第8話:さ、幸先が悪すぎて凹みます
懐かしい相手、緋色との再会は思ったようなものではなかった。
冷たくあしらわれて、理解できずに呆然としていると、彼は一人歩き出す。
「む、無視しないで。待ってよ」
「……」
「せ、せめて、この森からは出してー。熊さんに襲われちゃうから!」
ここでジッとしていたらクマのエサになってしまう。
朝陽は足早に森を歩いて行く彼についていくしかない。
「緋色。どうしちゃったの?」
何も返事を返してくれない彼に朝陽は独り言を呟くように言葉を告げる。
「会いたかったんだよ。緋色たちに会いたくて、ここまできたのに」
「……」
「ねぇ、返事してよ。緋色。ねぇってば」
何の返答もしてくれず、朝陽は後をついていくのがやっとだった。
――どうして、冷たいの? 何かあったの?
子供の頃とは何かが違う。
次第に森から開けた場所へ出られた。
ようやく森を出られたので、思わず彼の手を掴んだ。
「緋色! お願いだから待って。話をしてよ」
「……なんだよ。離せ」
「お願いだから話を聞いてよ。どうしちゃったの? 私の事、忘れちゃったの? そんなに冷たくしなくてもいいじゃん」
たった数年、それだけで朝陽に対してこんな冷たい仕打ちをされるなんて。
拗ねる彼女を冷たい瞳で見つめる。
「お前は相変わらず何も考えてない幸せそうなガキのままだな」
「こ、子供のまま?」
「そうだ。良い所育ちの都会で暮らすお嬢様。悩み知らずの子供だ」
「私にだって悩みくらいあります! 主に今後の私の人生について、とか」
能天気そうに見える朝陽にだって深刻な悩みがあるのだ。
唇を尖らせていると彼はそっぽを向きながら、
「とっとと帰れ。こんな田舎にお前が来ても何の意味もないぜ」
「そんなことないよ。ここは私の思い出がたくさんある場所だもん」
「思い出なんてものを大事にしてどうする」
「え?」
「そんなものはただの記憶の残骸にすぎないんだよ」
大切な想い出を残骸扱い。
さすがに朝陽も反論したくて、
「そんな言い方をしないでよっ」
「思い出なんてそんなものだろ」
「違いますぅっ。子供の頃の想い出は大事だもん」
「そんなもの、忘れてしまった方が楽になれるものだ」
「何でそう言うことを言うの? 緋色だって昔は……」
昔の緋色は口は悪くても、こんなことを言う人じゃなかった。
今の彼はすごくネガティブ思考。
朝陽は緋色の語った夢を思い出す。
「緋色。都会に行きたがってたじゃない」
「……」
「私、約束通り、ちゃんと大人になったよ」
「どこがだ。見た目こそ少しは成長してるが中身が子供のままだろ」
「うぐっ」
そこには言い返せないで凹む。
――どうせお子様ですよ。ぐすんっ。
だが、それとこれは別の問題。
かつて、緋色と朝陽は約束した。
「大人になったら都会を案内してあげるって約束したよね。今度、私が……」
その一言が彼の表情を曇らせる。
緋色は振り向きもせずに、冷たく突き放すように、
「ホントに大バカだな」
「なっ!?」
「子供の頃の話をまともに信じてるやつがいるかよ」
「緋色?」
「都会とか、そんなものどうでもいい。どうでもいいんだよ」
「どうでもいいって。約束は約束だし。遠慮しなくてもいいよ?」
「……本当に何もわかってない。これだからお嬢はガキのままだって言うんだよ」
呆れた表情を浮かべる緋色。
人は変わるもの。
たった数年でも、彼は朝陽の知らない男の子になっていた。
「何にも変わらないまま、幸せに生きてきた奴とは違うんだ」
もう振り返ることもなく、
「自分の場所へとっとと帰れ。能天気なお嬢様」
辛らつな言葉を放つ。
彼はそのまま立ち去ってしまい、一人残された朝陽はシュンっとうなだれる。
「私、怒らせちゃった?」
空気が読めない自分の失言に反省。
――緋色……どうしちゃったの?
何が彼を変えてしまったのか。
――私が会いに来たのが気に入らなかった?
久しぶりの友人との再会。
楽しみどころか後味の悪いものになってしまった。
――懐かしい友人との再会を目的とした旅行のはずだったのに。
会うなり、緋色に冷たく拒絶された朝陽は凹んでいた。
「さ、幸先が悪すぎて凹みます」
ポジティブな性格でも、さすがにきつい。
あんなに緋色から冷たくされたのは想像外で落ち込む。
「緋色はあんな子じゃなかったのに」
彼は口は悪くても優しい所もある男の子だった。
「あれじゃ、普通に嫌な男の子だし!」
何かあった様子はあるけども、その事情は分からない。
「……緋色。どうしちゃったんだろ」
月日の流れが変えてしまったものがある。
それが現実であり、事実なのだ。
「私がダメな子になったように、彼も……ハッ、誰がダメな子!?」
姉に散々ボロボロに言われてたせいで、自分でもそう思いそうになる。
――ち、違うもんね、私はダメな子なんかじゃないもん。
心の中で全力否定。
それがとても悲しかった。
「……現実逃避です、私はどうせダメな子ですよ」
拗ねたところでダメっぷりが変わるわけでもないのでやめた。
「ダメな私は人を幻滅させてしまう能力もあるのでしょうか」
しょぼくれながら、彼女は再び歩道を歩き始めるのだった。




