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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第1部:咲き誇れ、大和撫子!
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第15話:問題を解決できるのは猛だけだもの

 

 その夜、家に帰ってきた雅が猛に言った。

 

「……ねぇ、撫子と何かあった?」

「どういうこと?」


 ふたりで食後に洗い物をしていた。

 姉は撫子のことを心配そうに、


「あの子、見るからに元気がないのよ。料理中にも上の空で作ってたハンバーグがぐちゃぐちゃになった。なので、そのままカレーにアレンジしました」

「あっ。今日の夕食がキーマカレーだったのはそれが理由?」

「そうよ。あれはあれで美味しかったでしょ」

「美味かった。姉ちゃんの料理の才能は抜群です」

「もっと褒めたたえてくれていいのよ。ふふふ」


 ひき肉が崩れてしまったためにキーマカレーにメニューを変更したようだ。

 ハプニングをもろともせずに、アドリブで料理をできるだけの実力はある。


「でも、あんな風に撫子が落ち込んでいるのは珍しい」

「基本的にポジティブな子だからね」

「そうそう。例え、雨でも『兄さんと相合傘ができます』と喜ぶ子なのに」


 ポジティブ思考の塊、それが撫子である。

 雅としては撫子に元気がないのが気になったんだろう。

 妹や弟に対してはすごく甘い姉なのである。


――様子が変と言うのは、先程の件だろうか? 


 それは撫子から追及されていたときのこと。

 

『兄さんは須藤さんの事が好きでしたか?』

 

 あの質問に答えられなかった。

 思い当たるのはあれくらいだった。


――撫子さん、実はショックを受けてた、とか? 


 ひどく動揺していたように見えた。

 話を強引に終わらせてしまったのも悪かった。

 その点には反省しなければいけない。

 

「泣かせるような真似をしちゃったの?」

「してないよ。俺がそんな風な真似をするとでも? あ、そっちの皿をとって」

「どうぞ。こっちはもう拭き始めるわね」

「サンキュー」


 洗い終えたお皿を片付ける。

 料理で貢献できない分は雑務で挽回する。

 姉弟3人での暮らしは家事分担が基本なのだ。

 食器の片づけをしながら猛は先ほどの事を思い返していた。


「まずいな。変な誤解をさせてるかも」

「あと、独り言で、『既成事実で、さっさと子供でも作ってしまった方がいいのかもしれません』とか変な事も言ってたわ」

「それは大問題になりそうだ。リアルな意味で」


 撫子の爆弾発言が思わぬ波乱を招きそうだ。


「……まだ子供は早いってば。将来的に可愛い姪か甥は歓迎するけども」

「いろいろと突っ込みどころがありすぎだ!」

「えー。なんでぇ?」

 

 わざとらしく雅は口元に手を当てて、


「毎晩、激しく子作りとかしちゃってるの?」

「……何を弟に言ってくれてます?」

「大丈夫。お姉ちゃんの部屋は少し遠いから多分、聞こえないわ」

「やめいっ」

「え? 子供は作らないの? いけないわ、少子化の波がすぐここにも」

「その件に関してはノーコメントで」

「ちぇっ。からかいがいがなくて、つまらない」


 つまらなくて結構だった。

 雅は弟をからかうのがとても好きなのである。


――それにしても、撫子がさっきの話をまだ気にしてるなんて。


 下手に誤魔化そうとしたのがまずかったのかもしれない。

 淡雪との関係は別に怪しいものではなかった。

 しかし、あれを普通に説明してもきっと信じてもらえない。

 

