第38話:これが私への罰なの、神様?
数日後、大きくなった騒動は淡雪の予想を超えていた。
「ここまで大きくなるとは思わなかった」
今や大和兄妹の敵は本当に“世界”だ。
学校全体を巻き込んだ大騒動に発展した。
「些細な悪戯が騒動のきっかけだったのに、噂の力ってすごいものね」
今や学校にも知られるようになり、何度も教師からも呼び出されている。
世界を敵に回しても。
それでも、ふたりは関係をやめようとしない。
「破局すると思ったけど、まだ甘いか」
それほど簡単に破局はしない様子。
「でも、あと少しかな。優しい彼なら、もう限界でしょう?」
日に日に猛の方は追い込まれていく。
傍にいるからこそわかる。
彼はもうじき限界を迎える。
「もう耐えなくていいのよ。無理しないで、諦めちゃえ」
悪意を持った少女によって。
深い愛情で結ばれた絆が壊れていく。
――もう彼はダメ。すっかりと追い込まれている事で気落ちしている。
大事な撫子を守ろうとして、でも、守れていないことを悔やんでいた。
――もう少しで、ふたりの関係を完全に破綻できる。
淡雪の歪んだ想いは、その絆を壊すことだけを望んでいた。
図書室の奥の閲覧室。
普段ならば誰も来ない場所に淡雪は彼を連れてくる。
落ち込んでいる猛を淡雪は友人として慰めていた。
「俺はどうすればよかったんだろうな」
「自分の気持ちを押し殺して、違う誰かを好きになっていればよかった?」
「分からない。淡雪さんの言う通り、そんなことをしても、長続きする自信もない」
「人は自分の気持ちに嘘はつけないものよ。それが大切な想いならなおさら」
こんなにも弱り切った彼を見るのは辛い気持ちもある。
だけど、淡雪のものにならないのなら、と割り切りながら、
「貴方が撫子さんを好きって思った気持ちは間違いじゃないわ。人を好きになる気持ちはどうしようもないもの。けれど、現実は優しくなんてない」
淡雪はその手を優しく握りしめながら、
「貴方達の力に私はなりたいのよ」
「淡雪さん……」
「だって、私たちは友達でしょう。貴方が困っているなら助けてあげたい」
思いもしてないことをよく言うと、自分でも呆れる。
――彼をここまで追い詰めた原因は私なのに。どの口がそれを言うのかしら。
だけど、淡雪は愚かだった。
自分の取った行動が、思わぬ大きな歪みと亀裂を生む。
そう、ピュアな彼女を暴走させてしまった。
『――大和猛君。これは最後通告よ、妹との恋愛を解消しなさい』
それは椎名眞子が起こした最後のアクション。
彼女は自ら匿名の電話をかけて、彼を脅迫したのだ。
ここまでするとは予想外だった。
――あの子はただ、噂を流し続けてくれればそれでよかったのに。
本当に禁断の兄妹愛が許せなかったんだろう。
そして、淡雪が煽ったことが彼女の中の何かを引き出してしまった。
『貴方が止まらないのなら、私もやめない。最初に言ったはず。これは最後通告よ』
「まだ何かするつもりなのか?」
『ご両親はこのことを知ってるのかしら?』
いまだに彼の両親は何も知らないでいる。
学校の噂は所詮は噂だ。
根も葉もない言葉に惑わされて学校が動くことはほとんどない。
それでも、誰かの言葉が両親の耳に入れば、それはさらに大きな問題となる。
「……まずいわ」
ただ、淡雪は小さく呟くと、このままではいけないと危機感を抱いた。
これは完全に淡雪の予想外で間違いだ。
眞子の暴走が違う方向へと行ってしまった。
――こんなはずじゃなかった。
淡雪が攻撃して欲しかったのは撫子と猛のふたりだけ。
そこから両親をも巻き込むのは……淡雪の本意ではない。
そもそも、幸せな彼らを見ているのが辛かったのが最初のきっかけ。
嫉妬心が歪めたもの。
「……お母さん」
己の失態に、淡雪は身体が冷えていくのを感じた。
このことが母親、大和優子の耳に入れば彼女はとても傷つくだろう。
大好きな人を傷つけるかもしれない、それは淡雪を恐怖させた。
「私、バカだ……どうして、こんな真似をしちゃったんだろう」
嫉妬心で起こした行動が招いたのは自らの窮地。
「どうしよう、どうしよう……私、なんてことを……」
冷静さを取り戻した淡雪は自らの愚かさを嘆いた。
大事な人を傷つけられる、その痛みを思い知る。
――こんな真似をして、得られるものなんて何一つなかったはずなのに。
大切なものを守るために。
その言葉が自分に跳ね返ってくるなんて思いもしていなかった。
ここまで事態を悪化させてしまったの淡雪自身の失態だ。
彼女は自らの愚かさを痛感していた。
嫉妬から始まった騒動の結末。
優子は淡雪と猛に衝撃の真実を告げる。
「淡雪、猛。貴方たちは双子の兄妹なのよ」
頭の中が真っ白になるほどに。
すべてが嘘だと叫びたくなる。
――これが私への罰なの、神様?
初めての恋だった。
猛に惹かれて、好きになった。
恋人ごっこをして、恋愛の疑似体験までして。
自分の想いに悩み続けて、恋に浮かれて。
そんな日々をすべて否定する現実。
須藤淡雪と大和猛は双子の兄妹だった。
そんな結末、誰が想像していただろうか――。




