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大和撫子、恋花の如く。  作者: 南条仁
第4部:心に秘めた恋情の狭間で
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第118話:そこでヘタレるなよ、男の子


 深夜の遅くまでやっている近所の評判のラーメン屋。

 親子3人、ラーメンを食べるというのは久しぶりだった。

 店の端にあるテーブル席に座る。


「政治家の先生がこんなお店で食事なんて」

「いいじゃないか。たまにはこういう店で食事もしたくなる。ほら、何でも好きなのを頼めよ。ラーメンと餃子だな。雅は?」

「それじゃ、私はチャーシューメンの大盛りで」

「雅はもう少し乙女らしさが必要ではないかと、父さんは心配になるよ」

「弟も心配になります」


 雅はどこか膨れっ面をしながら、


「放っておいてください。好きなものを食べるのが主義なの」


 それぞれ注文すると猛はまず、あの話題から切り出した。

 

「父さん。まずは、新しい家族が生まれる事について。おめでとう」

「うん、ありがとう。今日はその事を話すつもりで帰ってきたしな」

「それにしても、まだ赤ちゃんができるなんてお母さんも若いよねぇ」

「雅だってもう年頃なんだ。結婚を意識するか、仕事に生きるか。将来の方向性を決めたらどうだ? 大学だって進路を決める時期だろう?」


 藪蛇ったと言った顔をする雅は、


「お父さんの仕事を手伝いながら、良い人を探すと言う方向で」

「秘書の仕事はしんどいぞ? 真面目にやってくれると言うのなら、考えてもいいが」

「ホントに? どうしようかな。お母さんもまた子供が生まれるって事は忙しくなるだろうし、それもそれでありなような気がしてきた」


 進路としても、悩みが尽きない年頃だ。

 頼んでいたラーメンが運ばれてくる。

 美味しそうなラーメンの香りに食欲がそそる。


「いただきます」


 食事をしながら、以前からちょっと気になっていた事を父さんに尋ねてみた。

 こんな場所で話すことではないのかもしれないけども。

 聞けるタイミングも他にない。


「ねぇ、父さん。華恋さんって言うのはどういう人だったんだ?」

「華恋? あぁ、華恋のことか」


 雅と撫子の実の母親で、若くして亡くなっている。

 先日、お墓参りしたこともあり、聞いてみたかった。


「大和華恋。僕の母親と彼女の母親は従姉妹同士。つまりは華恋も大和家の遠縁の人間でね。家も近くて幼馴染でもあった」

「お父さんたちとは高校卒業と同時に結婚したんでしょ?」

「そうだな。アイツは生まれつき大病を患っていてな。中学に入った時にはもう長くは生きられないって医者から言われたんだ」


 中学生の頃、彰人は華恋から告白されたそうだ。

 昔から相思相愛だったふたり。


「中学の時だった。『自分には一緒に生きる時間は限られている。でも、赤ちゃんは生みたいし、母親にもなりたい。私の我がままに付き合ってくれ』って言われた」

「……重い病でも生きることを諦めない人だったんだね」

「常に前向き、病気になっても弱音を吐かない強い子だった。そう言う強さは撫子が良く受け継いでるよ。華恋の心の強さは本当にすごかった」


 高校卒業と同時に結婚して、雅が生まれた。

 その頃の父は弁護士になるための勉強をするために大学にも通っていたらしい。


「学生結婚って言うのは正直、僕もどうかと思ったけど、アイツがやめるなって言うからな。勉強と家庭を両立したよ。ただ、金銭的な援助があってこそできた事だけどな。当時、大和家にはずいぶんと世話になった」

「……ホント、そういう所は大和家って情が深い家柄だよねぇ」


 雅はラーメンをすすりながら呟く。

 

