第23話:普通は兄妹の方が問題だと思うの
夕方になり、別荘へと戻った淡雪達は夕食を作っていた。
材料はあらかじめ揃えてもらっていたので、淡雪が料理をするだけですんでいる。
キッチンで料理を続ける様を猛が見つめていた。
「淡雪さんの料理している姿ってなんだか新鮮だね」
「そう? 私は料理ができない方に見えるかしら?」
「逆だよ。何でもできそうな感じ。お世辞ではなくね」
「……期待されても、人はイメージとは違うかもしれないわよ?」
実際のところ、料理をする機会が家では少ない。
義母の千春がいつもしてくれるためだ。
――もちろん、人並み程度にはできるけど。
過剰な期待度で淡雪のハードルをあげられるのも困る。
猛は猛で、慣れた手つきで料理の手伝いを続ける。
「これはこっちのお皿でいいかな?」
「えぇ。猛クン方こそ、料理の手伝いには慣れているみたいね?」
「俺ができるのはこれくらいだから」
猛の家は両親が不在な事が多いと聞いている。
そのために料理はほとんど妹の撫子がしているらしい。
「なるほど。愛する妹、撫子さんのためならお手伝いは当然しているわけね」
「……助け合いは必要でしょ。他意はないです」
「撫子さんの料理に慣れた猛クンの口に合うか心配だわ」
淡雪は撫子と言う女の子を強く意識している。
――彼の中でその存在がどれだけ大きいのかが分かっているから。
つい、時々、こうして嫌味っぽくなってしまう。
子供じみた嫉妬。
まるで、淡雪は拗ねた子供みたいだ。
それを許してくれるのも、また彼である。
「私ね、料理の味付けはお母さんの真似ができないの」
「それって本当のお母さんの?」
「私が母と呼ぶのは彼女だけよ。義母は千春さんと呼んでいるから」
「そうなんだ。で、どうして料理は教えてもらえないんだ?」
淡雪は鍋をかき混ぜながら、調味料をいれていく。
料理することは楽しくて好きだ。
子供の頃は全然させてもらえなかったから余計にそう感じるのかもしれない。
「家には家の味があるのよ。お母さんは再婚して、別に家族を持っているし、違う家の人間になってしまっているから」
「だから、料理を教えてもらえない?」
「古い家だから余計にそう言うのを気にしているみたい」
それだけはすごく残念に思う。
「千春さんも料理はすごく上手なの。だから、困ることはないけども。私はお母さんに教えてもらいたかったな」
「家庭の味か。俺は男だから考えたことがないけど、そういうのもあるのか」
「お母さんに教えてもらえたら料理ももっと好きだったのに」
「ホントにお母さんのことが好きなんだな」
「好き。でも、それ以上に母には甘えたいのよ」
淡雪は自分で思っている以上に甘えたがりなのだろう。
優子に甘え、猛にも甘えてしまう。
――普段、あえないから余計にそう思ってしまうの。
こればかりはどうしようもない。
「家族に甘えたいのは普通の感情だろう。俺だって、妹から甘えられればうれしいし、俺自身も姉ちゃんに甘えてる方だと思うし」
「そう言えば、お姉さんもいるんだったわよね」
「あぁ。頼りになる優しい姉だよ」
「……猛クンはお姉ちゃんっ子でもあるんだ?」
彼は気恥ずかしそうに「どちらも大事な家族だからね」と呟いた。
――家族、か。
淡雪にとっても家族は大事なものだ。
結衣や千春さんの事だって、家族としてみれば大切なもの。
「猛クンって家族を大事にする人って事にしておいてあげるわ」
「……シスコン扱いよりもずっといいよ」
だけど。
淡雪はそんな家族想いな彼も好きなのだ。
その後、一緒に食事をしてからのんびりと別荘で過ごす。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「それは何より。どう、この別荘は?」
「いい雰囲気の別荘だよね。建物は古いけども、落ち着くよ。淡雪さんのお気にいりなんだろ? その気持ちが分かる気がする」
木造建築で歴史を感じさせる古い別荘。
施設としては老朽化こそしてるもの、落ち着きのある空間だ。
「えぇ。私にとっては曾祖母にあたる人が建てたんだって聞いているわ」
一族所有の別荘地はいくつかある。
その中でも淡雪が一番気に入っている別荘だ。
昔は長期休みになればここを訪れることも多かった。
でも、今は子供の頃のように一家で来ることは少なくなってしまった。
親戚の人間も新しく建てた方の別荘を利用することが多い。
「家は使わなければ意味なんてないもの。ここも老朽化しているし、もう何年かすれば取り壊してしまうかもしれないわね。そうなると寂しい」
「……淡雪さんのお気に入りな場所が消えてしまうのは寂しいね」
「うん。でも、最後に良い想い出ができたわ」
そういう意味ではここで思い出づくりできたのはいいことだ。
彼を誘い、こうして過ごす事ができたのだから。
「そうだ、お風呂の準備をしなくちゃ」
「……あの、淡雪さん?」
「何かしら? 妹さんの代わりに私が一緒に入ってあげましょうか?」
「いろんな意味でまずいから勘弁してください」
などとつれないことを言う彼に淡雪はついつい意地悪く、
「いいじゃない。兄妹で入れて、私と一緒じゃダメな理由が分からないわ」
「い、いや、そっちの方が問題だから!?」
「……普通は兄妹の方が問題だと思うの」
唇をわざと尖らせて言ってみる。
「うぐっ。その誤解は……」
「違うと言うのなら、私相手でも大丈夫だと思わない?」
「年頃の男女がそういう事をしちゃいけないと思うのです」
「……猛クンが私相手に何かひどい真似をするとでも? 信頼しているのよ」
さらにそう断言してみる。
「い、いや、だからね? あの、そういう問題でもなく」
しどろもどろになる彼が可愛くてつい意地悪したくなる。
実際、彼への信頼は確かなものだ。
男の子だから理性が保てるかは不明だけど。
淡雪に反論できない彼は顔を強張らせる。
「ふふっ。猛クン。一緒にお風呂、入りましょうね?」
「……はい」
そして、猛は押しに弱く、そしてお願いされると断れない性格だ。
ついつい彼の弱みについ甘えてしまうのは、ずるいかもしれない。
だが、しかし。
――あれ、なんで私、彼と一緒にお風呂に入る展開になった?
冷静になり、自分の行動を振り返ると、とんでもない真似をしている。
――た、猛クンと一緒にお風呂? 冗談が冗談じゃなくなって……どうしよ?
撫子への対抗心。
それは淡雪自身に思わぬ行動をさせてしまうことに。




