第20話:だったら、私が本命でもいいの?
旅行当日、目的地に向かう電車の中。
幸いにもお天気に恵まれて、今日明日は晴天だった。
せっかくの旅行なので、思う存分に楽しみたい。
「誘った私が言うのも変だけど、お泊り旅行の誘いなんて受けてもよかったのかしら。貴方の本命、撫子さんには何て言い訳を?」
揺れる車内、猛は苦々しい表情を浮かべながら、
「いろいろと突っ込みたい所がある」
「あら、そう? 撫子さんが本命、私が浮気相手的なポジションでしょ」
「え、あ、あの?」
「つまり浮気旅行ということになると思うのだけども?」
「なぜ、そうなった!?」
彼は軽く肩をすくめてから「友達と旅行に行くとだけ言いました」と告げる。
――それで相手も納得したのかしら?
納得していないのは容易に想像できる。
受験生と言う事もあって、深くは追及しなかっただけかもしれない。
「あと、これだけは否定させて。妹が本命ではありません」
「そうだ。このあと、電車の乗り継ぎがあるわ。荷物の準備をしておいて」
「なんで大事な所で話を変えちゃった!? お願いです、間違いは正してください」
大事なところでスルーされてしまった。
淡雪に対して彼の必死さが見え隠れする。
――猛クンの好きな子が撫子さんだということ。
この認識は変えることなんてできない。
「猛クン。正直なところ、私は貴方を気に入ってるわ」
「え? あ、あぁ。ありがとう?」
「でも、妹と毎日一緒にお風呂に入ってる人の言葉を容易くは信じられないの」
「……理解してもらえないって悲しいね」
いつも通り、げんなりとしてうなだれる彼だった。
全部、自業自得な猛が悪い。
――私にとっても彼の本命が妹さんという事実にはショックなわけだし。
彼の想いがどれほどなのか。
――本当に彼女を女の子として愛していたら?
それを知るのが怖くて、冗談めいてしか追求できない。
淡雪にも触れたくない話題でもあった。
「だったら、私が本命でもいいの?」
「へ? あ、いや、それは」
「ね? 猛クンは私との関係を遊びだと思ってるんだもの」
「……俺が物凄く嫌な奴みたいだからやめて」
「違うの? 私は本命?」
「少なくとも、遊び相手ではありません」
彼はどこか照れくさそうに、
「そんな程度の関係じゃ、俺たちはないだろう?」
「……あら、やだ。この子、私を愛人ポジにしようとしてる?」
「してません!?」
彼をいじるのはそれくらいにして、
「ほら、次の駅で乗り換えだから荷物をもって。降りる準備をして」
「了解」
淡雪達は違う電車に乗り換える準備をする。
「軽井沢には淡雪さんの家の別荘がいくつかあるんだっけ?」
「そうね。妹が好きなのは新しく建てられた方の別荘。あの辺りも今じゃ、ショッピングモールもできてすっかりと観光地化してるもの。すごくにぎやかよ」
それに比べて、淡雪達が向かっているのは山の方にあり、妹には不評だ。
彼女としては自然の残る落ち着いた場所なので好きだ。
「私達が行くのは須藤家の中でも古くから所有している所よ」
「須藤家の別荘ってだけで豪華そうだ」
「どうかしら。設備も古いし、建物も古い。けれど、周囲も自然にあふれて、素敵な場所なのよ。落ち着いてるという意味ではお気に入りなの」
「そうなんだ」
「でも、面白味はないかもしれない」
「自然があるのは好きだよ。のんびりとするのもね」
彼は笑顔でそう答えてくれる。
猛の答えを淡雪はどこか期待していた。
――彼ならばそう言ってくれるって。
二人は相性がいい。
それは考え方であったり、性格がよく似てるからだろう。
――時々、思う。私たちはどこか他人じゃない気がする。
息が合うというのはこういう感じなのかもしれない。
「……猛クンは私の欲しい答えをくれるから好きだわ」
「そう?」
「シスコンじゃなければ恋人にしたいくらいに」
「うぐっ。で、電車の乗り換えをしましょう。荷物を持つよ」
彼はすごく気まずそうな顔をして淡雪の追及から逃げたのだった。
――意地悪ばかりしちゃう。悪い私だわ。
複雑な乙女心、どうにも天気のように心は澄み切ってはくれそうにない。




