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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第5部:クローバーの花言葉
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第10話:恋人との関係を大切にしてね?


「ふふふっ」


 淡雪が家に帰ると、妹の結衣が不敵な笑みを浮かべて待ち構えていた。


「おかえり、お姉ちゃん」

「……ただいま」


 何か言いたげな妹をあえて追求せずにその横を通り過ぎようとする。


「さっきはびっくりしたよ? まさかお姉ちゃんがあんなことをしてたなんて」

「くっ……」


 そう、この意地の悪い妹に淡雪は猛との関係を知られてしまったのだ。


『お姉ちゃんに彼氏がいたの!?』


 偶然にも恋人ごっこをしていた所で結衣と会ってしまった。


――最悪な相手に知られてしまったわ。


 ふたりの関係を他人に話されるのはまずい。

 

「他言無用よ。誰かに話したら、どうなるかしら。分かってるわね?」


 淡雪がそう念押しで言っておくと、彼女は気まずそうな顔をして、


「あ、ごめん。もうお母さんに言っちゃった」

「口が軽すぎでしょうが!」

「きゃっー。お、怒らないでぇ」


 淡雪は結衣を叱りつけながらため息をついた。

 恋人ごっこの事を家族に知られたくはなかった。

 

「……大丈夫だよ? お母さん、誰かに話すタイプじゃないし」

「そういう問題ではないの。口止めが足りてなかったわ。言えば、貴方のダンスを禁止する程度の厳罰にしておくべきだった」

「や、やだよ。せっかく毎日が楽しいのに」


 最近の妹はストリートダンスにハマっているらしい。

 遊んでばかりで習い事がおろそかになっている。

 

――そろそろ、お祖母様にきつく怒られたらいいわ。


 あまり甘やかすのは彼女のためにもならない。


「はぁ。千春さんはどこに?」

「お母さんなら夕食の準備をしていたけど?」

「貴方も来なさい。彼女にも口止めしておかないといけないわ」


 千春は淡雪にとっては継母にあたる人だ。

 この親にしてこの子あり。

 結衣の性格は間違いなく彼女譲りだと言い切れるような人である。

 キッチンでは夕食を楽しそうな顔をして作る彼女がいた。

 常に笑顔、常にポジティブ思考な千春。

 淡雪は彼女の怒ってる顔を一度として見た事がない。


「あらぁ、淡雪ちゃん。怒った顔をしてどうしたの?」

「……結衣の口の軽さについて文句があります」


 その一言で彼女は納得したのか、


「私の娘で、淡雪ちゃんの可愛い妹である結衣ちゃんの口の軽さは許してあげてね。この子に悪気はないのよ。悪意がない、無邪気さが結衣ちゃんの魅力よ」

「えへへ、魅力だって。褒められちゃった」

「褒めてません。少しは反省しなさい、ダメ妹」

「淡雪ちゃんも怒らないの。二人、仲良くしてねぇ?」


 笑顔で淡雪にそれ以上の言葉を黙らせる。

 

――何を言ってもこちらが折れるしかない、この人の笑顔はずるい。

 

 千春には頭があがらない。


「それにしても、淡雪ちゃんにも恋人ができてよかった。私としても嬉しい」

「いえ、須藤家の中で容易に口にする問題ではないでしょう」

「うーん。そこに私が口を出せるわけではないから何も言えないけど、淡雪ちゃんも恋の一つもしないで運命を受け入れるのは良くないと思うのよ」


 淡雪にとっては母でないけども、彼女の優しさは好きだ。

 千春はふんわりと淡雪の髪を撫でながら、

 

「淡雪ちゃんも恋くらいしないと青春時代がもったいないわ」

「だよねぇ。私もそう思うので恋くらいしたいです」

「結衣は黙ってなさい」


 淡雪が結衣を睨みつけると「つーん」と拗ねる。


「心配しなくても私が誰かに言うことはないわ。そもそも、須藤家では私の発言力なんてないもの。ただ、私は淡雪ちゃんの幸せも祈ってるの」

「……千春さん」


 まさに笑顔の良く似合う女の人。

 この古いしきたりに縛られている旧家でよく笑顔でいられると思う。

 外から来た彼女には当然のように発言力もなければ立場も低い。

 ただ、祖母に気に入られているために、特に一族内で何かあるわけでもない。


「お母さんってなんでこの家に嫁いだの? 子供の私でも不思議だよ」

「えー。聞きたい? ものすごくドロドロとした大人の事情満載の話になるけど」


 聞いた結衣が「やっぱりいい」と引いてしまうも、淡雪の方が逆に気になる。


「どうしてですか?」

「あら、淡雪ちゃんの方が食いついちゃった。私の実家は知ってるでしょ」

「江川家ですよね」


 彼女の実家は須藤グループの傘下の企業である大手IT系の会社を経営している。

 業界でも有数の企業に成長しているが、昔からそうだったわけではない。

 

「まぁ、うちの会社がここまで大きくなれたのは須藤グループの傘下に入れたからなんだけどね。当時はただの成り上がりの小金持ちでした」

「お母さんの結婚って大人の事情ってやつなの?」


 政略結婚とは今の時代言わなくても、会社との繋がりを求めての結婚はよくある。

 そして、彼女もそうだった。


「んー。辰夫さんが離婚して、その再婚相手を探してたの。ちょうど年頃の私がいて話が来たらしいわよ。私としては一生、楽して暮らしていけるのなら、相手もそんなにこだわりがなかったからオッケーしたの」

