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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第50話:お兄ちゃんはキスもさせてくれない


「お姉ちゃん。何だか最近、機嫌がいいよねぇ」


 家で料理をしていると、結衣がそう言った。

 今日の夕食は牛肉を使った肉豆腐。

 ほんのりと甘い味付けが美味しい一品だ。

 料理を教えてくれるのは義母の千春。

 淡雪の隣で料理をする彼女は淡雪に言う。


「あら、恋をしている相手がいるからじゃないの?」


 千春さんは義母と言うよりも姉に近い存在だ。

 気軽に相談をできる相手と言う意味では頼りにしている。


「そうかもしれないわ」

「え? 嘘。お姉ちゃんに新しい彼氏が?」

「あら? 新しいとは限らないわよ」


 淡雪の発言に妹は「え?」と驚きの表情をした。

 その意味が意味深であるがゆえに理解すると戸惑いを魅せる。


「それはつまり、お兄ちゃんのこと? え? あれ?」

「ふふっ」


 混乱する妹の姿に思わず微笑する。


「ま、待って。お兄ちゃんとお姉ちゃんは兄妹で、それに双子で……なぬ?」

 

 実姉が実兄を好きだと言うなんて思いもしなかったんだろう。

 それは事実ではあるけども、問題発言となっても困る。

 淡雪はわざとらしく「冗談よ」と誤魔化しておいた。

 

「な、なんだ、冗談か。びっくりさせないで」

「でも、淡雪ちゃんの表情に変化が出てきたのは本当のことよ」


 ここ最近、表情が柔らかくなったと周囲からよく言われる。

 猛へ好きだと言う気持ちを隠さずに告白してから何かが変わった気がする。


『次に会う時は遠慮容赦なく倒します! 覚悟しておいてください』


 涙目で撫子からは宣戦布告されてしまったけども。


「そういう結衣ちゃんは好きな子とかできないの?」


 千春は母親として娘が心配のようだ。

 

――結衣も、もうちょっとこのしっかりとした母親に似て欲しい。


 姉としても心配する気持ちがある。


「えへへ……実はですね。私、気になる男の子ができまして」

「猛お兄ちゃんとか言ったら、結衣の今晩の夕食は豆腐オンリーね」

「えー!? やだよ。お肉が食べたいよ。育ちざかりなんだから!」


 不満そうに頬を膨らませた。

 淡雪のライバルはこれ以上増えて欲しくない。


「違うよ。ちゃんとしたクラスメイトの男の子」

「へぇ、結衣ちゃんにも良い人ができたのね。どんな子なの?」

「最初はよく意地悪されてたんだけど、最近、何だか優しいんだ」


 結衣の話によると、入学当初から絡んできていた男子らしい。

 クラスに馴染めなかった結衣はよく「お嬢様だから」と陰口を叩かれている。

 だが、ダンスを始めてから周囲の見る目も変わりつつある。

 今では趣味を同じくする相手も増えて、穏やかに過ごせている。


「その子もね、ダンスチームなの。男の子のチームですっごいキレのあるダンスをするんだ。ダンスを始めてからちょっとずつ話をするようになって……」


 同じ趣味、同じ価値観を持つ人間同士。

 初めは価値観の違う人間で衝突することがあっても、いつしか分かり合えたことが、ふたりにとっての接点となったのかもしれない。


「最近、何だか彼に褒められると嬉しくなる自分がいるのです」


 ちょっと顔を赤らめる結衣。

 

――これはいわゆる、恋の始まり?


