第125話:また戦争を始める気満々だ、この子
「あ、あの、撫子さん?」
お風呂上り、タオルで髪を撫でる美少女。
色っぽく、欲情的な仕草を見せながら、
「なるほどぉ。面白い事になってるようですね。うふふっ」
猛から事情を聴いた撫子はにっこりと可愛く微笑んでいた。
――今、逆にその微笑みが恐ろしい。
部屋が涼しいのは、雨あがりのせいだけではないはずだ。
「兄さんと恋乙女さんが結婚するなんて話、私は聞いてませんけど?」
「そして、俺が裏切ったことになってる!?」
猛に怒りの矛先が向くのは勘弁してもらいたい。
「だから、俺じゃないっての。母さんがそう決めようとしているらしい」
「あの人の策略ですか。本当に私は悲しいですよ。分かり合えるのではないかと譲歩し始めた矢先にこれだとは……ふふふっ」
先日、せっかく母と仲良くしようと思ってた撫子が再び手のひら返し。
猛としては悲しい限りだ。
「やはり、慣れない和解なんてするべきではありませんでした。相手に気を遣って前回は満足に戦えませんでしたからね」
「また戦争を始める気満々だ、この子」
「現実とはこうも悲しいものなんですね。分かり合えると信じた結果がこの裏切り。お母様とは仲良くできそうにありません」
「諦めないで。まだ話し合えば分かりあえる可能性もあるはずだ」
「そんな甘い考えは通用しない相手です。いいですか、兄さん。このまま放置すると、夏休みには貴方と誰か別の女性が結婚することになります」
優子も頑固な人間だ、やるって決めたらやる人だ。
本気で猛のお嫁さんを探してくるかもしれない。
それだけは避けてもらいたいものだ。
「兄さんのお嫁さんは私なんです。他人に入り込む余地はありません」
「……俺もそれ以外を望んでいないよ」
「私の恋路の邪魔をするものは容赦しませんよ。えぇ、例え、家族でも……」
「撫子さん、そのセリフをさらっと言わないで。お兄ちゃん、心配デス」
撫子の怒りがここ最近で一番のレベルだった。
――この子も怒らせるとやばいからなぁ。
怒りに震える彼女を落ち着かせようと躍起になる。
「私の天敵はお母様と淡雪先輩の親子ですね」
唇を尖らせて彼女は嫌そうに言い切った。
「さらっとマイシスターを加えるのはやめてあげて」
「あのふたり、容姿だけではなく陰湿な所もよく似ています」
「俺も血の繋がりがあるんだけど」
「兄さんは裏表がありません。良くも悪くもピュアな方ですからね」
「だから、男でピュアって言われても嬉しくないなぁ」
撫子はくすっと微笑して猛の頬を撫でて、
「穢れなき純粋さを失わないでください。貴方のそう言う所が好きなんです」
「……ありがと」
「さて、私はお母様と戦うための準備があります。すみませんが、今日の夕食は冷凍食品で我慢してくださいね」
「夕飯の準備は俺がやっておくから、大人しくしておいてください」
厳戒態勢。
戦争準備をさせてはいけない。
撫子を落ち着かせるのに精いっぱいの猛でした。
結局、夕食は雅が作ってくれて事なきを得た。
夕食を食べ終わっても不満気な彼女をなだめる。
ソファーに座りながら抱きしめて、怒りを収めてもらおうと必死だ。
――ホント、夏休みの直前で、ひどいめに。
どうして猛がこんなに大変な想いをしなくてはいけないのだろうか。
彼女は猛の腕の中で、不満そうに言う。
「私、考えました。お母様に電話で『余計なことをするなら、私も悲しいですが強硬手段に出ますよ』と言ってみようと思います」
「穏便じゃない気配がするけど。一応聞いておきます。強硬手段って?」
「お父様の政治生命に関わるスキャンダルとして、この情報をマスコミにリークします。自分たちの子供たちが恋愛関係になってるなんて面白い話ですよね、と」
「それは俺達が椎名さんにやられた脅迫電話だ!」
悪夢の日々を思い出す。
「俺達が散々苦しんだ事を今度は相手を変えてやらないでください」
「ダメですか?」
「それこそが俺達の関係を母さんが認めない理由では?」
「ですね。世間や周囲の目を気にするなんてつまらないことなのに」
世間的には義理とはいえ、兄妹の恋愛って言うのは問題がある。
それを気にしてしまう優子の気持ちが理解できなくもない。
「実際、お父様を苦しめるのは私の本意でありません」
「当然だな。お仕事を頑張ってくれてるわけだし」
「ですが、お母様を止めてくれないお父様も悪いんですよ。自分だけは賛成してくれているのに、説得は私達でしなさいと言われてしまいました。ひどいです」
猛達の関係は父の彰人に認めてもらっている。
だが、最大の障壁である優子の説得はしてくれない。
試練は自分達で乗り越えろ、と言うのが彼の信条であるようだ。
――いや、実際は自分が巻き込まれたくないだけです。
自己保身に長けているのは大和家の特徴である。
「ただ、好きな人に好きと言う。愛されたいと思う。それだけの簡単なものにどうして、こんなにも大変な想いをしなくてはいけないのでしょう」
「愛の試練かな」
「そんな試練。実の兄妹かもしれないと禁断の恋愛をしていたあの日々ですでにクリアしていると思いませんか?」
「そうかもね」
猛は撫子を後ろから抱きしめる。
甘く香る彼女の匂い。
撫子は抱き心地がよくて、ずっと抱きしめていたい気持ちにさせられる。
「んっ、くすぐったいですよ。甘えさせてくれる兄さんは好きです」
「……俺は撫子の関係を何とかして母さんに認めてもらいたいんだけどなぁ」
「強制的に認めさせる方法がひとつだけあります」
「なんでしょう?」
「少し早いですが、子作りしちゃえばいいんですよ、旦那様。可愛い赤ちゃん、ラブ。既成事実として認めさせ……いひゃい」
「ていっ。不用意な発言は禁止です」
「もうっ。照れ屋なんですから」
暴走する撫子の頬を軽く引っ張りながら猛も思案する。
こんなに愛している女の子は他にはいない。
「ホント、どうすればいいのやら」
「子供、作ります?」
「それはしません。今の俺じゃ責任を持てないので」
この想いを諦めることなんて、猛には絶対にできない。
誰の邪魔もされたくないのに、現実は中々思い通りにいかないものである。




