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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第5部:クローバーの花言葉
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第29話:猛クンを好きになれてよかった


 恋人ごっこの終わり。

 それは2月のバレンタインデーの少し前の事だった。

 終わりにしようと決めてからずいぶんと長引いてしまった。


「本当にアレでよかったわけ?」

「えぇ。協力してくれてありがとう、美織。優雨さんも」

「私はいいけどさぁ」

「淡雪さんだって彼との関係を気に入ってたんでしょ」


 不満そうに唇を尖らせる美織。

 優雨も「ホントによかったの?」といぶかしげな顔をする。

 淡雪はある噂を彼女たちに頼んで流してもらった。


『どうやら、須藤淡雪と大和猛のふたりは破局したらしい』

『私も聞いた。大和君は今、フリーらしいよ』

『なんで? あのふたりが?』

『よく分からないけど、自然消滅したのかも』

『そもそも、二人の関係って本当に付き合ってたのかな?』


 破局した、もう二人の関係は終わっているんじゃないか。

 そんな風に印象付ける噂を友人たちに頼んで流してもらっていた。

 

「人って言うのは噂に躍らされる生き物だもの」

「噂ひとつで身を滅ぼすこともある」

「でしょ? 案の定、今回もうまくいきました」


 他人の噂を鵜呑みにし、自分の知ったことは他人に話したくてしょうがない。

 噂が噂を呼び、時に尾ひれもついて広がっていく。

 そして、今の時代はSNSで噂も簡単に広まってしまうから。

 あっさりと猛と淡雪の破局の噂は皆の知るところとなった。


「でも、なんでこの時期なわけ?」

「だって、バレンタインデーを前に本命の子がいたら可哀想でしょ?」

「……どの口が言いますか」

「恋人ごっこはいつまでも続けられない。所詮はごっこ遊びだもの」

「その言い訳、結局最後までつづけたわね。意地っ張りめ」


 いつまでも続けていたら、猛を本当に思う子達に申し訳がない。

 なので、このタイミングで淡雪は恋人ごっこを終わりにした。


――という言い訳で、本当はずっと続けていたかっただけ。


 引き伸ばし続けてきたことに限界も感じていた。

 

――このタイミングでやめられなければ、どうしようもない泥沼だもの。


 泥沼に足をつけてしまっていた。

 単純に終わりというだけの話ではないので周囲の手も少し借りたのだ。


「こんなに簡単に広まってしまうなんて噂って怖いわよね。私は苦手かな」

「……噂を利用しまくってる人の台詞とは思えないわ」

「そんなことしてませんよ?」

「淡雪は他人を利用するのが好きじゃない。誰も本当の貴方の顔を知らないわ」


 淡雪は「まるで悪女みたいだからやめて」と拗ねる。

 そんなにひどい真似はしていない。

 少しの嘘を薄く広くした程度だ。


「本当の私って何かしら?」

「えっと、どこの聖女様って言うくらい、皆が淡雪さんを特別視してるじゃない」

「そうそう。そんなイメージとはかけ離れてる本当の顔を知ってる子は少ない」

「……私、褒められてない?」

「褒めてませんよ? 裏表が激しいくせに」

「貴方にだけは言われたくないっ!」


 美織はずっと昔からの淡雪の親友だからこそ、彼女は知っている。

 淡雪の表の顔だけじゃない姿も。


「他人に頼られるよりも、他人に頼りたい。甘えられるよりも甘えたい。そんな貴方を受け入れてくれるのが大和君じゃなかったの?」

「猛クンはね、優しすぎるのよ」

「優しすぎて何がよくない?」

「何でも受け入れて、居心地が良くて。でも……」


 淡雪はその優しさが大好きなお母さんと重なるのが辛かった。


「でも?」

「ううん。何でもない。私、甘えるのが苦手だから」

「それは言えてる。淡雪は下手だもの」

「はっきり言われると傷つくわ」


 恋人ごっこが終わっても、淡雪と猛は友人のまま。

 これまでと変わらず、いい関係を続けられたらと思う。


「美織、優雨さん。私、本当に後悔はしてないの」

「ホントに?」

「だって、私は猛クンの事をよく知ることができてよかったもの」


 幼い頃に一度だけ会った。

 あの優しい彼を憎しみ続けてた身勝手な自分。

 その頃と何も変わらず、淡雪と接してくれた猛。

 憎しみは消え、今は彼を想う気持ちだけが淡雪の中にある。


「猛クンを好きになれてよかった」

「ようやく、頑固で意地っ張りなお嬢様が自分の想いを認めたって言うのに」

「……認められたからこそ、かな」

「もったいなくない? 好きになれたなら、そのままでも……」

「そのままはないわ。お互いに恋人にはなれない」

「どうして?」

「分かるのよ。私たちは、恋人関係は無理だってね」


 猛が好きだ。

 この気持ちと向き合った時、淡雪は彼の中に淡雪への愛情がない事にも気づく。

 

――あくまでも恋愛ごっこ。猛クンの本当の好きな相手は私じゃない。


 近くにいて、彼を見続けてきた。


――だからこそ分かるんだ。


 本当に猛が誰を想っているかなんて、簡単に分かってしまったから。


「私、嫉妬しやすくて。いつだって、大切なものを傷つけてばかりいるわ」


 かつて、優子を取られたと猛を一方的に恨んでしまっていたように。

 もしも、これ以上、関係を深めればそれこそ決定的な亀裂になるかもしれない。

 淡雪は嫉妬して、自分が自分なくなることが怖い。


「彼をもう一度、憎しみたくない。いい思い出のままでいたいのよ」


 だから、一歩引いたところで自分の気持ちを抑えつけた。

 共に過ごした思い出を、彼への想いを壊したくないから――。


「うぅ、淡雪さんってホントに意地っ張りだぁ」

「まぁ、それが淡雪だし。面倒くさい子なのよ」

「ふたりとも、ごめんね。面倒くさい私にお付き合いしてくれて」

「……ふんっ。今日は特別。失恋した淡雪を慰めてあげるわ」

「そうだね。私たちが元気づけてあげましょう」

「ありがと。美味しいケーキのお店でも付き合ってよ」


 優雨と美織は淡雪に抱きついて、励ましてくれる。


――ひとりじゃないのが助かる。ひとりだと泣いてたかも。


 彼を思うと心が折れそうになる。

 友人たちに支えられながら、彼女は少しだけ前に進むことができたのだった。


【第5部、完】

 

第6部:予告編


失恋で終えた恋人ごっこ。

その未練が淡雪の中で残り続ける。

季節はめぐり、高校二年生の夏になった。

そんな中、眞子が猛たちのキスシーンを目撃する。

相談された淡雪に芽生える複雑な嫉妬心。

猛に対する想いが歪んでしまい、騒動を引き起こすことに。

淡雪と撫子。

ふたりの対立関係も、激化してしまい……。


【第6部:虹を見たいなら雨を好きにならないと】


好き嫌い。お互いをずっと嫌いなままじゃいられない――。

 

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