第102話:お母様とは戦う運命にあったようですね
猛と撫子は実の兄妹ではなかった。
そして、彼は淡雪と双子の兄妹だった。
雅の言う通り、ふたりは母親が同じ本当の姉妹だった。
次々と優子から聞かされる真実をひとつひとつ受け止めていく。
「……お母様たちの事情は分かりました。では、私の本当のお母様は?」
椅子に座り、向き合いながら実の母の事を尋ねる。
「華恋さんは撫子が生まれてから病気で亡くなったわ」
「……そうだったんですか。お父様とはその後に?」
「私が再び彰人さんに出会ったのは須藤家を出て、すぐのこと。どちらも支えてくれる相手を求めていたの」
ふたりが再婚したのは撫子が2、3歳の頃だった。
兄妹として積み重ねてきた時間。
悔しいけども、思い出せるはずもない。
物心つく時からずっと兄妹だったのだから。
「彰人さんも娘たちの母親になってくれる女性を求めていた。私も、彰人さんに憧れる気持ちもあったから。彼を好きになって、今の家族がある。こうして3人の子供がいて私は幸せよ」
愛の絆。
それは血の繋がりだけがすべてではない。
少なくとも、私は彼女を本当の母親だと思えるだけの愛情をもらってきた。
「では、義理の兄妹だと隠していた理由はなんでしょう?」
どうして、関係を隠す必要があったのか。
「もっと早く知っていればよかったのに、と思います」
「……撫子には申し訳ないことをしていたと思っている。貴方の本当の母親の事を話さなかったのは私たちの責任だもの」
「どういうことでしょう?」
なぜと言う質問に対して優子は申し訳そうな顔をして、
「すべては猛のためなのよ」
「兄さんの?」
「あの子には須藤家から引き離す必要があったの。もう二度と関わっては欲しくなかった。だから、貴方達は実の兄妹だという事にして育ててきたわ」
「お姉様も協力してくれていたんですね」
「さすがに雅はもう小学校の低学年で誤魔化せなかったから真実を話したわ。ただ、事情を知った時にあの子はこういってくれたの」
雅は実の母、華恋の存在を隠し続けることに対して、
『……誰かの幸せを守るため。きっとお母さんなら許してくれるよ』
大和家の親族は猛の境遇を知り、ひどく同情していた。
皆で彼を守ると、全てを秘密にしてきてくれたのだ。
「今度、改めてお墓参りに行きたいですね」
「えぇ。そうしてあげて。ずっと黙っていて本当にごめんなさい」
隠し続けてきたことに負い目もあったのだろう。
優子が頭を下げて謝罪する。
「いえ……兄さんを守るためにしてきたことならば許せます」
真実を一つずつ知っていく。
それを受け止めていくたびに、心が重くなる気がした。
――大人は大人で隠し続けて、大変な思いをしてきたんだ。
子供は隠された真実を知りたがる。
隠すということの重みをよく知りもしないで。
「子供の頃にお母様はよく友人の子供を家に連れてきていましたね。あれは?」
「生まれてから、あの子は同世代の子供と遊ばずに過ごしていたせいで、言葉を覚えるのも遅くてね。だから、人付き合いのリハビリを兼ねていたのよ」
「そういう事情があったんですか」
真実を知れば、知るほどに思い知る。
自分は何も知らずに、生きてきたという事に。
「もうひとつ、気になることがあります。須藤先輩と兄さんは同じ高校に通っていますが、その件については反対しなかったんですか?」
「淡雪から進路を聞いた時には驚いたわ。もしかしたら、ふたりが出会うかもしれない。だけどね、両家が話し合ったうえでひとつだけ決めていることがあるの」
「それは?」
「もしも、この先にお互いが偶然、出会う事になっても私達は止めないでおこうって。双子だもの。何か運命的なものが働く可能性もあるでしょう」
双子の関係性は未知数なところがある。
ロマンチストな運命論があっても否定できない。
「現実として、本当にそうなった。あの二人は今、友人関係なのでしょう?」
「……えぇ。そうですね」
「今ならばお互いに過去を受け止められるかもしれないわ」
もしも、ここで『恋愛関係になりかけてた』という事実を告げたら、優子が卒倒しそうなのでやめておくことにした。
――運命に任せてたら、恋だってしてしまうんですが?
