第46話:撫子さんってすごく子供だなぁって思うのよ
意外なことかもしれないが、淡雪は撫子のことが気に入っている。
猛のことでは色々と嫉妬もしたし、不愉快な気持ちにもさせられた。
――私自身、嫌な自分をみるはめにもなったし。
だけど、個人的に彼女は可愛らしい女の子だと思っている。
自分の愛を信じて、真っ直ぐに生きていけることは真似できないもの。
――自分らしさを貫く。どこか結衣にも似てるかしら。
自分の望むままに、自分の生きたいように生きている。
それゆえに、撫子とは仲良くしていきたい。
だけど、それを望んでいるのは、淡雪だけのようだ。
「……ちっ」
放課後の渡り廊下。
淡雪達のクラスに向かう途中だったんだろうか、撫子とすれ違う。
「あのね、撫子さん。すれ違った先輩の顔を見て舌打ちするのは感じが悪いわ」
「そーですか?」
「あまり印象がよろしくないわよ?」
ここまであからさまに、拒否反応を示されるのは相変わらず傷つく。
「失礼。会いたくない人に会ってしまった私の本音が出てしまいました」
「くすっ。可愛い本音ね。恋人の妹には優しくしておいた方が将来的にもいいわよ」
年上の余裕で、にっこりと微笑む。
彼女はふんっと視線をそらした。
「猛クンならしばらくは教室に来れないわ。今日は掃除当番だったの」
「それは残念です。では待たせてもらいます」
「ねぇ、せっかくだからお話でもしない? 私は貴方ともっと話したい」
撫子は「よくもまぁ、そんなことが言えますねぇ」と呆れ気味だ。
「私、前にも言いましたが、須藤先輩が嫌いです」
「えー、せめて苦手と言ってほしいわ」
「嫌いです」
二度もはっきりと言われてしまった。
思わず「ぐすっ、ひどい」と泣き真似をしながら肩をすくめる。
「思いもしてないことを。泣き真似されても困ります」
「どうして? 私、撫子さんに嫌われるようなことをしたかしら?」
「何を言ってるのやら。自覚がありませんか。何度もされてますけど?」
「例えばどういうもの?」
「兄さんの恋人ごっこの相手。先日の騒動の黒幕。兄さんの実妹。私が貴方を嫌うには理由がありすぎると思いませんか?」
最後の実妹が入っている辺り、妹と言うポジションはとても大事なものらしい。
「そうよね、逆の立場なら気に入らない人間だと思うかもしれない」
「でしょう?」
「恋人なのに、まだ妹のポジションが大事? あぁ、なるほど。猛クンは妹好きだから、妹属性のなくなった撫子さんに興味がなくなりつつあると……寂しい現実ね」
「ち、違いますっ! 兄さんは私にべた惚れです。変な事を言わないでください」
「妹と言う立場に固執しているからこその“兄さん”なのではなくて?」
恋人でありながらも妹でもあり続けたい。
これもまた複雑な乙女心なのかもしれない。
――欲張りな我が侭。この気持ちは分からなくもない。
そんな淡雪の言葉が嫌味に聞こえてしまったのか。
「兄さんは兄さんだから、兄さんなんです」
拗ねた彼女はふくれっ面をしてみせる。
慣れ親しんだ呼び方をすぐに変えようとするのは難しい。
淡雪ができなかったように、彼女も長年の呼び方を変えられないのだ。
「ホント、意地悪な人ですね。無自覚な所が余計に腹立たしい」
「褒めてる?」
「なんで、褒めるんですか。須藤先輩って黒雪姫ですものね」
「人の名前を悪く言わないで」
「平気な顔をして毒りんごを配って歩き回りそうです」
「それ、黒雪姫じゃなくて魔女の役目だから。さすがに魔女扱いは悲しいわ」
相性の良しあしで言えば、悪いのかもしれない。
――私は仲良くしたいのにホント残念だわ。
自分の髪を撫でながら、渡り廊下にもたれかかる。
「私は猛クンの妹。運命って不思議なものよね」
「不思議?」
「出会うべくして出会う。そんな風に出来ちゃってる」
彼女の茶色の髪がそよ風になびいた。
「先輩はお母様によく似ていますよ。なぜ、もっと早く気づけなかったのか。自分でも不思議です。髪色も容姿も彼女にとても似ていたのに」