 だが、そんな風に妹が恋に焦がれる姿がちょっと鬱陶しくなり、


「ただ、異性に慣れていない結衣の勘違いね。恋だと思わないように」

「姉の台詞が現実的で厳しいよ!?」

「……うーん。お母さんも同じ感想かな。青春時代によくあることだもの」

「そこはせめて『恋かもね』って娘の気持ちを後押ししてよ!?」


 まさかのダブル否定だった。

 結衣は姉と母から否定されたのが応えたらしく、


「ぐすっ、ひどいや。私の恋心を全否定するなんて」

「勘違いで失恋させるのも悪いでしょ」

「えぐっ。どうせ、私は恋なんてできませんよ。勘違いしてる痛い女の子デス」


 一人拗ねながら、キッチンの隅でいじけていた。

 少し可哀想な事をしたかもしれない。


「そういう貴方の気持ちはどうなのよ?」

「……優しくされたらコロッと行ってしまいそうな、恋に憧れる中学生です」

「我が娘ながら恋愛には弱いわよね。結衣ちゃん、可愛い」

「いいじゃん、私も恋がしたいのっ。彼氏が欲しいのっ」


 子供のように拗ねる娘を千春は励ましながら、


「結衣ちゃんが気になる子ができたのは良いことだと思うのよ」


 恋がしたいと思う気持ちに理解できないことはない。


「……ねぇ、結衣。本当に彼が好きかもしれないのなら、自分の気持ちに正直になりなさい。恋って言うのは頭でするよりも、心でした方がいいわ」

「それはお姉ちゃんの経験からくるもの?」

「そうね。私の経験も含めて言えることよ。いろいろと考えるより、行動したらどうということもない、なんていうのはよくあることだもの」


 結衣は「そっか」と納得した様子で、


「私も、頑張ってみようかな。初恋がしたい」


 妹は恋に焦がれる少女の顔だった。

 

――今の私もしているのかもしれない。

 

 消えることのない想い。

 猛への想いを告白して、淡雪の中で何かが少しずつ変化しつつあった。





「猛クンって意外とまつ毛が長いわよね」


 教室の隣の席に座る彼の顔をマジマジと見つめて淡雪はそう言った。

 まもなく、一学期の最後である期末テストが始まる。

 そのテスト勉強のために今日の4時間目は自習だった。


「こんな風に間近で見るとよく分かるわ」

「あまり見つめられると照れます」

「くすっ。貴方の顔をずっと見てみたいと思うのは妹心? それとも恋心かしら?」


 淡雪の言葉に自分自身が照れくさくなる。

 それは本心だった。


「淡雪も綺麗な顔立ちをしていると思うよ」

「双子のお兄ちゃんに言われると、自分もイケメンだって言ってる?」

「そういうんじゃなくて」

「ふふっ。少し意地悪だったかしら」


 猛は容姿もカッコいいからよく告白とかされていた。

 今は女子の好感度が低いから残念ながら相手にされてないが。


「もう一度、言って欲しいわ」

「……淡雪は綺麗だよ」


 耳元に囁かれるとくすぐったい。

 言葉に心地よさを感じながら、


「双子って不思議よね」


 淡雪はそっと彼の頬に手を差しのばす。

 同じ母親から生まれた子供。


「よく言うじゃない。双子って何かしら感じあうものがあるって」

「テレパシーとか?」

「そう。でも、私は猛クンとはそういうものを感じあうことはないわ」

「残念ながら同感。相手の考えが分かるとかはなさそうだ」


 双子の力というものはないけど、運命の引力のようなものはある。


「私ね、少しずつだけど貴方の事を兄だと思い始めることができているの」


 淡雪達が真実を知って、まだ2週間くらいしか経っていない。

 それでも、心は少しずつ変化を始めている。

 人とは不思議なもので、一度認識を変えると、それが自然になっていく。


「……もしも、私達が何の障害もなくて兄妹のまま過ごしていたら」

「過ごしていたら?」

「私の今の立ち位置が撫子さんになっているだけと思うわ。うん、私はすごくブラコンだったと思う。今もそうだけど、それ以上になっていた自信があるわ」

「俺がシスコンと言うのも変わりないのが本当に残念です」


 そこに甘えたがりの結衣も加わるからひどいことになっていそう。

 