「……実はさ、高校で仲のいい女の子がいるんだよ」

「そこは事実なんだ?」

「うん。その子と俺が付き合っているんじゃないかって、撫子に問い詰められた」

「へぇ、猛にもそんな子がいたんだ。意外だわ。付き合ってるの?」

「付き合ってないよ。ホントに仲がいいだけだから」

「なお、ご近所さんからは部屋に出入りする二人を目撃されており」

「してませんっ。熱愛記事を捏造しないで」


 隠れて交際しているなどという事実はない。


――俺は誰とも付き合った経験なんてないのに。


 それでも、やましい真似をしたかと言われたら。


――そうと言い切れないのがこの問題の複雑なところなわけで。


 してきたことをうまく説明できないのが問題なのである。


――正直にすべてを話すといろんな意味で俺の人生を終了させられるであろう。


 微妙なグレーゾーンではある。

 多分、納得はしてくれないと容易に想像できる。

 すべてを聞いた撫子に何をされるか分かったものではない。

 撫子の怒りを買い、ひどい目にあわされたくはない。

 逃げたい、何も知らないままでいて欲しいと身勝手に思ってしまう。


「単純に他の異性と仲がいいってだけでも、撫子にはショックなことだったのかも」

「でも、自慢じゃないけど、昔から俺の周囲には女の子が多いけど?」

「……そうでした。私の弟はハーレムな子だったわ」

「ハーレムって言わないで」

「あれをハーレムと言わずに何というの? 女ったらしの天才」


 その発言には「違いますからね?」と否定しておく。

 確かに、猛は幼少時代は女友達が多かった。

 ものすごく彼がモテたという理由だけはなく。

 母親の優子が積極的に彼を女子と関わらせようとしていたことでもある。


「小さな頃は我が家もずいぶんとにぎやかだったものねぇ」

「なんで母さんはあんなに俺といろんな子供たちと遊ばせたがってたんだろうな」

「……お母さんなりの考えがあったんでしょう」

「考えねぇ?」


 当時の母の思惑など理解できず。

 ただ毎日が楽しかった記憶だけはある。


「いろんなこと友達になれたのはよかったけどさ」

「だからこそ、撫子も変に意識しすぎなのよ」

「うーん。あの子は昔は控えめで大人しい消極的な子だったな」

「自分の世界という殻に閉じこもる子だった」

「それは言えてるな。すぐ俺の背中に隠れたりする、人見知りなところもあったよな。そこが可愛いと思ったりしてたけどさ」

「だからこそ、他の女子=敵という認識を持ってたりする。あの子にとっては猛だけが男の子なんだもの。他の人には取られたくない意識が働くのよ」

 

 それは独占欲というよりも、執着心に近いものかもしれない。

 姉は「複雑な妹心を理解してあげなさい」と微笑する。

 

「というか、撫子の恋心を真正面から受け止めてあげない猛が悪い」

「……相手は妹だから」

「そういう言い訳してばかりいたら、後悔するようなことになるかもよ」

 

 何も言い返せなかった。

 この姉のことだから、きっと自分の本心など見抜かれているのだろう。

 

――撫子が好きだ。


 そう、猛にとっても撫子は初恋の相手だった。


――でも、妹だから、好きと言えない。


 兄妹である以上は、進めないこともある。

 猛は今になっても世界を敵に回せずにいる。

 

「あんなに可愛い妹を泣かせるような真似だけはしないでね」

「理解のありすぎる姉もどうかと思う」

「例え、世界を敵に回してもっていうのはあの子の口癖だけど、それだけの覚悟をして恋をするって中々ないわよ。猛も本気なら覚悟を決めなさい」

 

 猛が撫子を妹以上に見ていて、愛しているということに気づいている。

 それゆえの後押しだった。

 

「とりあえず、今は落ち込んでるあの子をこれ以上、悲しませないことね」

「努力はしますよ」

「撫子はアンタのためなら誰だって敵に回すんだから。その辺、分かってるでしょ」

「そうだなぁ。もう中学時代のような真似はやめてもらいたい」


 撫子は猛以外に興味がない。

 それゆえに、一直線な思いが時折暴走することもある。

 何か問題が起きる前に、撫子の機嫌が直ってくれればいいと祈るしかない。


「よーし。ここはお姉ちゃんが人肌脱ぎます」

「というと?」

「たまには妹と一緒にお風呂にでも入って、悩み相談してくるわ」

「いってらっしゃい。よろしく頼みます」

「任せなさい。……貴方も一緒に入る?」

「そこで俺を混ぜないで」


 雅は唇を尖らせて「私と一緒にお風呂は嫌なのか、この弟は」と拗ねる。

 撫子と違い、姉と一緒にお風呂は恥ずかしすぎて入れない。


「でもさぁ、私はあくまでも相談に乗るだけだよ」

「姉ちゃん……」

「だって、問題を解決できるのは猛だけだもの。貴方が頑張りなさい」


 そう言い含めることも忘れない雅であった――。


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