「一生楽して暮らしていける、ストレートな物言いですね」


 実に千春らしい言い方でもある。

 

――言葉通りに取れば嫌な人にも聞こえるけども違う。


 実際、彼女は家のお金を使い込むわけでもなければ、遊んで暮らしてなどいない。

 物腰の柔らかさ、家事などもそつなくこなし、気遣いもできる。

 穏やかな笑みをいつも浮かべ人当りもいいため、祖母や一族からの評価も高い。

 本人は成り上がりのお嬢様と言っていたが、よくできた人だと淡雪も思う。


「私のお父さんの会社を大きくするためには須藤家の力も魅力的だったしねぇ。両親も含めて、即決だったのは覚えてる。辰夫さんも真面目でいい人だし、娘たちも可愛いし。いい結婚だったと自分では思ってるわよ?」

「ここはお母さんの性格が良かったことにホッとする場面?」

「そうね。千春さんが悪女だったらひどいことになってわ」


 結衣の感想と淡雪も同感だった。

 隣では「悪女扱いはひどくない?」と千春が苦笑い。

 これで実は腹黒い一面が、とかあれば驚きだけども、それもない。


「お金を使い込んで海外旅行に行ったり、ブランド物を買いこんだり。ドラマとかでいそうな人がお母さんなのは私も嫌だな」

「……したら、普通にお義母様に追い出されるじゃない?」


 厳しい祖母が目を光らせていることもある。

 過去に散財しまくった祖先たちの行いのせいで今の須藤家の厳しい風習もある。


「結衣も千春さんに似て育てばいい子になりそうなのに」

「ん? それは今は良い子じゃないって事?」

「本日、サボった習い事についてはお祖母様と相談するから」

「うわぁーん。寛大なる処分をお願いします、お姉ちゃん。怒られるのは嫌~」


 すがり付いてくる妹を引き離しながら、


「でも、お姉ちゃん。最近、少し変わったなぁっと思ったら彼氏ができたんだ」


 彼氏ではないのだけども、説明するのも面倒なので放っておく。

 あくまでも恋人ごっこ。

 それを説明するのは面倒くさい。


「結衣ちゃん。彼氏さんはどんな人だった?」

「イケメンだった。しかも、優しそう」

「……結衣」


 お口にチャックとばかりに妹の口を手で押さえる。

 むー、と抵抗する彼女。

 千春はにこやかな笑みを浮かべて淡雪達を見つめて、

 

「淡雪ちゃんは照れ屋なのね」

「違います」


 この家に生まれた事を不幸だとは思わない。

 だけど、恋愛を自由にできないことは辛い事じゃないのかと最近は思ってしまう。


――私にも本当の彼氏ができれば……。


 そう思うようになったこと自体が変化だった。


「淡雪ちゃんは我慢強くて、我がままの言わない子だけども。時には我がままになってもいいんじゃないかしら?」

「我が儘に?」

「自分のしたいことをする。自分の心に聞いて、その声の通りにしてみるのも悪い事ではないわよ。私はそう思うんだけどなぁ」


 千春の言うことも分かる。

 だけど、淡雪にはそれができない。


「恋人との関係を大切にしてね? 青春って時間は貴重なモノよ」

「お姉ちゃんの彼氏、優しそうだから付き合っていても楽しいでしょ?」


 結衣のように自分のやりたいことを貫くだけの勇気がない。

 所詮は淡雪は籠の中の鳥。

 自由に憧れは抱いても、外に出る勇気がないのだ。

 

「あー、私も彼氏が欲しい」

「結衣にはあと10年くらい早いわ」

「い、いや、もうちょっと早くできて欲しいよ? できるよね? ね?」

「さぁ、どうでしょうね? 心配しなくても晩婚も珍しくない時代よ」

「やだぁ。私、早く結婚したいの。可愛い子供が欲しいよぉ。ぐすんっ」


 リアルな数字だったのか、妹は凹んでしまった。

 恋に憧れる年頃。

 淡雪にもなかったわけじゃない。


「冗談よ。そこは貴方次第でしょ。恋愛結婚、頑張るんでしょう?」


 淡雪は結衣を励ますようにそう肩を叩く。


「そうだった。私の夢だからね。まず、彼氏を作る所から始めたいデス」

「そこが一番、結衣の場合は難しいと思うのだけど」

「言わないで~。ただでさえ、クラスでも女子扱いされてないのに」


 結衣は可愛らしくても、性格が子供過ぎる。


――いつか結衣にも付き合える相手が現れるのかしら。


 拗ねる妹を横目に見つめながら、


「……他人の心配なんてできるほど、上から目線の立場ではないわね」


 静かに淡雪はそう呟きながら考える。

 猛との関係が本気の気持ちになりかけているのは否定できない。

 淡雪も考えなくてはいけない時が来ているのかもしれない。

 自分自身の気持ちに。

 何かを捨てでも、得たいと思う心に。

 前へと踏み出す勇気が欲しい――。


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