第14話:私は……猛クンが好きなんだ
カラオケに行きたいと誰かが言いだして、移動する事になった。
繁華街を歩いてカラオケ店へ向かっていると、
「あれ? 淡雪さん?」
偶然と言っていいのか、このタイミングで遭遇したのは猛だった。
噂をすれば影、淡雪としては驚きでしかない。
――な、なんでこんなタイミングで会っちゃうかなぁ。
まるで示し合わせたかのような偶然。
彼は両手に荷物を抱えている。
「た、猛クン。どうして?」
「俺? 俺は姉ちゃんに用事を頼まれて買物の最中だよ」
「そうなんだ」
「淡雪さんは友達と一緒に?」
「えぇ。中学時代の友人なの、久しぶりにあって……」
背後の彼女達が「あれが噂の」と猛を値踏みするような視線で見ていた。
「……えーと。ものすごく見られてる」
困った顔をする彼はどうしていいのかと苦笑い気味だ。
女子たちから疑惑の瞳を向けられるのはいい気分ではない。
「ごめんなさい。さっきまで猛クンの話をしていて」
「ねぇねぇ、貴方が噂のシスコン気味な淡雪の彼氏?」
「……淡雪さんが普段から俺をどう思っているのか分かったよ」
そして、淡雪に対して小さくため息。
がっかりした様子で肩を大きく落とす。
それは普段からの淡雪の本音なので否定はしなかった。
友人たちは猛を囲い込むとレポーター並みに追及を始める。
「率直な質問なんだけど、淡雪のどこが好きなの?」
「や、やめてよ、本人を前にして」
「ちゃんと聞いておきたいの。ほら、弄ばれたらどうするの?」
「弄んでる人はちゃんと答えてくれないと思うの」
「だからこそ、知りたいじゃん」
「ほら、彼氏さん。この子を愛してますか?」
淡雪としては早くこの場から去りたい。
猛を前にすると恥ずかしさで顔をそらしたくなる。
――お願い、適当にあしらってください。
目で合図すると彼は小さくうなずく。
恋人ごっこで慣れていることもある。
今さら空気を読まず否定することもない。
「淡雪さんのどこが好きになったって? そうだね」
彼は話を合わせてくれるようで、少し考えてから、
「淡雪さんはすごく真面目で、皆に頼られている人だろ」
「そうね。みんな、この子を頼ってるわよ」
「そんな人に頼られたり、甘えられたりするのって男としては嬉しいじゃないか。初めはそういう所に惹かれたんだ」
彼の口から初めて聞いた言葉。
ふっと淡雪の髪に手を軽く触れさせて、
「ホントの彼女を知れば知るほど、惹かれるよ」
「例えば?」
「大人しそうに見えて、悪戯っぽい一面もあったり。でも、すごく恥ずかしがり屋だったり。他の誰も知らない所を知ってるつもりだ」
「お、お願いだからこれ以上はやめて」
今、まさに恥ずかしさで淡雪はどうにかなりそうだ。
顔を真っ赤にさせて、淡雪は彼の服の袖を掴んでお願いする。
「シスコン扱いされたもので、つい」
「それは自業自得だと思うの」
「でも、俺がそう感じてるのはホントだよ?」
「……貴方のそういう所はずるいと思うわ」
淡雪は小さな抵抗とばかりに、髪を撫でていた手をつまむ。
――自分ばかり胸を高鳴らせることばかり、ずるい。
そんなやり取りが皆には微笑ましく見えたのか、
「初々しい。ちゃんと恋をしてるね、淡雪ちゃん」
「あの淡雪がデレるなんて」
「いいじゃん。思ってたよりもすごく優しい彼氏で羨ましい」
「これならシスコンって欠点があっても許せるわ」
どうやら評価はよかったようで認めてくれる。
――シスコンは許せないけどね。うん、あれは非常によくない。
許せないことってやっぱりあるものだ。
「あー、俺はそろそろ、行くよ」
「引き止めちゃってごめんなさい」
「いえいえ、ある意味でいいタイミングに会えたかな」
去り際になって淡雪に対して優しい声色で言った。
「淡雪さん。こういう機会だから言っておきたい事がひとつだけあるんだ」
「何かしら?」
「――俺はもっとキミの事を知りたいんだ」
淡雪だって猛の事をもっと知りたい――。
同じ気持ち、同じ言葉を胸の中で繰り返す。
「そうすればきっと、俺はもっと淡雪さんの事を好きになれると思うから」
「……っ……」
甘く優しく、彼はそんな言葉を口にする。
「これが俺の本音だよ」
ストレートな好意。
思わず顔を真っ赤にさせてしまい、言葉がうまく出てこず、
「あ、ありがと」
彼は淡雪の恋人役として、そんな台詞を呟いてくれたのかもしれない。
だけども、淡雪にとってはその一言にやられた。
「良い彼氏じゃん。さすが淡雪が惚れた男だねぇ」
「イケメンだったね。うん、写真で見るよりもカッコよかった」
「私の彼氏もあれくらいだったなぁ。無いものねだり感が半端ない」
「性格的にも容姿的にも、淡雪に釣り合いとれてる。十分にね」
立ち去ってからは友人たちにさらにからかわれていた。
「ずるいよ、猛クン」
淡雪は誰にも聞こえない程度の小さな声で呟くしかなかった。
淡雪の中で、以前から確実に大きくなっていた気持ち。
自覚しないようにし続けてたのに。
淡雪はドキドキとする自分の胸に手を当てながら、
「どうしよう」
気づいてしまった。
自分の気持ちに。
自分の本心に。
自分の想いに。
「私は……猛クンが好きなんだ――」
明確な恋心に気づいてしまったんだ。




