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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第51話:残念でした。経験済みよ


「……兄さん、その人を連れてこないでくれませんか? 」


 学食の同じテーブルに座りながら、こちらを睨みつける少女。

 この視線にも、もう慣れたけどね。

 

「撫子さん。お兄さんが悲しんでいるわ。貴方と私の和平を望んでいるのよ」

「私だって好きで不機嫌ではありません。平穏を返してください」

「それは貴方の心がけ次第。私は撫子さんと対立する気はないの」

「……よく言います。妹という立場を利用して、好き放題してるくせに。あれですよね。ずいぶんと兄さんに甘えてばかりで、ダメな女の子になってません?」


 その自覚があったので淡雪は軽く頷いた。

 

「そうね。その通りよ。猛クンは女の子をダメにさせる才能があるの」

「俺がめっちゃひどい奴みたいだ」

「訂正、妹を甘えさせる才能がありすぎて困ってるの」


 誰だって人に甘えたい。

 その微妙な心を彼は満足させてしまうから。

 

「私もダメになってしまうわ。貴方なしに生きられない」

「それ、恋人の台詞ですから。私の台詞ですから」


 彼女の抗議に淡雪は耳を貸さず。


「……猛クンになら私の人生を捧げてもいいわ」

「うっとりしないで!? 実妹に人生を捧げられても困るので遠慮願います」

「私は本気よ?」

「なおさらダメじゃないですか! 兄さん、ほら、さっさと厳しい言葉で断ってください。この人が本当にダメになる前に、びしっと言うのも兄の務めです」


 撫子は淡雪の事が本当に嫌いの様子。

 

「あのー、まずは食事をしませんか、おふたりとも?」


 ため息がちに淡雪達の間に入るのがお兄ちゃんの役目である。

 義妹と実妹の仲たがいをしている事を悲しんでいる。


「……何ですか、カレーには必ずマヨネーズをかける兄さん」

「その呼び方はやめて。今日はハヤシライスです」

「ハヤシにもマヨ派ですか? この世も闇ですね」

「さ、さすがにそれはないぞ」


 冤罪事件で怒られる彼だった。

 

「そして、また貴方も同じメニューとは。真似っこですか」


 淡雪の前にもハヤシライス。 

 そういう気分だっただけなのに、彼女にはそれすらも不愉快らしい。


「ただの偶然よ。今日はふたり仲良くハヤシライスな気分だったみたいね」


 特別に合わせているわけではない。

 なのにもかかわらず、淡雪と猛は同じメニューが多い。

 これは双子と言うよりも波長が合うと言う感じだ。


「好みが合うのはいいことでしょ? レディースセットの撫子さん」

「べ、別にそこまで合わせる必要がないだけです」


 ひとりだけメニューが違うのを責めるわけではないけども。

 好みのものが合うと言うのは些細な事かもしれないけど、嬉しい。


「話がしたいのなら、後にしましょう。昼食が冷めるのは嫌だもの」

「須藤先輩。嫌いな人と料理を食べると、美味しい料理も味が不味くなります」

「私は貴方が気に入ってるから問題ない。不味く感じるのは撫子さんだけだわ」

「……先輩のそういう所が嫌いなんですよ」


 撫子は嫌味っぽくそう告げると、ランチの豆腐ハンバーグに箸をつけた。

 