その点に関してはもっとちゃんとしておくべきだったと思う。
「ふたりのこと、猛は全く気付いていないでしょう」
「一切勘づいてもいません」
「淡雪は気づいている可能性もあるけども……」
「お母様が兄さんの母親という時点で何かしらの事に気づいているのでは?」
「そのことを聞いてくると覚悟していたけども、一度もないわ。私には私の家族がいる、と割り切っているのかもしれないわね」
だとすれば。
猛が実の兄だと淡雪は知っているのかどうか。
――多分、疑っていても確証は得られていないと思う。
だって、本当にそうだったら、恋人ごっこなんてしていない。
あれはお互いに異性として興味があったからしていたはず。
そうでなければ、どうしようもないほどに愛しさが勝ったとしか言えない。
「……撫子。ここで今さらかもしれないけども、この件は秘密にしておいてほしいの。二人にはこのことを告げないでほしい」
「お母様。それはできる限りそうしたいですが無理かもしれません」
ずっと秘密にしておいて置くことができない。
それは最近の彼らの接近具合を見ればそう感じる。
「彼らは双子です。運命的な何かがあるのだとしたら、それは意外な形で訪れるのかもしれません。私には近い内にバレると予感できます」
「……そう。撫子がそう感じるのなら、仕方のない事かもしれない」
「その時は真実を二人に話してあげてください」
いざと言う時には、連絡をするとだけ言っておいた。
「撫子から見れば、双子の事情に巻き込まれた感じで申し訳ないわ」
「私と兄さんの関係を認めてくれるのなら何でもいいですよ」
「それはダメ。絶対にダメ」
だが、あっさりと否定されて、撫子はムッとする。
「な、なぜですか!?」
「なぜって言われても。普通の親なら反対するでしょ」
「ここまできておかしいです。普通、その流れなら認めてくれるべきでは?」
血の繋がりのない真実に喜びから一転、まさかの展開だ。
「撫子も猛も私の子供よ。交際なんて認めないわ」
「こ、ここまで来て。あのですね、お母様。義理の兄妹は結婚できますよ」
「私が認めません。ふたりの不健全な関係なんて認められるわけがないもの」
「法律が認めてくれてます」
「法律の前に家族が認めません。諦めなさい」
頑固な母の言葉に唖然とする。
撫子は顔を引きつらせて肩を震わせながら、
「どうやら、やはりお母様とは戦う運命にあったようですね」
先ほどまでの状況と打って変わり、再び対決姿勢を見せる。
「なんとでも。撫子の気持ちは分かるわ。好きなのでしょう」
「分かってくださるのならば」
「でも、認めません」
「……私はお母様相手でも平気で戦えますよ?」
「愛する子供のためなら、私もその覚悟はしなくてはいけないようね?」
バチバチと火花散る親子対決。
どうやら対決は避けられないようだ。
「分かり合えなくて残念です」
「私もよ。娘をまっとうな恋愛観に育ててあげられなくてごめんね?」
「いつの日か、私と兄さんの仲を認めさせますから」
「そんな日は来ないと断言しておいてあげるわ。撫子、素直に諦めなさい」
「ぐぬぬ……」
結局のところ、対決と言う意味では決着はつかずにいた。
愛の意味を知り、愛の重みを思い知る。
――世界を敵に回しても、か。お母様みたいにできるかな。
同じような状況に追い込まれたときに。
母のように、全てを賭けて愛を貫き通す事が――。
子供を守るために。
母となるにはまだまだ、覚悟が足りていないと実感する撫子であった。




