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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第42話:私の恋は叶わない


 家に引きこもってから何日が過ぎたのだろうか。

 淡雪は学校にも行かずに、自室でひとりの時間を過ごしていた。


「……猛クン」


 あんな事件を起こしてしまい、彼に合わす顔がない。

 子供の頃からずっと勝手に憎んできた相手。

 初恋の気持ちを抱いた男の子。

 双子の実兄だったという事実を知らされて。


――何もかもが嘘だったら、どんなによかったかしら。


 衝撃以外の何物でもなかった。

 畳の上に寝転がりながら、無気力な淡雪は天井を見上げる。


「大和猛ではなく、須藤猛。それが貴方の本当の名前だったんだ」


 須藤家の長男。

 それゆえに生まれてから、ずっとひどい目に合わされた。

 記憶が残る前の幼い頃に受けた虐待と呼べる行為。

 誰の愛情もむけてもらえず、愛を求めても拒否された。

 それは想像するだけでも辛かったに違いない。


「愛される、か」


 淡雪はこの須藤家を継ぐ使命感のようなものを幼い頃から感じていた。

 そのため、祖母は厳しく淡雪をしつけてたけども、愛情もたくさんもらっていた。

 家族に愛されてきた。

 それが当然と思っていた。

 ……双子の兄は愛を与えてもらえなかったのに。

 

「それなのに、私は彼のお母さんの愛情さえ奪おうとしていたんだわ」


 淡雪が猛を嫌いになったのは母に甘えている姿が許せなかったからだ。

 なんと自分はひどい子供だったんだろう。

 

――彼がようやく手に入れたささやかな愛情すらも奪おうとしていたなんて。


 考えれば考えるほどに。


「自分自身が嫌になる。気持ち悪いくらいに」


 大きくため息をつきながら、


「後悔しかできない。私は何て愚かなんだろう」


 自己嫌悪の毎日だ。

 悔やんでも、悔やんでも。

 時間を取り戻せないのが本当に情けないくらいに腹立たしい。

 自分の愚かさに苛立つ。

 どうして、淡雪はこんなにも視野が狭かったのだろう。

 

「……ごめんね、猛クン」


 こんなところで謝罪しても意味がないのに。

 なにひとつ言葉が届かない。

 淡雪は自分がどうすればいいのか分からなくなっていた。


「そうだ」


 部屋に隠している箱を押入れから取り出してくる。

 中に入っているのは一冊のアルバムだった。

 それは片思いの少女が作った初恋の人の写真が収められたアルバム。


「猛クンの写真ばかり。こんなにも想う相手が私にはいたのね」


 中におさめられているのは去年の夏の写真が多い。

 恋人ごっこを楽しんでいた時期のもの。

 一緒に写る写真もあり、どの写真も彼は淡雪の好きな笑みを浮かべている。


「この頃は初恋相手が双子の兄だなんて知らなかった」


 だから、淡雪は心底から楽しそうに笑っているのだ。

 彼の隣で微笑む少女、恋する乙女の姿。


――美織によくからかわれてたな。


 純粋に楽しくて、恋心に胸をときめかせて。

 それが禁断の恋だなんて想像すらしていなかった。


「……私は今でも彼の事が好きなんだ」


 想うたびに涙が零れ落ちそうになるくらいに。

 

「初恋なんてしなければ……」


 よかった、とは言えない。

 恋を知らなければ、淡雪は誰かをこんなにも深く想うことはなかった。

 恋を知ったからこそ、苦しみも幸せも体験したのだ。

 

――その相手が双子の兄だとしても。


 淡雪は恋に焦がれて、毎日が充実していたあの頃の日々を否定できない。

 

「――私の恋は叶わない」


 だからこそ、苦しい。


「――私の恋は叶わない」


 だからこそ、悲しい。


「――私の恋は」


 言葉を詰まらせて淡雪は両手で口元を押さえてしまう。

 心の奥底から溢れ出してくるのは未練と悲しみ。


「私の恋は、ここで終わらせるしかないのかな」


 彼の写真を見ていると瞳に涙が溜まる。

 辛い気持ちを抱くのは、彼を想う気持ちを捨てきれないから。


「まだ好き、なんだ」


 簡単に消去しようとしても、消えてなくならない。

 それが人の想いだ。


「……大好きだから、諦めたくない。あぁ、私って本当にバカだな」


 終わらせられるわけがない。

 

「だって、心の底から好きなんだもの」


 好きで、好きで、好きで。

 どうしようもなく好きなのだから。

 諦めようとして、諦められなくて。

 どうしても、諦められるはずがなくて。


「……本当に好き。誰よりも好きなんだ」


 瞳から溢れ出し、頬を伝うのは涙の滴。


「猛クンが好きなの」


 静かに零れ落ちる涙を抑える事ができない。

 行き場のない想いを抱えて、こんなにも苦しんでいる。


「……どうしようもないなぁ、私って」


 たったひとり、自室でうずくまりながら彼女は後悔に苦しむ。

 前にも後ろに進めない。

 立ち止まってしまった少女を救うのは……。

 

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