第2話:頑張りなさいよ、恋愛結婚
子供の頃からずっと嫌いな相手だと思っていた男の子。
大和猛。
淡雪の大好きな優子の再婚相手の子供。
高校生ともなれば、その意味もよく分かる。
母は淡雪の父と離婚後、すぐに別の男性と再婚した。
その相手には既に子供がいたらしい。
それが大和猛と言う男の子。
淡雪は彼を嫌いになることしかできなかった。
精一杯の抵抗だとも言える。
彼にしてみれば、いわれのないことで勝手に恨まれてひどいことだと言えるけど。
成長と共に淡雪も現実を理解していき、嫌いだと言う気持ちは薄れていた。
母にはもう別の家庭があり、淡雪がそれを邪魔してはいけない。
あの後、彼と会う機会はなかった。
淡雪から会いに行くこともなく、時々、思い出す程度の存在になっていた。
再びめぐりあう、あの日までは――。
「お姉ちゃん、それって高校の制服だよね?」
淡雪が部屋で新しい学校の制服を着ていると、廊下から顔をのぞかせる女の子。
「……部屋に入る時はノックをしなさい、結衣」
「えー。したよぉ……心の中で」
悪びれもせず小さく舌を出して、そう言って笑うのは淡雪の妹、結衣(ゆい)。
「心の中じゃ意味ないでしょう」
「いいじゃん。姉妹の間に遠慮なしで」
「遠慮と配慮は別物だと思うの」
自分勝手でマイペース。
性格は人懐っこい猫みたいな子である。
いわゆる異母姉妹だが、姉妹仲は悪くはない。
「可愛い服だね。いいなぁ、私もお姉ちゃんと同じ学校に入りたい」
「……中学受験で失敗したばかりの子が言う台詞ではないわね」
「ひどっ。失意のどん底にいる妹によく平気で言えるね!」
不満そうに彼女は頬を膨らませる。
彼女もこの春、中学生になった。
だけど、第一希望としていた私立のお嬢様学校への受験に失敗してしまったのだ。
――でも、この子も勉強をしてなかったし。面接もダメだったし。
受験勉強を真面目に頑張らなかった彼女の自業自得。
――どこか最初から落ちようしてたような気もする。
同情的な気分にはなれない上に、本人も反省していない面がある。
「つーん。いいんですよ。あんな堅苦しい学校に行かなくてよかったもん」
「言葉が悪かったわ。でも、本音よ」
「フォローになってないっ!?」
「いえ、フォロー何て最初からする気ないもの」
「うぇーん。もういいよ、お姉ちゃんの意地悪」
拗ねる妹は制服が気に入ったのか眺めている。
「でも、デザインがいいよねぇ。こういうのが好きだなぁ。可愛くていい」
「それなら、高校では受験に失敗しないように頑張りなさい」
「うぐっ。お姉ちゃんの言葉は私の心をえぐるよ、ぐすっ」
姉からの叱咤激励に苦々しい顔をする妹だった。
「高校になったら恋愛くらいする?」
唐突な質問だった。
「私達の家の事情で、恋愛なんてできると思うの?」
「あー、夢も希望もないことを」
「最初から諦めた方がいい問題でしょう」
「それはダメぇ。私ね、お祖母ちゃんたちの言う通りに生きたりしないもん。私の目標、絶対に恋愛結婚するんだ」
妙な所で胸を張る結衣に淡雪は呆れつつ、
「無駄な努力だと思うけども?」
「お姉ちゃんが他人事でどうするの!?」
「積極的になることでもない」
「自分の事でもあるんだよっ。青春時代なのに、もったいない」
「青春ねぇ?」
彼女はきっと祖母の決めた誰かと結婚することになる。
それは決定事項のようなものだ。
須藤家の長女はこの家の当主となる運命がある。
自分が望もうと望まないと、運命には抗えない。
淡雪は妹の髪をくしゃっと撫でると、
「……結衣なら運命にも負けないかもね」
「どういうこと?」
「貴方は他人の事なんて関係なく、前を向いて進める子だから。人に迷惑をかけても、気にしない。そんな唯我独尊、自分の道を進みなさい」
「ん? 褒められてるようで、褒められていない?」
「ふふっ。頑張りなさいよ、恋愛結婚」
結衣は「頑張るよっ」と意気込んでいるのが可愛かった。
淡雪は結衣に対して一種の憧れを抱いている。
――この子は私と違って須藤家に捕らわれていない。
次女だからと言うのもあるけども、この子の性格によるところが大きい。
――私と違って、須藤家に逆らえるだけの意思があるもの。
自分の意見や考えを主張して、自分のしたいようにする。
それは我がままに見えるが、正しい事でもある。
自分の考えでちゃんと生きている。
淡雪のように、須藤家という家に縛られ、祖母の言う通りに生きているようでは……。
「お姉ちゃん?」
黙りつづけていた淡雪の顔を妹がのぞき込んでいた。
「どうしたの。変な顔をしちゃってさぁ?」
「……何でもないわ。明日は貴方も入学式でしょ。早く寝なさい」
「はーい。はぁ、つまらない学校生活が始まるのねぇ」
「早くも脱落してどうするの」
「何か楽しい事が見つかればいいんだけどなぁ」
結衣は何かに期待するようにそう呟いたのだった。