「まぁ、当時、借りてた生活資金は弁護士時代にしっかりと返したけど。僕が弁護士になる前くらいに、華恋は寿命が尽きた」

「そうなんだ」

「最後まで笑顔で生きぬいた、良い女だったよ」


 雅も自分の記憶に残る母の顔を思い出す。

 

「お母さんみたいに生きられる人は多くない。普通の人なら自分の死期が分かったら、絶望する。でも、彼女は絶望せずに、希望だけを掴んでた」

「希望だけを……そっか」

「私はまだ子供だったけど、すごい人だって思ったもの」

「華恋さん、か」


 雅と撫子。

 ふたりの娘に“想い”と“願い”を託した。

 強い人だったと言う言葉がよく分かる気がした。


「母さんとも幼馴染だったんだよね」

「幼馴染と言うか、妹みたいなものだったけどなぁ」

「よく可愛がられてたって母さんも言ってたよな」

「優子の兄、つまりはお前らのおじさんな。奴とは腐れ縁の親友で長い付き合いだ」


 彰人は昔を思い出すような目をした。

 思い返せば、いろんな記憶もあるのだろう。


「華恋を亡くしたあと、優子も離婚をしたって話を聞いてな。お互いに相談にのりあtぅてるうちに、くっつくことになってさ」

「お互いに気が合った?」

「それもあるし、必要としあってたんだよ」

「そして、今では子供ができる程にラブラブに」

「ははっ。人間ってのは縁だよ。人と人の関係。ふたりも人の縁は大事にしておけよ」

「……お父さん、私に異性との出会いが全くないのはどうすれば?」

「それは自分で頑張ってくれ」


 そこまで応援する気はない。

 娘に彼氏候補ができるのは複雑な父親心である。


「雅も美人さんに成長しているんだけどなぁ。いろいろと残念なところが……」

「残念って言い方はひどくない?」

「実際にそうだろ?」

「くっ、返す言葉がないよ。どうしよ、猛」

「俺に振られても……父と同意見なのでフォローのしようもないぜ」


 そんな猛に「ひどい」と拗ねる。


「そう言えば、先日、撫子と猛が……」

「ね、姉ちゃん。煮卵あげるので、黙っていてください」

「やった。これ好き~」


 自分が不利になったからと何を暴露しようとしてくれる。

 姉に撫子を押し倒した所を目撃されたのは本当にまずかった。

 いろんな意味で。


「……撫子か。猛よ、言いたいことがあるんだろ?」

「えっと……あの……」


 もう優子経由で猛達の関係は知られているはずだ。

 家族として、男としてのけじめはつけなくちゃいけない。


――こんなラーメン屋の片隅で言う話ではないとは思うけどな。


 深呼吸一つしてから、撫子との関係を彰人に告げる。


「俺は撫子の事が好きなんだ。義妹としてではなく、一人の女の子として」

「それで?」

「だから、交際を認めてくれたら嬉しいと言うか。応援して欲しいと言うか」

「そこでヘタレるなよ、男の子」


 彰人はポンッと猛の肩を叩いて笑った。

 普段は厳格な父が見せた笑顔だった。


「お前も撫子も、お互いを想いあってたことくらい知ってたよ」

「え?」

「そこで驚くなよ。まさか想いを隠してたつもりか。それはない。昔からあれだけ分かりやすく、親前でもいちゃいちゃしてたら、誰でも気づくぞ」

「私だって気づいてた」

「……ですよねぇ」


 中学時代は撫子ラブを抑えてなかった。

 そうでなくとも、気づいてない方がおかしい。


「ある時は妹を溺愛する兄の姿を、ある時は詩人のように愛を歌う。そんなラブポエマーな息子の事はよく見てきたつもりだ」

「やめて。ポエマーは忘れて!?」

「あの頃の猛は痛かったよねぇ。くすくす」

 

――人の隠しておきたい過去をえぐらないでください。

 

 中学時代の自分の過去は封印しておきたい。

 悲しい現実を消し去ってしまい、猛であった。


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