――豆腐ハンバーグって薄味な所が私の好みではない。


 お肉の味はしっかりと楽しみたい派だ。


「撫子さんはヘルシー路線ね? ダイエット中?」

「夏に向けてあと2キロは減らしたくて……って、兄さんの前で何を言わせるんですか! 兄さん、今のは聞かなかったことにしてください」

「撫子は痩せてる方だから無理しないでくれよ」


 スプーンを片手に彼は撫子へ忠告する。


「えっ。兄さんって、ぽちゃ子が好きなんですか」

「違います。あまりにも痩せすぎな子は心配になるだけ」


 同性の淡雪から見ても、彼女は十分に痩せてる方だ。

 痩せてないと不安になる、それが思春期の女子の心境。

 無理なダイエットで体を壊すのもよくある話。

 気持ちは分かるけど、淡雪も自分に無理はしない主義なので同感だった。


「撫子さん。無理に痩せようとすると、まず胸元からがっつり減るわよ」

「余裕そうな顔が不愉快なんですけど!?」


 淡雪の胸元を見て彼女は不満そうだ。

 いわゆる女の子の武器。

 残念ながら、胸のサイズだけなら撫子は淡雪の“敵”ではない。


「くすっ。可愛いわね?」

「今、どこ見て言いました!? 戦争ですか、やりますか」

「あら? 貴方の事が可愛いって言っただけよ。どことは言わないわ」

「本当に嫌なタイプですよ。この黒雪姫さんは……」


 バチバチと視線で火花を散らせる。


「心配しないで。撫子さんもすぐに成長するわ。今は成長途中なだけよ」

「……言い返せない自分が悔しくてしょうがありません」


 自分の胸元を押さえながら、


「わ、私だって、兄さんのために大きくなりたいんです。成長期ですから、これから十分に貴方以上に大きくなる可能性もあるわけですし」

「そうね。私も去年からはサイズアップしたわ。ワンチャンスはあるはず」

「くっ、兄さん。負けてられません。都市伝説かもしれませんが、胸は揉むと大きくなるそうです。私のために、手伝ってもらえますよね?」

「あのね、撫子。大きい声で言わないで。俺の立場がなくなる」


 げんなりとして彼は嘆く。

 彼のHPはもう残り少ない。

 ひそひそと聞こえてくる周囲の声。


「ええいっ。撫子ちゃんのおっぱいを揉みまくってるのか、あのシスコン戦艦」

「けしからん奴だ。いつか天罰をくらえ」

「リア充め、あんな可愛い子を自由にできるなんて羨ましすぎんだよ」


 いつもの光景とはいえ、猛への不愉快度は三割増しのようだ。


「一応、否定しておきますが、そんな羨ましい体験はしたことないからね」


 周囲からの好奇の視線に耐えられず、遠い目をして呟いた。


「兄さん。愛のためなら、兄さんだって協力してくれるはず」

「その協力はできません!?」

「あらら。恋人の力を借りなければ、自分の魅力も磨き上げられないの?」


 淡雪の言葉に「うるさいですよ」と彼女はふくれっ面でサラダに手を付ける。


「兄さんはこう見えて女性の胸部には人一倍のこだわりがあるんです」

「なぬ?」

「私、知ってるんですよ。兄さんの部屋に隠してある、えっちぃ雑誌や本では美乳特集が組まれているものが多いことを。兄さんの好みはずばり美乳派です!」

「うぎゃー!? や、やめれ。これ以上、俺の尊厳を傷つけないで!?」


 この学校で猛のプライドなんて既にない。

 “妹魂の王(キング・オブ・シスコン)”の異名は伊達ではない。


「あらぁ。猛クンが美乳好きなら私の大勝利♪」

「……さ、サイズだけが全てではありません。形だけなら兄さんの好みのはず」

「ふたりとも、お願いだからそっとしておいてください」


 ひとりだけボロボロに心を傷つけられている男の子。

 女の子同士の戦いのはずなのに、傷つくのは一人だけだ。


「私の身体に魅力を感じてる? 双子の妹に欲情するなんて悪いお兄ちゃんだわ」

「してないよ……ホントだよ」

「それはともかく、まさかと思うけど、まだ一緒にお風呂に入ってるの?」

「い、いや、あのですね。その件に関してはいろいろと複雑な事情が……」


 しどろもどろに言い訳する。


――うわぁ、この人たち、信じられない。


 いくら兄妹ではなく、恋人同士だったとしても。

 認めたくない気持ちというものはある。

 不愉快な想いをした淡雪は思わず、食事の手を止めて、


「猛クン。もう一度聞くわ。禁じられた行為を続けてるの?」

「……」


 目をそらして、黙秘されてしまった。


「当然じゃないですか。私と兄さんの入浴タイムの邪魔は誰にもできません」

「貴方には聞いてないわ」

「私達は恋人として情熱的な夜を過ごしているんですよ」


 どこか勝ち誇った様子。

 こちらよりも一つでも有利な事があると胸を張りたくなるのは子供の証拠だ。

 ここは大人の対応と言うものを見せつける必要がありそうだ。


「――お風呂くらい私も一緒に入った事があるけどね」


 と思ったけども、なんかムカついたのでやり返すことにした。

 思わぬ爆弾発言に彼女の顔色が凍り付く。


「え?」


 それは素の彼女の顔。

 

――あら、これは知らないお話だったかしら。


 キョトンとする顔が可愛くて、ついつい意地悪心が発動する。


「裸の付き合いが貴方だけの特権だと思ってた? 残念でした。経験済みよ」


 去年の夏旅行で一緒にお風呂に入った事がある

 水着着用だったけども、そこまで話す必要はない。

 この話は初耳だったのか、彼女は冷静さを装いながら、


「うふふっ、兄さん。詳細を話してもらえますよね?」

「な、撫子さん。笑顔で迫るのはマジでやめて。怖すぎる!?」


 サラダ用のフォークを彼の目の前にちらつかせて、


「……嘘をつかれるのが一番嫌いなのはよくご存じでしょう?」

「知ってます。あのね、フォークはやめて。マジで怖いから」


 にっこりと微笑む撫子に迫られて彼はビクッと震える。

 淡雪は「しーらない」と彼を見捨て、ハヤシライスを食べる方へ集中することにした。

 うん、いつもながら美味しい味だ。


「実妹と裸の付き合い。犯罪行為をして恥ずかしいとは思いませんか?」

「え? 撫子がそれを言っちゃう」

「……はぁ。どうやら本当っぽいですね。私、悲しいです、兄さん」

「あ、嘘です。や、やめて。あー!?」


 彼の悲しい叫び声だけが食堂に響くのだった。

 

「どちらにも良い顔をする人間の末路ってロクな事にならないものね」


 そう呟きながら、のどかに食事を続ける淡雪だった。

 

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