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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第6部:虹が見たいなら雨を好きにならないと
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第32話:でもね、お兄ちゃんがいたらよかったかな


 猛と淡雪は兄妹かもしれない。

 その疑惑に心を揺れ動かされ、眠れない日々が続いていた。


「ただの偶然じゃない。兄妹でない可能性の方が低いわ」


 考えれば考えるほどに。

 

「どうして私はこれまでその可能性を強く疑わなかったの」


 自分自身に呆れてしまう。

 誕生日が一日違い。

 これが本当にただの偶然だとは思えない。

 だけど。


「猛クンが大和家の人間と言うことも完全に否定できないのよね」


 そう、淡雪が気になっているのはその名前だ。

 彼の妹の名前は大和撫子。

 大和と言う名字だからこそ、ここまで素敵な名前になった。


「大和猛。ヤマトタケル……この名前も否定できない」


 名前縛りというべきなのか。

 彼が大和家で生まれていなければ、こんな名づけはしないはず。


「本当にただの偶然。考えすぎって事なのかしら? 須藤の名字ならば、須藤猛か。それじゃ、ごくごく普通の名前だし」

 

 そこまでのインパクトはなく、そもそも、この家で生まれた子に猛と名づけるかどうかも怪しくなってくる。

 

「大和猛、須藤猛……どちらが彼の本当の名前なのかしら」


 淡雪の悩みは尽きず。

 例えば、本当に淡雪と猛が兄妹だったとしたら? 

 誕生日的に考えれば双子なのかもしれない。

 

「双子か。私と猛クンの容姿って似てるのかな」


 淡雪は自室に置いてある彼の写真を何枚か机に広げてみる。

 去年、恋人ごっこをしている時に撮ったもの。


「やだ。何かものすごく浮かれてるじゃない、私」


 改めて過去の写真を見てみると、美織から「恋をしているなぁ」と言われてた理由が分かる気がする。

 どの写真でも淡雪は幸せそうな笑顔を浮かべている。

 一目で分かるほどに猛への想いが溢れている。


「……恋しちゃってるなぁ」


 過去の事とはいえ、照れくささやら、何とも言えない気分になった。

 気恥ずかしさに顔を隠したくなる。


「この顔をしてれば、他人からみればからかいたくなったのもしょうがない」


 自分でもわかる、恋する乙女の顔だ。

 当時の淡雪はきっと美織達からすれば、恋に浮かれっぱなしにしか見えなかった。

 彼女は自分と猛の顔を見比べて眺めてみる。


「んー。猛クンと私は容姿的に似てる? 似てない? どっち?」


 まずは髪色、淡雪は優子譲りの茶色の髪色だ。

 しかし、彼は違う、真っ黒の髪をしている。

 目元は似てるかもしれないけど、顔つきなどは、はっきりと分かるほどに似てるとは言えない。


「……こういのって、自分じゃ分からない物なのかもしれないわ」


 写真を見ても、兄妹疑惑を解消できない。


『素敵な兄妹ですね。よく似てらっしゃいます』


 不意に思い出したのは、去年の夏の旅行で立ち寄った喫茶店。

 その従業員から恋人ではなく兄妹だと誤解されたときのこと。


「他人から見れば、よく似てる?」


 結局、行き詰った淡雪は悩みから抜け出せない。


「うーん」


 机の上に寝そべるように淡雪はうなだれる。

 考えれば考えるほどに分からなくて、気持ち悪くなる。


「はっきりとさせたいような、させたくないような……」


 母の優子に聞けば、きっと彼女は教えてくれると思う。

 けれども、その勇気が淡雪にはない。


「兄妹だとしたら恋をしていた自分は何だったと言うの話よ」

「恋? お姉ちゃんが恋の話?」

「ゆ、結衣っ!? 貴方、いつのまに!?」


 気が付けば、部屋をのぞき込む妹の結衣の姿。

 ドキッとさせられて淡雪は不愉快な顔を隠さずに、


「勝手に部屋に入らないでよ」

「えー。私、今日はちゃんとノックしました! 返事せずにボーっとしてたのはお姉ちゃんでしょ。もうっ。私のせいばかりしないでぇ」

「……それは失礼。それで何の用?」

「ケーキ食べない? こっそりと買ってきたのです」


 にんまりと笑う妹の手にはケーキの箱を持っている。

 人気のお店のケーキだと一目で分かる。

 

