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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第1部:咲き誇れ、大和撫子!
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第13話:特別な一夜になっちゃったかもねぇ?

 

 猛の秘密を知る女、美織からの情報を聞き出す。

 彼がホントに別の女性と交際してたいのか。

 そのことを撫子は知りたくてしょうがない。


「世間的に猛君ってさ、優しい性格ゆえに誰にでも好意をまき散らす子でしょ」

「分かります。無自覚に口説くというか、そういう悪癖があります」

「それで誤解して、恋心に発展してしまうのはよくあるじゃん」

「兄さんはカッコいいですから、余計に勘違いしてしまう子が多いですね」


 撫子にとってはやめてもらいたい性格でもある。

 誰にでも優しいから勘違いさせて悲しませる。.


――私以外に恋人になれる人はいないのに。兄さんは罪づくりな人ですよ。


 持ち上げて落とすような、繰り返しをこれまで何度も見てきた。


「淡雪もその一人だったのよ」

「兄さんの魅力に惹かれた、と」

「うん。あの子、恋愛なんて知らない初心な子だったのに。猛君の魅力にドはまりしちゃって気づいたら完全に恋に落ちてたの」

「……そして、交際をしていた?」

「そうだね。去年の夏休みくらいから本格交際が始まったんだよ。一緒に海に行ったりしたって話は本人から聞いたかな」


 美織は撫子の耳元に小声で囁く。


「お泊り経験もしたって言ってたけど、去年の夏に怪しい時期はなかった?」

「――ッ!?」


 ドキッと心臓が掴まれたように高鳴る。


――お、お泊りって? 何それ、私は聞いてない……?


 動揺してしまい、彼女は言葉がうまく出てこない。


――兄さんが女子とお泊りなんて。いえ、そう言われてみれば。


 記憶を思い返してみると、確かに彼は去年の夏に友人と旅行に出かけたはずだ。

 てっきり男子なのだと思い込んでいた。

 だけど。


「確かに去年の夏、どなたか友人の別荘に泊まった、と聞いてます」

「あらら、それじゃホントにお泊りしちゃってたんだ」

「で、ですが、男の友人という可能性だって残ってますから」

「普通の友人が別荘なんてもってる?」

「うぐっ」


 この学校は進学校とはいえ、お金持ちの人間だらけというわけでもない。

 特に猛は男子の友人が少なく、彼の友人の修斗は平凡な家庭だ。

 お金持ちの友人と言われたら思い当たる人間もいなかった。


「お嬢様のあの子じゃないと無理な話でしょう? 話のつじつまは合うようねぇ」

「他の可能性がないわけでは……」

「もちろん、他の友人に別荘持ちがいないとは言い切れないけど、どうかしらぁ?」


 お嬢様である淡雪とお泊りをした可能性は高い。

 その可能性が現実味を帯びてしまう。

 否定したいのに否定できない。


「特別な一夜になっちゃったかもねぇ?」

「や、やめてください。兄さんに限って浮気なんて」

「……兄妹で浮気も何もないと思うけどなぁ。それはともかく、彼らの関係は親密なものだったわけ。恋に浮かれる淡雪も可愛かったものよ」


 美織の衝撃発言に撫子は自分の指先が震えていることに気づく。


――私、兄さんに裏切られてた?


 信じたくはない。


――でも、須藤先輩との関係は完全にクロだわ。


 何かしらの深い関係であるのは間違いない。

 それでも、美織から聞かされた情報が真実ならば彼の裏切りは明白だ。


「二人は今も付き合っていると?」

「……内緒の恋。秘密の関係。誰だって、家族にさえ言えない関係があるものよ。今だって貴方に内緒の恋をしているのかもしれない」

「時々、兄さんが一人で帰りたがるときがあって……」

「そういう時は淡雪と密会してるかもねぇ?」

「う、嘘です、そんなこと……私、信じたくありません」


 奥さんに隠れて浮気を繰り返す旦那の様な想像が容易にできてしまう。

 人は一度疑いだすと、嫌な想像を止められない。

 撫子が絶望的なショックを受けていると、


「――くぉら、アンタはまた余計なことをしてるのかぁ」

「きゃんっ」


 背後から美織の頭を叩いたのは、優雨だった。

 あきれ顔の優雨は撫子に「大丈夫?」と顔をのぞき込む。


「すっごく辛そうな顔をしてる。美織、アンタは何をした?」

「別にー? 聞きたいって言われたことを教えただけよ」

「そのにやけ顔は怪しいぞ。撫子ちゃん。何をこのダメ女から吹き込まれたかは知らないけど、話半分以下で聞いておきなさい。」

「え? どういう意味です?」

「性格に難あり。人様の恋路の邪魔をするのが大好きな子だから」

「ひどいわ、優雨。私の事をそんな風に言うなんて」

「過去に私と修斗にもひどい真似をしたのを忘れたとは言わせない」


 どうやら過去に二人は何かあったようだ。

 言い争う優雨は落ち込んだ撫子をフォローするように、


「美織は平気な顔をして嘘をつく子なの。これまでもそうだったわ」

「失礼な。今回はホントなのに。嘘とかつきませんよ」

「……人間関係クラッシャーのくせに。これまでどれだけの男子を泣かせてきたの」

「むぅ。それは違う問題でしょう」

「人の恋路を邪魔したくてしょうがない。性格が捻くれてるくせに」

「違いますぅ。私はあえて恋には試練を与えたいだけなのに」

「それが余計なのよ。とにかく、この女の言うことは信じちゃダメなのよ」


 撫子に忠告する優雨は「前科あり過ぎなの」とため息をつきながら言う。

 その時になって撫子はようやく自分が乗せられていたと知る。


――私としたことが、知らない相手の言葉に惑わされてしまった。

 