――だって、仕方ないじゃない。今もそうだもの。


 淡雪は恋人ごっこをしていた時よりも彼に甘えている。

 その甘えるという行為が止められないでいる。


「猛クンは優しすぎる。嫌な事も全部我慢して、他人に優しくしてしまうから」

「そんなつもりはないけどなぁ」

「私は貴方の優しさには撫子さんに似た危機感も抱いているわ」

「どんな危機感?」

「貴方は優しすぎて、自分を我慢しすぎてるんじゃないかって」


 人に優しくできる人間は素晴らしい。

 けれど、人間と言うのは我がままなものだ。

 程度の問題ではあるけども、多少は自分の我がままを通す事も大切。

 結衣のように自分のしたようにしすぎるのは、非常によろしくないけども。

 

「猛クンの場合はやっぱり、環境がよかったのかしら?」

「姉ちゃんや撫子、家族の関係が良好だっていうのも俺の性格に影響があるのかも」

「甘えて、甘えさせて。猛クンは素敵な男の子になったのね」

「淡雪も素敵な女の子だと思ってますよ?」

「ふふっ。嬉しいことを言ってくれるわ。そう言う素直な所、好きよ」


 彼に褒められると心が満たされてしまう。

 淡雪はわざとらしく顔を近づける。


「ねぇ、こんなに見つめ合う距離にいるとキスくらいできそうじゃない」

「妹が兄を誘惑しないでくれ」

「もうっ。つれないわ、猛クン」

「恋人がいるのに妹と浮気するとかそれはそれで最低でしょ」


 苦笑いする彼に淡雪は「私にも興味を持って」と拗ねてみせた。

 悪戯心のままに唇を尖らせて迫ってみる。


「……んー」

「やめなさい」

「お兄ちゃんはキスもさせてくれない。ひどいお兄ちゃんだわ」

「キスしちゃったら兄としては終わってる。はい、そういう甘え方は禁止」


 彼は淡雪の頭を撫でるいつもの行為で淡雪をなだめる。


「……猛クンのいけず」

「兄としては正しい。そして、この手の行為には撫子で慣れているんだ」

「それは慣れてはいけないことだと思わない?」

「ですよねー。厳しいご意見ありがとう」


 これが猛の経験の差だ。

 甘えることにちゃんとここまでと言う線引きをして、はっきりと区別してる。

 女の子を甘えさせる事に関してはプロだと思うの。

 淡雪達がそんな風に話していると、周囲も呆れた様子で、


「クラスの中で兄妹が堂々といちゃついている件について」

「顔を見つめ合わせちゃって、ホントにキスでもするのかとヒヤヒヤしたわ」

「最近、須藤さんが周囲の目も気にせず甘えまくりで困惑するし」

「平気で好きとか公言するところがもう既に撫子ちゃんレベルのブラコンだから」


 人間とは慣れる生き物だ。

 淡雪達の関係もすっかりと自然となり、あまり突っ込まれる事もなくなった。


「兄妹ラブは撫子さんで慣れてるじゃん。それが須藤さんに変わっただけ」

「だよね。慣れって怖いわ。いちゃつくラブラブっぷりには当てられるけど」

「元から大和君ってシスコンだし。妹ラブな事に変わりがないって言うか」

「テスト前なのに、いちゃつくなんて余裕ね。さすが学年の上位二人組」


 淡雪達の事も、生暖かく見守ってくれるクラスメイト達である。

 噂話も以前のように、ひどいものはない。

 撫子の時はひどいものもあったけど、こればかりは撫子と淡雪の人徳の差と思ってしまったりしまうのは淡雪の性格が少し悪いか。


「ふふっ。私達の関係もすっかり公認になってしまったわね」

「公認と言うか、呆れてるともいえますが」

「いいじゃない。仲のいい兄妹って言うのは悪いことではないもの」


 関係を公表すると決めた時、こんな風に認められるとは想像してなかった。


「そろそろ、チャイムが鳴る頃ね」

「お昼はどうする?」

「もちろん、猛クンと一緒に食べたいわ」

「撫子も合流するけど、仲良くして。お兄ちゃんは最近、胃が痛い思いばかりしてる」


 撫子にすっかりと嫌われてしまって、猛にも迷惑をかけている。

 仲良くしたいのに、互いに想いが強すぎて仲良くできない淡雪達だった。

 

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