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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第47話:また嫌われちゃった


 渡り廊下で向き合う二人の少女。

 淡雪の表情は厳しいものに変わっていた。


「世界を敵に回し、家族からも逃げてどうしようって言うのかしら」

「そんなの私の勝手でしょう」

「ねぇ、撫子さん。貴方、自立すらできていない子供の自覚はある?」

「え?」

「今、親元を離れてもって言ったわよね。おふたりの現在の貯蓄はどれくらいかしら? その額で、生活の場を確保し、これから先もふたりだけで生活できると? できるはずがない、親に育ててもらっている今の貴方には現実的に無理な話よ」


 彼女の視野は狭く、猛の事だけしか見ていない。

 そういう所を直せば彼女はもっと素敵で魅力的になると思うのに。

 この世界は理想や願い、想いだけは生きていけない。

 信念、信条は大事だけども綺麗ごとじゃ、生活もできない。


「つまらない現実の話と思うかもしれないけど、これは大事な事よ。今回は義理の兄妹ということでハッピーエンドだったわ。でも、本当の兄妹だったら、その愛を貫くためには難しい。想像すれば分かるでしょ?」


 兄妹の恋愛を正当化してくれる世界なんてありえない。

 どんなに都合のいい願いを信じても、その願いは裏切られるだけ。


「愛を貫いていく、それは理想的で素晴らしいわ。けれども、現実は自立さえできていない子供の夢でしかない。それに気づきなさい」

「何を……」

「貴方は考え方が子供だからしょうがないんだけど」


 決して周囲は認めてくれない、世界は理不尽に悪意を向けてくる。

 そんな世界を相手にするにはまず自立することが必要だ。


「貴方の言葉は軽いのよ。まるで覚悟が足りてない。『東京に行ってアイドルになる』なんて言う、よくある夢見がちな思春期の子供の妄想並ね」

「えらい言われようです」


 あからさまな不快感を態度で示される。


「夢を持つことを否定することはしないわ。夢が夢である間はね」

「……人の真剣な愛を夢だなんて言われると腹が立ちます」

「私からすれば『世界を敵に回す』と言う言葉はただの子供の戯言よ」

「どこが戯言ざれごとなんですか」

「現実が見えていなさすぎる。自分を理解してくれない他人を嫌い、逃げ続けるばかりの我がままだわ。そんなことじゃ先は見えている」


 放課後の喧騒が遠くから聞こえてくる。

 静かな渡り廊下に淡雪の辛辣な言葉が響いた。


「それに巻き込まれる猛クンが可哀想だもの」

「なんですって?」

「彼が貴方と同じ夢見がちな子供じゃなくてよかったわね」

「……」

「彼が周囲の人間を傷つけることをためらうような優しい男の子でなければ……」


 夕焼けの日差しが渡り廊下に差し込んだ。

 その朱色の世界が撫子の悲痛な表情を照らす。


「きっと、今の幸せはなかった。そのことをもっと自覚しなさい」


 はっきりと、お子様に言い聞かせるように。


「当然の事だけど、貴方の甘い考えでは誰も幸せにはなれないから」


 赤く染まる廊下、淡雪は彼女の言葉と想いを否定する。

 猛は彼女と違い、ちゃんと現実を理解している男の子だ。

 そうでなければ、彼らの恋は終わっていた。


「理想を夢見て、愛を貫く貴方の気持ちはよく分かる。だけど、世界を敵に回すなんて言うのは、貴方みたいに何も現実が見えてない子供が言うセリフなのよ」

「子供、子供ってしつこいですよ」

「もっと周囲をよくみて、自分の視野を広くしなさい。そして大人になりさい」

「須藤先輩に説教なんてされたくありません!」


 彼女は弱々しくそう叫んだ。


――説教なんてする気はなかったのに。


 はじめはそんなつもりはなかったけども、つい口から出てしまった。


「人は一人では生きていけない。猛クンと違って、撫子さんはその事に無自覚すぎる」