 あまりにも真実味があり過ぎて。

 ついつい彼女の言葉を鵜呑みにしてしまった。

 確証もないのに疑ってしまった自分が恥ずかしい。


「……私、騙されてました?」

「そうそう。こいつはすぐに嘘を……っていない!?」


 いつのまにか、美織は逃げ出すように廊下から消えている。

 優雨相手には分が悪いと感じたのかいなくなっていた。


「くっ、アイツめ。懲りないやつ。ホント逃げ足だけは早いんだから」

「……はぁ。なんだ、嘘だったんですね」

「何を言われてたの?」

「兄さんと淡雪さんが交際していたそうです。その件について聞いてて」

「……へ、へぇ? そうなんだぁ? 私は何も知らないかなぁ、うん」


 どこか声を上擦らせながら、優雨はわざとらしく視線をそらした。


――普通に怪しい。これは何か知ってるのかな?


 先日の態度もそうだったが、優雨はこの件について知ってる様子だ。


「優雨さん。貴方も何か知ってるのなら……」

「あ、あれ? あー、猛君が戻ってきたよ」

「……兄さん」

「うん、真実は本人から聞いたらどうかな?」


 いつの間にか休憩時間も残り少なくなり、猛が教室に戻ってきていた。

 優雨も自分に火の粉が飛ぶのは遠慮したいようで逃げ去る。


「撫子じゃん。なんだ、来てたのか。ちょっと教室を出てた。悪かったな」

「いえ、気にしないでください」

 

 ふいに彼の手を捕まえるように握りしめる。

 

「な、撫子? どうしちゃった?」

「兄さん。分かっているでしょうが、嘘をつく事はいけない事です」

「は、はぁ。嘘? 俺は何もついてないよ」

「嘘はそれだけで罪なんです。兄さんは嘘つきと言う、罪を背負うような人ではないと私は信じてます。その信頼をなくすような真似をしないでください」

「……よく分からないが撫子の信頼には応え続けたいな」


 美織の発言が嘘なのか、真実なのかはよく分からない。

だが、撫子としては疑惑を捨てきれない。

 

――兄さんは裏切るような真似をする人ではない。


 それでも、可能性はゼロではない。


――私への想いが強すぎて、諦めようとするために他の女性に手を出すとか。

 

 少女漫画とかでよくある展開だ。

 兄妹の禁じられた関係ゆえに、思い悩んでしまう。

 本命相手を諦めるために別の相手と付き合ってみたり。

 結局は本命を諦められないとかいう、茶番劇。


――それはありえる。兄さんなら、そんな真似をするかもしれない。


 まじめな人間ほど、思い込んでしまうもの。

 撫子は猛の手を強く握りしめて、念を押しておく。

 

「私を裏切るなんて悲しい真似をしないでください。私、裏切られるのだけは嫌なんです。もしも、そんなことになったら……」

「い、以前に言ってたことを実現するとか? 本気で俺が死んじゃう」

「もし、信頼を裏切るような事があれば覚悟して下さい。簡単には許してあげません」


 目が笑っていない撫子は、真顔で呟いた。


「――このことを、お忘れないように」

 

 猛は「は、はい」とどこか遠くを見つめながら呟いていた。

 心に嫉妬の感情が芽生え、熱く燃え始めようとしていた。

 

 

 

 

 予鈴が鳴ったので自分の教室に戻ろうと渡り廊下を歩いていた。

 前から薄茶色の髪の見知らぬ女の人が歩いてくる。

 彼女は穏やかな微笑みを浮かべながら「こんにちは」と微笑んだ。


――いい先輩だな。見知らぬ相手でも挨拶をできる人って素敵だわ。


 撫子も挨拶を返して、その先輩と別れようとした、その時――。

 

「――っ!? 」

 

 すれ違いざまに彼女が感じたのは、自分の兄とそっくりな雰囲気。

 

『大和君と雰囲気が良く似てる人だから、すぐに分かると思うよ』

 

 先程、聞いた意味を私は一瞬で理解した。

 目には見えなくても、雰囲気は感じ取れる。

 

「似てるというか、兄さんとそっくりじゃない。今の人が、須藤先輩?」

 

 名前なんて聞かなくても分かってしまった。

 兄と同じ優しい雰囲気を持つ、穏やかで人の良さそうな女の人。

 あんな美人が猛の傍にいて、特別な関係だったなんて。

 

「須藤淡雪……」


 少なくとも、猛が気に入ってるのは間違いなさそう。


「はぁ。今度の“恋敵”は手ごわい相手になるかもしれません」

 

 危機感を抱きながら、廊下に立ち止まって彼女の後ろ姿を見つめ続けていた。

 恋する妹は敵が多くて大変だった――。

 

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