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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第5部:クローバーの花言葉
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第7話:これが本気の恋ならどうなってしまうの?

 

 淡雪が恋人というものに憧れていたのは友人たちとの付き合いが大きい。

 友人たちは中学時代からそれぞれ好きな相手ができて、恋を成就させてきた。

 

――恋は女の子を一喜一憂させるもの。


 幸せそうな顔をする彼女達に、羨望や憧れを抱いてた。

 いつか自分も経験したいと思っていた。

 

――それなのに、恋人ごっこすることになるなんて。


 淡雪と猛がしているこの遊びも他人から見れば何をしているのやらと呆れられるかもしれないけども、意味のある行為だ。

 恋を知らない淡雪が恋を知りたいと始めた遊び。

 いつしか、過去に彼を恨んでいたことを忘れるように猛に興味を抱いている。

 その日のデートも彼女は心の底から楽しんでいた。


「……ねぇ、猛クン。私、前からしてみたいと思ったことがあるの」

「ん? 何だろう?」

「恋人繋ぎってどうするのかしら?」


 淡雪の質問に猛はほんのりと顔を赤らめる。


――あら、照れる姿は男の子でも可愛らしい。


 思わず笑みがこぼれそうになる。


「え?あ、いや、それは」

「噂によれば、可愛い妹さんとは平然と恋人繋ぎをしているのでしょう?」

「はぐっ!?」

「経験がある猛クンなら私にも教えてくれるのでしょ」

「うぐっ!? さ、さり気に“不機嫌”でしょうか?」

「さり気に“不愉快”ではあるわ。普通、妹と恋人繋ぎはしないものね?」


 チクチクと嫌味を言うのは淡雪の趣味でもない。

 

――だけど、つい言葉にしてしまうのはなぜかしら。


 先日の騒動が思いの外、淡雪にとって不愉快だったのかもしれない。

 芽生え始めた嫉妬心。


「妹さんと同じことを私はしてみたいわ、猛クン」


 それに心が動かされてしまう。


――彼とこうしてデートをするのはもう何度目だろう?


 今日は夏の花を見たくて、公園の方へと足を向けていた。

 公園の花壇に咲く彩の綺麗な花たちを眺めながら、


「人って興味があることは知りたいと思うものでしょ」

「否定はしないけど」

「探求心。興味。好奇心。人間の欲望には勝てないわ」


 淡雪はそっと彼に自分の手を差し出す。


「さぁ、試してみましょう?」

「淡雪さん。あれって、普通に恥ずかしいんだよ」

「別に手を繋いだり、腕を組んだりするくらいはこれまでもしたでしょ」


 デートらしいデートを望む。

 淡雪がこれまで挑戦してきたことは、時に恥ずかしい思いもした。


――腕を組んだ時なんて体を密着させるものだから、ドキドキさせられたし。


 けれども、後悔することはなく、すごく新鮮で楽しいことだった。

 だからこそ、もっとたくさんの経験をしたい。


「ただ手を繋ぐ以上の行動だとでも?」

「……やってみればどれだけ恥ずかしいことか分かると思う」

「なるほど。そんなに恥ずかしいのに、自然に妹さんとはできるんだ?」


 彼女のトゲのある言葉に彼はうっと詰まりながら、


「今日はやけに撫子の事をネタにするね」

「私、前から感じていたのよ」

「何をですか?」

「猛クンってすぐに撫子さんの話題を口にするの。それまで妹思いのお兄ちゃんなんだな、程度にしか思ってなかったのに」


 淡雪は顔を伏せる仕草をしながら、しくしくと悲しむ真似をして見せる。


「まさかシスコンレベルの溺愛をしていたなんて」

「その誤解だけはすぐに解いておきたい」

「……世界で一番好きなんだから、ただの恋人ごっこの私じゃ満足できないと?」

「言ってません。あぁ、もうっ。分かりました」


 彼は淡雪の差し出した手をそっと取る。


「これでよろしいですか、お嬢様?」


 彼の手から伝わる体温。

 

――ど、どことなく、いつもよりも緊張するのは初夏の暑さのせいかしら。


 気恥ずかしさが倍増して、心がモヤモヤとする。

 繋いだ手の指を絡め合わせて、握り合う。


「……ぅっ……」


 思いの外、恥ずかしい行為に周囲を見渡して誰も見ていない事を確認する。

 誰も見ていなかったことがせめてもの救いだった。


「……だから言ったのに」


 それみたことか、と言いたげな猛。


「だ、だって、これって逃げ場がないじゃない」


 手を繋ぐのは離そうと思えば離せる。

 しかし、恋人繋ぎはしっかりと指を絡めあって、離せない。

 行為自体に慣れているのか、彼は特に慌てる様子もなく余裕だ。

 逆に淡雪は初体験に照れくささでいっぱいだ。


「恥ずかしいのに、顔さえ背けられないなんて」


 まさに逃げ場のなさに淡雪は顔を赤くするしかできないでいる。

 

