第5話:彼とは遊びの関係ですものねぇ?
誰にでも経験があるかもしれない。
親しい人が自分以外の相手と楽しそうに話していると、ふいに不愉快な気持ちになる。
嫉妬と呼ぶには少し未熟な、だけど、嫌な気持ち。
「……猛クン?」
だから、この時、淡雪が感じた嫌な気持ちは決して変な気持ちじゃないはず。
街中で偶然、猛を見かけた。
しかし、彼の傍には見知らぬ可愛らしい女の子が寄り添っている。
「あの子は誰……?」
楽しそうに笑う彼女。
その横で少女を優しげな目で見つめる彼。
それがどうにも不愉快だった。
夏を間近に感じる季節。
気が付けばもう7月に入っていた。
「何だか妙な噂を聞いたんだけど?」
「……なに?」
淡雪は放課後、図書委員としての活動をしている。
元々、本を読むのが好きなために、この仕事は好きだ。
そこに珍しく、本を読まない美織がやってきた。
「大和君が浮気してるってホント?」
カウンターに座り事務仕事をする淡雪に小声で話しかけてくる。
しかも、内容はクラスを賑やかせている話題。
「猛クンは浮気なんてしてないわ」
「付き合ってないから浮気ですらない、と?」
「違うわ。恋人ごっこだからと言う理由じゃないの」
淡雪は本を読んでいる生徒の邪魔にならない程度の声で、
「猛クンが他の女の子と仲良くしている所を見たって話でしょ」
「そう。そんな噂があるんだけど、どうなの?」
「あれは……妹さんらしいわ。私も彼から聞かされた」
「問い詰めたのではなくて?」
美織の突込みに微苦笑気味な表情で誤魔化す。
クラスの噂はこうだ。
猛と淡雪が交際している、と言うのは世間からの評価。
それにもかかわらず、駅前で謎の美少女といちゃつく姿が目撃された。
「妹なら余計におかしくない? だって、恋人つなぎをしてたって話よ?」
「……その件には微妙に私も複雑な気持ちだけど」
「ありえない。普通じゃない」
「そういう兄妹もいるんでしょ」
「いないよ、そんな兄妹。どこの漫画の世界よ」
あいにくと、淡雪はまだ彼の事を全て知っているわけではない。
――恋人ごっこをしていても、知らないことは多い。
特に彼の家庭環境についてはあまり深く聞いてもいない。
どうしても、母親の事を思い出してしまうからだ。
「イチャラブな妹。これは淡雪の恋のライバルね」
「なぜ、恋のライバル?」
「あら? 自覚なしですかぁ」
彼女はケラケラと笑いながら、
「私から見てると、今の貴方は恋してる乙女にしか見えない」
思わぬ言葉に淡雪は「え?」と驚いた。
「気が付けば、大和君の方ばかりみてるでしょ。私の席から良く見えるもの」
「……そんなことないし」
「最近、話していても彼のことばかり話題にしてる」
「それは美織がしつこく聞いてくるからでしょ!」
そこだけは反論しておく。
彼の方ばかり見てしまうのは否定できなかったけども。
「恋する乙女って、私達は恋人ごっこしてるだけ。遊びです」
「彼とは遊びの関係ですものねぇ?」
「だーかーら、嫌な言い方をしないで」
「淡雪、すっかりと大人の女になってしまったのね」
美織にからかわれて、げんなりとする。
他人からみれば淡雪は恋する乙女状態に見えているんだろうか。
自覚はないけど、恋する乙女モードは淡雪に縁のない感情だと思っていた。
「で、妹さんの話に戻すけど、彼ってシスコンなの?」
「多分? とても親しくしてるっぽい」
「その辺、ちゃんと確認した方がいいんじゃない?」
「どういう意味?」
「もしも、本物だったらどうするの? ガチでやばい系だったらさ」
「……逆に本物だったら私にどうしろっていうわけ?」
そんな微妙すぎる問題に首を突っ込みたくはない。
「実のところ、私も妹の名前が大和撫子(やまと なでしこ)という冗談のような可愛らしい名前だということしか知らないのが現実だもの」
遠目にみたことがあるので、かなりの美少女というのも分かってるけど。
「まぁ、当面の問題は浮気問題ね。これ、噂としてもまずくない?」
「恋人ごっこに影響するかしら?」
「世間では貴方たちは付き合ってる認識なわけだし。その辺の対処は考えなさい」
「猛クンにも考えるように促すべきかしら」
「噂を止めるためにも牽制は必要でしょ」
別に噂が流れ困ることではない。
それでも、問題が大きくなるのは困る。
「ごっこ遊びでも、その辺しっかりしてって」
「一度、話をしてみるわ。私も今の関係はすごく楽しいもの」
下手なことで邪魔をされたくない。
「恋する乙女はお悩みだ。そして、いつしか本気になってしまうのね?」
「……なりません」
「えー。もう手遅れってこと?」
「本気になったら負け、これはそういうルールの遊びだから」
ルールを破れば、ゲームは終わり。
――もう手遅れかもしれない。とは認めたくない。
気が付けば、放課後も終わり、下校時間になりつつあった。




