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過去の残滓を見る

魔王城に近付くにつれて、黒い炎で身体が寒く凍てついていくのが解る。


身体をさすりながら進んで行くと、黒い炎の灯る蝋燭で照らされた血のような色をした扉の前に着いた。


――障気が濃い。


それに鉄の匂いがする。


いつの間にか喋りたくっていたカケルすらも黙り込み、その禍々しい扉を見つめた。


…開かねば。


じわりと染み出る汗で湿った手をスカートで拭い、ゆっくりと開いた。


ギィィイイイ…


軋んだ音と共に、扉は呆気なく開いた。


それと同時に匂いはきつくなる。


目尻に溜まる涙を無視して、中へ入り込む。


――紅い。


真っ赤だ。


それは真っ赤な部屋だった。


愛しい世界だった。


私の愛しいせかいだった。


汚くもきれいなせかいをわたしはきにいっていた。


かれがきえるまではずっとたしかにかがやいていた。


わたしはせかいがきえるとどうじにきおくがなくなった。


そうだ。


せかいがいったからだ。


『わすれなさい』って。


黒く光の差さない紅い部屋は、私の記憶にあるものだった。


いや、正確には部屋ではない。


交差点…だ。


真っ赤な交差点だ。


彼の――死んだ場所だ。


横たわる遺体に私は泣き寄った。


彼の身体は見るも無惨で、辛うじて彼と解る程度だった。


「リンコ、大丈夫?」


ハッとした時には、其処は交差点では無くなっていた。


…いや、最初から交差点になどなかったようだ。


背後を見やれば入った扉が見えた。


目に入れた瞬間、扉は見る見るうちに青くなっていった。


「大丈夫、大丈夫だよ、リンコ。ぼくが隣にいる」


クオリに握り締められた手は暖かかった。





黙りとしていたカケルは、暫くするとしつこいくらい喋り出した。


あの壁はこういう設定でこういう絡繰りがあるだとか、あそこからはああいう構造になっているだとか。


見れば見るほどにねじ曲がっている城の構造は、確かにカケルらしさが滲み出ていた。


でも――リジェロに訊いてもラファル王子に訊いてもカケルに訊いてもクオリに訊いても、紅い扉なんか無かったと言った。


なら、私は何を見たんだろうか?


狐に化かされたようなすっきりとしない気持ちで、更に奥へ奥へと進んだ。


奥へ進む度に中は暗くなっていき、壁も黒くなっていった。


魔王の障気に当てられているのだとリジェロが言う。


魔王がどんな奴なのかはリジェロもよくは知らないらしく、ただ美しくはあると言う。


聞けば聞く程に何故か冷や汗が噴出し、歩行もままならなくなっていった。


ふらふらと情けなく歩く私に痺れを切らしたのか、左右をがっちりとクオリとリジェロで固められた。


まるで捕らわれた宇宙人のようなポーズのままで、魔王の所まで行く気のようだ。


――そうしてふと気付けば、一際目立つ扉が目の前にあった。


何時の間にだろうか?


何故か両隣に居た筈のクオリとリジェロと王子の三人は居なくなっていて、残るは妙にはしゃいでいるカケルだけだった。


不安に思う気持ちは有れど、何故かその扉を開かねばならないような気がした。


そっとドアノブを回そうとした所で、カケルに止められた。


「あけてはなりません」


ぼんやりとした顔のまま言ったカケルはいきなりキョトンとした顔になり、そして小首を傾げた。


話し掛けているのは誰だ?


もしくは――からかっているのか?


きっとカケルの事だ。からかっているんだろう。


私はそう思い、勢い良く扉を開いた。


暗い部屋には一人、少年が居る。


優しげな風貌の少年は、私の記憶の中の翔と全く一緒だった。


座り込んだ幼子にそっと手を差し伸べると、少年は音もなく呟いた。


「『おなかは、すいてない?』」


ぎょっとして声のした方を向くと、ぷかぷかと浮いたカケルが居た。


また、少年は声もなく呟く。


「『ぼくが、たすけてあげる』」


目を見開いたままぼうっとしているカケルの、その口だけが動く。


少年と一字一句間違う事なく、そのタイミングすらもぴったりに。


――急に部屋が紅くなる。


ふわりと漂う鉄の匂いにびくりとし、私は少年と幼子が居た方を見た。


幼子は――私は


少年を、翔を、殺した。


私が動けなかったから、翔は私を助ける為に私を突き飛ばした。


私は…信号無視をして歩いていってしまった柩を止める為に、道路に踏み込んでしまっていたのだ。


柩は何事もなく生きていて、明らかに悪意があったのに、明らかに敵意があったのに、その行為を許されてしまった。


私だってそうだ。


許されてしまった。


弟を助けようとした果敢な姉として、誉められもした。


翔だってそうだ。


素敵な人だったとみんなが言った。


私は許せなかった。


弟も自分も許せなかった。


でも…翔は確かに言った。


「『凛子は――ぼくが、助けてあげるから』」って。


カケルを見て、ぎょっとした。


大粒の涙が出ている。


ぽたりぽたりと。


話し掛けようとしたら、カケルが小さく小さく呟いた。


「こんなきおく…わたくしはしりません…」


こんな…記憶…か…


私は何も言えない。


だって、翔のことは知ってても、カケルのことは知らないから。


「わたくしのでは…ありません…」


そう呟いたかと思えばぐしぐしと手で顔を拭って、平然とした顔で言った。


「妙な真似をする□□様をぶん殴りましょうね、凛子様!」


私はそれに何も言えなかった。


カケルってなんだろうって考えて、愕然としてしまったから。


人間の記憶は消えてるって、言ってたじゃないか。


なら何故?何故覚えている?


でも私は何も言えなかった。


カケルと手を繋いで、気付けばクオリ達は横にいた。


白昼夢だったのだろうか。


――まあいいや。


とりあえず今は魔王の事だ。


倒して此処からおさらばするんだ、絶対に。


私の靴の形した血の痕跡が点々と付いていっている事に気付かぬまま、私は魔王を倒す事に集中していた。

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