――こんなにも近くに彼を感じるなんて。


 猛は淡雪に優しい声色で言うのだ。


「手を繋ぐのって、触れ合う事だと思う」

「触る程度だものね。それじゃ、腕に抱き付くのは?」

「寄り添うことかな。恋人繋ぎは淡雪さん的にはどう感じる?」


 恋人繋ぎ、まさに恋人同士じゃないとできない。

 こんなにも近く、こんなにもドキドキとさせられる。

 淡雪は心臓の高鳴りを感じながら、


「結ばれる、かな。好きな人に触れる、寄り添う、結ばれる」

「うん。そんな感じで特別感があるよね」

「私、なめてました。ごめんね、猛クン」

「え?」

「貴方と妹さんの関係はもう手遅れだわ」

「そっちの意味で!?」

「だって、兄妹でこんな恥ずかしい真似ができるなんて異常としか言えない」


 ばっさりと異常と言い切った。

 偽らざる本音に彼は凹んでしまった。


「異常って言葉が本日、一番ショックだよ」


 淡雪は「大丈夫よ」と彼を安心させるように、


「私、口は堅い方だから」

「はぁ」

「貴方と撫子さんが深い関係であることは秘密にしておくわ」

「甘えてくる妹と仲がいいのは認めますが、決してそんな関係ではありません」

「どうかしらね?」


 と、淡雪は実際、彼らの関係を疑いつつあった。


「ふふふ、兄妹で恋人繋ぎができる関係ってすごいなぁ」

「棒読みで言われると泣きそうだ」


 あの日、淡雪がみた仲睦まじい光景はただの兄妹になんてとても思えないもの。

 

――触れ合い、寄り添いあい、結ばれ合ってる。


 遠目でしか見ていなくても、あの雰囲気は特別なものを感じた。

 また胸の奥がざわつくような感じ。

 

――やっぱりだわ。私、嫉妬してる。


 最近、こんな気持ちを抱くようになってる。


「……猛クンは妹に欲情しちゃう悪いお兄ちゃんだった、と」

「一言でまとめないで!? 俺はそんなひどい奴じゃないから」


――羨ましいとか思ってるの?


 あんな風に淡雪も猛に愛されたい。

 心の奥底から湧き出る想い――。


「――ッ」


 気づきかけたのは自分の気持ち。

 だけど、気づかないふりをして、淡雪は胸に抱いた想いを閉じ込める。


「ほら、あっちの方へ行きましょう」


 淡雪達は恋人繋ぎのまま、公園内を歩き出す。

 初夏の太陽の日差しは心地よい。

 木漏れ日の並木道をふたりでのんびりと歩いて、散策する。

 穏やかな時間が過ぎ去っていく。

 

「……夏の空って感じね。しばらくすれば猛暑かしら」

「今年は雨が多いって話だよ」

「そうなんだ。ねぇ、夏休みも……恋人ごっこを続けてくれるわよね?」


 淡雪が彼の顔を覗き込むように尋ねると、


「あぁ、いいよ。淡雪さんは俺の事を気に入ってくれている?」

「……恋愛の意味でならはっきりとノーを突きつけるわ。私、シスコン気味な人はちょっとごめんなさい。友達としては好きだけどもお付き合いしたいとは思えない」

「真顔で言われたら本気で泣きそうだ。お友達としてでいいので、見捨てないでもらいたい。俺は、淡雪さんの事、すごく気に入ってるよ」


 はっきりと言葉で言われたのは初めてだった。

 淡雪達が出会ってからの3ヵ月。

 たった、それだけの時間なのに。

 淡雪の心の中にはいつしか彼の存在が大きくなっている。


「気に入られてるんだ、私?」

「誰もが羨む美人さんですよ。俺と恋人ごっこしてくれてる時点で不思議だけどね。淡雪さんってすごくモテるでしょ」

「私は告白とかあまりされたことがないの。モテてるわけじゃないわ」


 告白されても断るだけ。

 態度や雰囲気に現れてしまっているのか。

 淡雪は告白や恋人というものに縁がない。

 そもそも、猛に会うまでは異性とすら接点がなさ過ぎたのだけども。


「お嬢様ということで憧れてはいても、高嶺の花過ぎてアタックできない感じかな」

「……勝手に高嶺の花扱いされても困るわ」

「高嶺の花なら落ちてこいって?」


 人の印象っていうのはいつだって身勝手だ。

 あの子は特別だからと線引きされる。

 淡雪はそれに慣れているけども、嫌な気持ちになることはある。


「私も悪いのかもね。これまで家のことを理由に自分から異性に対しては距離を置いてきたんだもの。興味があるのなら、自分から行動するべきだった」

「いいんじゃない? こうやって、楽しめる関係があるっていうのは」

「それは言えてるわ」

「本気の恋なら、いろいろと大変だって話も聞くからね」


 淡雪達は恋人ではない。


――これが本気の恋ならどうなってしまうの?


 心の中に芽生え始めた恋心。

 気づかないふりを続けている。

 淡雪達の関係が、少しずつ変わりつつある。

 苦手な相手から気になる相手へ、そして……。


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