「ふふっ。ありがとう。私の大好きな母に似てると言うのは最高の褒め言葉よ」
「相当なマザコンですね。お母様は素敵な人ですが、ここまではちょっと……」
つれない言葉を返されてしまう。
仲良くしようと子猫の頭を撫でたらそっぽをむかれた感じで、ちょっと寂しい。
こうして撫子とふたりっきりで話をするのは久しぶりだ。
「撫子さんはいつから自分が本当の兄妹ではないと気づいていたの?」
「確証を得たのはつい最近のことです。あの事件の少し前になりますね」
「……それじゃ、貴方は本当に実の兄妹かもしれない状態で猛クンのことを愛していたんだ? すごいわね。貴方の一途さには驚かされる」
彼女の一途な想いは普通の人に真似のできないものだ。
だが、その一途さは危うさも含んでいる事に彼女自身、気づいてるのか。
「世界を敵に回しても、貫き通せるものが愛情です。私はそう信じています」
「なるほど。それが貴方の信条なのね」
「……何か言いたそうな感じですね?」
「文字通り、あの騒動の時、世界を敵に回して貴方は猛クンの愛情を得た」
「騒動を起こした張本人のセリフとは思えません」
「あの騒動のこと、私にも非があることだし反省もしているわ」
淡雪の嫉妬心から始まった騒動。
終わった後でも反省と言う意味で、淡雪はあの時の事を考える事がある。
「あえて、言わせてもらってもいい?」
「どうぞ」
「あのね、撫子さんってすごく子供だなぁって思うのよ」
「……はっ? 私の事をバカにしているんですか?」
綺麗な眉がぴくっと反応をする。
淡雪の言葉には悪意もなければ、嫌味もなかった。
それを受け取る側には嫌みも、悪意も大いに感じてしまう。
「怒らせるつもりでも、不愉快にさせる気もないわ。ただ、純粋だなって」
「純粋? それが子供だと言い放った事に何の関係が?」
彼女の肩に触れて、はっきりとした口調で言うのだ。
「世界を敵に回す。貴方は猛クン以外のものを切り捨ててきたんでしょう。その気になれば、友達も家族すらも彼のためなら捨てられる」
「えぇ。それが私の愛です」
「そういう貴方の甘いところ。ちょっと嫌いね」
彼女の信念を否定するつもりはない。
淡雪にも譲れないことあるし、それは他人からどうこう言われることでもない。
ただ、彼女から見れば、どうにも撫子は幼く見えてしまう。
まるで欲しいオモチャを買って欲しいとねだる子供と同じように。
「甘い? 私がですか?」
「甘い考え、と言うべきかしら。理想ばかりで、現実が見えてないわよね」
「……理想と現実?」
彼女にはきっと説教をする人間がいない。
全てを包み込んでくれる優しい家族に育てられてきたからこそ。
誰からの注意もされずにきている。
撫子の不満げな鋭い視線が淡雪を捉える。
「そんなに怖い顔をしないで、私は臆病者なの」
「どこがですか。私を怒らせるような発言をわざとしてるくせに」
「それは誤解。前にも言ったでしょ。私は貴方を気に入ってるのよ」
撫子は淡雪とは違う生き方をしている。
価値観が違うからこその興味も関心もある。
「例えば、今回の事にしても、誰にも認められなくても貴方は猛クンとの関係を進展させたでしょう。兄妹でありながら愛を深めあうために」
「それが私の愛ですから」
「そのために、周囲の人間界や友人を切り捨てて、親を悲しませても?」
「えぇ。そうすることが必要ならばしたでしょうね」
言葉に言いよどむ事もなく、彼女は強い意志を持ってそう言い放った。
「兄さんのためなら親元からだって離れたでしょう」
「……本気で?」
「はい。両親であろうと私の恋の邪魔をさせるつもりはありませんから」
この子のこういう所が淡雪は“嫌い”だ。
――甘い、本当に甘すぎる。
彼女の愛はただの願いであり、自分勝手な想いでしかない。
「……そういう所が甘いのよ」
だから、ついイラっとしてしまい、きつい言葉をぶつけてしまった。




