい目に合わされたので監禁拉致されたのかと錯覚。
「フランス? 中国? もしや、宇宙……いえ、ただの田舎ですね?」
寝ぼけから覚めて冷静さを取り戻す。
「……自分で来てました。そうです、旅行中でした」
慣れ親しむ部屋と違う光景に自分がどこに来たのかを思い出す。
現在、田舎町に旅行中。
鳥の鳴き声がいつもとは違う事に気づく。
「野生の鳥さんも田舎は種類が違うのねぇ」
このままゴロゴロと惰眠をむさぼっていたい。
お布団の中で時間を無意味に過ごしていたい。
「朝陽と言う名前なのに、朝が弱いのはどうかと自分でも思うの」
乙姫からもよく怒られてます。
「ちょっとずつでも努力しなければ、私の人生ダメダメです」
悲観してばかりな人生になりたくない。
だらけた生活からの脱却はこの旅の目的の一つでもある。
朝陽は頑張ってお布団を離す。
それに、大きな問題が目の前にある。
「……お腹すいた、デス」
小さくお腹がグーッとなる。
時計を見ればまだ七時前。
普段の自分からすれば早起きの時間帯だ。
「ふわぁ。しょうがない、起きますか。たまには早起きしてみよう」
のそのそと起き上がり、パジャマから服に着替える。
「さぁて、朝ご飯でも調達しにいこうっと」
こんな村でも、と言っては失礼だけどスーパーもコンビニもある。
ただ、どちらも朝早くから開いてるけど、夜には閉まってしまうので要注意。
――時間制限あり、24時間営業なんてしてません。
そう言うのは都会と違って少し不便だ。
「やっぱり春はいいよね。気候もいいし、私は好きだな」
家から出て朝の村の中を歩く。
涼しげな空気、春の穏やかな日和。
太陽の日差しが眩しくて、少し目を閉じそうになる。
小川のほとりには桜が立ち並んでいた。
「もう少しで満開かな」
今はまだ蕾も多く、咲きはじめといったところ。
あと何日かもすれば綺麗な満開の桜が見れるだろう。
「あれぇ、アサちゃん?」
「弥子ちゃんだ。おはよう」
「おはよー」
ちょうど神社の階段を下りてきた弥子と出会った。
妊婦はこの階段を上り下りするのは大変そうだ。
「アサちゃんこそ、こんな朝からどうしたの?」
「朝ご飯が食べたくて、コンビニにパンでも買いに行こうかなって」
「そうなんだ。それじゃ、お勧めのパン屋さんがあるから行かない?」
話に聞けば、弥子は神社の朝の清掃を終えたところらしい。
妊娠でも、巫女さんのお仕事を続けている。
「旦那さんの朝ご飯を用意しなくていいの?」
「うちの旦那は完全に和食派なの。私、朝はパン派です。それに、旦那とは朝食の時間帯が別なんだ。お仕事の関係で朝も早いから、早朝に朝ご飯作ってるよ」
「宮司さんも大変だねぇ。それに合わせる弥子ちゃんも朝が早く辛そう」
「ふふっ。仕方ないよ。旦那さんには頑張ってもらわないとね」
「夫婦になるって大変なんだねぇ」
早起きが苦手な朝陽は旦那のために朝から料理をできるだろうか。
今のところは無理そうだ。
――そんな機会が人生で訪れてくれたら全力で頑張りますけど。
こうみえても、朝陽は尽くすタイプなのである。
訂正、相手に甘え尽くす方だった。
「それにこういうのも慣れだから。今は普通だよ」
「弥子ちゃん、しっかりと奥さんしてるんだねぇ」
「そうだよ。今年の夏にはママもする予定だもの」
ママになる、そう言って笑う彼女に少し羨ましい気持ちにもなる。
――いいなぁ。私も早く、そんなセリフがいいたいなぁ。
羨望の気持ちを抱きながら、弥子の後を追う。
彼女に案内されたのは地元の商店街。
八百屋、魚屋と朝早くからでも空いてる店が何軒かある。
その中の一角、こんな時間帯からでも賑わうお店がひとつ。
「ここが噂のパン屋さん?」
「そうだよ。ここのお店、評判がいいんだ」
「んー、いい匂いがする」
焼き立てのパンの香りが歩く人の足を誘うのか、すごく人気のお店だった。
店内に並ぶパンもどれも美味しそうだ。
定番のクリームパンやイチゴジャムのパンも思わず手が伸びそうになる。
「私はチョコレートデニッシュが好きなの。これにしよ」
「……ちょっと目移りするかも。あっ、このメロンパン美味しそう」
「サクサク、ふわふわ。美味しいよ」
「私、メロンパン好きなんだ。クッキーの生地が美味しいよね」
バター風味のいい匂い、王道路線のメロンパンを選ぶ。
手作りパンらしく網目模様もきっちりつけられている。
「良いチョイスだねぇ。ここのメロンパンは一番人気だよ」
「うん。いいお店を紹介してくれてありがと。ふふっ、早く買って食べたいな」
いくつかのパンを購入する。
――もうお腹がペコペコなのです。
お店から出ると、「こっちだよ」とさらに隣のお店に案内される。
「弥子ちゃん?」
「いいからついてきて」
「ここって……?」
雰囲気の良い喫茶店だった。
都会のおしゃれカフェではないが、落ち着きがある。
そのままお店の中に入ると、カウンターの方に立っていたのは、
「いらっしゃいませ……って、お前ら?」
唖然とした表情でこちらを見つめる緋色だった。
エプロン姿のマスターはすぐさま不機嫌そうな面を見せる。
「こんな朝早くからお店を営業しているの?」
「早いよー。というか、地味に今が稼ぎ時? 朝が一番人気だよね」
「うるせっ、妊婦巫女」
「暴言ひどーい」
「ていうか、ここってもしかして、緋色のお店なの!? 緋色、マスターなの?」
「……ちっ。余計な奴がきやがった」
相も変わらず、悪態つく緋色。
昨日の最悪の再会からのリベンジなるか――。