「お祖母様に知られたらいい顔をしないわよ?」

「あのね、私は思うの。和菓子がそんなにすごいのかって」

「また変なことを言いだす」

「だって、育ち盛りの今時女子には和菓子の美味しさがいまいち理解できないんだもん。あのちっさいお菓子は可愛いけど、ケーキの方がもっと好き」


 子供の頃から茶道を教え込まれてきた影響もある。

 和菓子は食べ飽きたと言い張る妹が洋菓子に憧れる気持ちは少し理解できた。


「というわけで、お姉ちゃんもケーキ食べるでしょ。ふふふっ」

「その笑い方はやめなさい」


 彼女の企みは単純だ。

 何かあった時のために淡雪を共犯にしておきたいだけ。

 バレた時は一蓮托生、ふたりならば小言で済まされる。


「ケーキは私も好きだけど。パンケーキが一番のお気に入りだわ」

「素直じゃないなぁ。お姉ちゃんは好きなものを好きと言えないのが悪いところ」

「うるさい」


 照れ隠しに妹のおでこを指で軽くはじく。


「きゃんっ」

「お茶を入れてあげるわ。少し待っていなさい」

「紅茶だよ、紅茶! このケーキに抹茶はノーサンキューです」

「はいはい」


 すぐにお茶の用意をする。

 姉妹でケーキを食べながら、紅茶を飲んだ。


「私、抹茶だけは苦手なの。あの苦いの嫌い」

「そこは茶道を習う身としてどうかと思うわ」

「私、茶道のセンスがないのです」

「……センスはあるわよ。本気で取り組めば良いレベルまで行けるのに、その努力をしないからダメなだけ。努力しなさい」

「やだ、苦手なことは努力しません。私、ダンス一筋です」

「こ、この妹は……」


 相変わらずの結衣は「紅茶が一番好き」と満足気だ。


「紅茶も緑茶も烏龍茶も同じ茶葉からできてるって知ってる?」

「嘘だぁ。私が無知だからって適当なことを言ってない?」

「本当よ。発酵具合の違いで、色も味も変わるの。不思議よね」


 妹は「お姉ちゃんは平気で嘘をつくから」と信じてない様子だ。

 淡雪は紅茶の味を楽しみながら、ケーキを食べる。

 綺麗な白色の生クリームでデコレーションされたケーキ。

 甘い匂いとその優しい味に淡雪は心が癒される。


「良い味ね。甘さがちょうどいいわ」

「んー、美味しい。ケーキはやっぱりショートケーキだよね。イチゴ大好き」

「それには同感ね」


 姉妹揃って、チョコレートケーキよりもショートケーキ派だったりする。

 何気に妹とは味の趣味は似ている。

 姉妹と言う意味では、結衣と淡雪に相違点は多い。

 淡雪はジーッと妹の横顔に視線を向ける。


「な、なんですの? お姉ちゃんに見つめられてる?」

「見つめてないわよ。ただ、私達は姉妹なのよねと再確認中」

「えー。なにそれ。半分だけど、ちゃんと血の繋がった姉妹だよぉ」

「……残念ながら、それは事実ね」


 不思議な事に母親違いとはいえ、淡雪と結衣はよく似ているのだ。

 容姿も味や好きなモノの趣向も。

 ただ、性格だけは大きく違うのだけど。


「何よぉ。私が妹だと不満なわけ?」

「……そうね」

「そこは納得しちゃダメぇ!? 私の存在を否定しないでぇ。しくしく」


 拗ねる妹は淡雪に「可愛い妹を蔑ろにしないで」と抗議する。


「お姉ちゃんと私はちゃんとした姉妹です!」

「……はぁ」

「だから、ため息つかないで!?」


 この子と姉妹と言う事実が淡雪は少し悲しい。

 

――こんな自由大好きで他人に甘えてばかりの子には私はなれないから。


 どこか羨望に近い憧れるような微妙な気持ちがあるのだ。

 その事実は認めたくない。

 食べ終わったケーキの箱を片付けながら淡雪はつい尋ねてしまった。


「結衣。この家に、お兄ちゃんがいたかもしれないって話を聞いたことはない?」

「へ? お兄ちゃん?」


 自分でも何を言ってるのだと呆れてしまう。

 淡雪が知らない話を結衣が知ってるはずがないのに。


「……知らないよ? え? 私にお兄ちゃんがいるの?」

「いないわよ。ただ、この家で男子が生まれてたらどうだったのかなって話」

「あー、それは想像しちゃダメなやつ。私、女の子でホントによかった」


 安堵するように妹は言うが、実際にそうだった。

 父と再婚した千春が子供を身ごもった時、須藤家の関心はその性別だった。

 お腹の子が女の子と分かった時の父の安堵した顔は今でも忘れられない。


「……でもね、お兄ちゃんがいたらよかったかな」

「え? 何よ、この私が姉では不満なのかしら? ん?」

「いやー。自分では否定するくせに、姉を否定されたら怒るのは理不尽でしょ!」


 身構える妹は近くにあったクマのぬいぐるみを盾にして淡雪の攻撃を避ける。

 

――お気に入りのクマさんを盾にしないでほしい。


 それは恋人ごっこ時代に猛からプレゼントされたものだけに余計に嫌だった。


「お兄ちゃんがいたらお姉ちゃんも甘えられるのになぁって」

「別に私は甘えられる存在を求めてるわけじゃ……」

「普通に求めてるでしょ? ほら、大和さんだっけ? お姉ちゃんの元彼。ああいうお兄ちゃんっぽい、甘えられる存在にお姉ちゃんは憧れてるんじゃないの?」


 猛の名前が平然と出た事に淡雪は驚かされる。

 結衣から見れば、淡雪が彼を求めたのは必然とさえ思えたのか。


「大和さん、優しいそうだもんねぇ。私もああいうお兄ちゃんなら欲しいかな」

「ダメよっ」

「はい?」

「猛クンは、ああみえてすごくシスコンだから! 近づいちゃいけないの!」

「え? 何でそこを全力で否定? もしや、何かあった?」

「ありませんっ。大体、結衣の場合は誰でも甘えたいだけでしょ。貴方と一緒にしないで。人に甘えてばかりの貴方の性格は前から思っていたのだけど……」


 気恥ずかしさと何とも言えない気持ちのせいで困惑気味。

 結衣は「ぐすっ、やぶ蛇った」と愚痴りながら淡雪の説教を受け続ける。

 猛が淡雪達の兄かもしれない。

 

――この疑惑を考えるのはもうやめにしよう。


 真実がどうであれ、淡雪の中にある彼を想う気持ちは消せないのだから――。

 

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