それは優しい記憶
私には幼なじみが2人いた。
1人は田中市太郎。
聡明で人懐っこい男の子だった。
1人は柊翔。
私を一番見てくれていた、私の一番好きな人だった。
彼は料理が上手だったけど、何故か食べない事が多かった。
今思うと、野菜が嫌いだったからなんだろう。
彼から菓子作りを教えて貰った事があった。
育児放棄をされていた私が、その出来た菓子を貰う割合が多かった。
彼は優しくて大きな掌で私の頭を撫でてくれた。
翔お兄ちゃんは…よく笑う人だった。
確かに、よく見ればカケルはお兄ちゃんそのものだ。
記憶喪失で過去から来たと言われれば納得するくらいに、お兄ちゃんの特徴と一致した。
「私は確かに元人間ですので、私はその柊翔という存在が元だったので御座いましょう」
暖かい掌で頭をぽんぽんとしながら、カケルは言った。
翔お兄ちゃんと同じ声で。
「しかしながら凛子様。私は、柊翔では御座いません。柊翔が氷だったとして、溶けて水となったのが私としましょう。貴女様はそれを全く同じと言えますか?」
カケルの言葉は御尤千万だと思う。
だけど…思い出せば思い出す度に、ふとした瞬間にいたたまれない気持ちになる。
思い出すものは優しい記憶ばかりだけど、その優しさが痛かった。
「元人間って言うけど…マルちゃんもサンカクさんも元人間なの?」
「そうで御座いますよ。輪廻転生をし尽くし、消耗しきって消え掛けの魂を元に制作された…それが〇〇様や△△様のような存在で御座います」
「…カケルは?」
「…柊翔様は大罪を犯した為に、輪廻転生を強制終了させられました。私は大罪を犯す前の柊翔様を元に制作されました」
「制作されるとどうなるの?」
「大抵は善の心を搾り取られますね」
善の心と聞いて、あの皇帝っぽいティオを思い出した。
あれはどうなんだろうか。
口を噤んだカケルからはそれ以上情報を得られず、そのまま話は終わった。
因みに市太郎ならもう一時間くらい前に帰ってしまっていたりする。
紅茶が飲みたいと言って席を立つカケルを横目に、記憶の中の彼を思い出していく。
ああだったこうだったと優しい幼なじみの彼を思い出す度に、申し訳ない気持ちになる。
そんな彼を私が死なせてしまった。
カケルと翔は別人だとわかっている筈なのに、駄目だった。
思い出す度に、暖かさと激しい焦燥感が募る。
ざわざわと。
「リンコ何をしてるの!?」
クオリに手を取られ、其処で気付く。
私は何故か手から血を流していた。
「私は…」
何かを言おうとしたのに、何故だろうか。
何も浮かばない。
「もう寝よう?きっと、疲れてる」
優しく頭を撫でてくれる彼の手を取り、頷く。
戻ってきたカケルの方は見ずに、もう寝ると伝えた。
「あの、リンコ、ぼく…あう…」
わたわたするクオリをぬいぐるみにする様にぎゅーっとして、布団に引きずり込む。
すると暴れ出した。
「お願い…今日は大人しく枕になってて…」
「リンコが望むなら、良いよ。ぎゅーっと、いっぱいしてねっ」
甘いお菓子の匂いが含まれたクオリの体臭が、妙に落ち着く。
そっか……喋り方とか違う筈なのに、なんだかお兄ちゃんに似てるからだ。
妙に気安く感じるのは。
「お休みなさい」
「うん、おやすみなさい」
大丈夫。
眠ったらきっと、このもやもやした気持ちを昇華出来るから。