「私は……」

「自分が子供であることをまず自覚しなさい。貴方が普通に日常を送れているのは、いろんな人から見守れて、愛されていることを知りなさい」

「……うるさいっ。うるさいんですよ、貴方。何様ですか!」


 声を荒げる彼女の綺麗な瞳には涙が溜まっていた。


「貴方は周囲の人間を軽視しているわ。そのことをもっと考えて……」

「余計なお世話ですっ。私は子供かもしれません。けれど、それが悪いことなんですか? 自分の信じる愛を追い求めることが悪いことですか?」


 そう言い放つ。


――あっ、まずいかも。


 気づいた時にはもう手遅れで、彼女の瞳には大粒の涙が溜まっていた。


「兄さんは私を好きだって言ってくれました。そのためなら、何でもしたいと思います。兄さんのためなら、何だって切り捨てられる。私はそうやって生きてきました。これからもそうやって生きていきます」


 純情な想いもここまでくれば本物だ。

 撫子は猛への愛情だけを信じて生きてきたんだろう。

 実の兄妹であろうが、なかろうが、本当に彼女には関係なかった。


「兄さんのためなら、私は他に何もいりません。こんな私を子供だって笑いたいのなら笑えばいい。私にはこの愛情だけしかないんです」


 その愛は素晴らしいと思えるし、正直、羨ましく思えた。


「……ひっく、ぅっ……私は……私には兄さんだけしかないから」


 零れ落ちた涙の滴。

思わぬ形で撫子を泣かせてしまった。


「赤の他人が私の愛に文句をつけないでください!」


 その叫びが、あまりにも虚しく聞こえたのは淡雪だけだったのか。


――あーあ、やっちゃった。


 そのまま、涙を瞳に溜めて走り去る後姿を眺めながら淡雪は頭を抱える。


「……また嫌われちゃった」


 どうして、こんな真面目な話をしてしまったのか。

 淡雪も少し意固地になりすぎた。


「いいじゃない、あのくらいの年頃は皆が夢見がちな恋をするものなんだから」


 分かっていても、言わざるを得なかった。


「私は何をしてるのかしらね。はぁ……」


 ただ、大事な家族が貴方を支えて見守ってくれていることを彼女にはもっと自覚して欲しかっただけなのに。

 こんな風に口喧嘩をしたかったわけではない。


「……羨ましかったのかしら。あんな風に感情だけで生きられることが」


 つい淡雪の悪い所が出てしまった。

 頭が固いと言うのか、真面目だと言うのか。

 正論をぶつけることが正しいとは限らない。


「あの子みたいに恋愛を感情のままにできないもの」


 恋をするタイプは2つのタイプがある。

 心のままに、感情的に恋をするタイプ。

 もうひとつは色々と頭で考えてしまうタイプだ。


「私は何でも深く考えちゃう」


 些細な事すら考えて悩んでしまう。

 恋愛は頭と心、どちらも大切でバランスが必要らしい。


「心で恋をする子と頭で恋をする子。価値観がホントに違うのね」

 

 一時的な感情、自分の感情に任せて行動ができない。

 撫子の愛情は一途で深く、愛のためなら何もかも犠牲にできる。


「私達が折り合えないのはこういう所なのかもしれないなぁ」


 ただ、恋をして、その想いのままに生きられたらどんなにいいのか。

 自分と違う考え方ゆえに、すれ違い、衝突してしまうこともある。


「……はぁ」


 それよりも、今は、淡雪にとって大事なことがあった。


「どうしよう。猛クンに謝らないといけないわ。恋人を泣かせてしまったって」

 

 ただ、頭を抱えて「やってしまった」と嘆くしかできない。


――また彼に迷惑をかけてしまう。


 怒られはしないだろうけど、問題を起こしてしまった事にはただ後悔する。


「どうしよ」


 気が重いまま、淡雪はその報告をするために教室へと戻るのだった。

 

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