ハーレムはいらん
「あの…凛子様…わたくし、ずっと凛子さんのことが…」
「退け!俺の凛子が困っているだろう!?」
「貴方こそ退きなさいな!!わたくしの凛子様をあろうことか呼び捨てになさって野蛮ですこと!!」
「はっ!!いつからテメェの凛子になったんだよ!?思い込み激しい女なんざお呼びでねぇんだよ!!」
立て巻きロールのお嬢様っぽい栗色の髪の女の子と、ボーイッシュで宝塚的な匂いのする赤色っぽい髪の女の子に呼び止められた。
今日はまだバレンタインの日。
私とクオリとヴァーデの三人で買い物に行く途中だった。
見事にイケメン二人を無視して私をガン見する女の子達に、是非とも眼科を勧めたいものだ。
きっと腐ってネバネバなんだろう。
会話内容に「わたくしなんか特注の凛子様抱き枕を持っていましてよ!」とか「俺なんか凛子の使った割り箸を持ってるぜ!」とか危ないことを言っているので、周りから凝視されている女の子二人組。
そして取り合いされている私を見てから、もう一回二人組を見つめる周りの人々。
私、別に読心術とか使えないけど今のは解ったわ。
(何故イケメン二人が側に居るのに地味な女の子に目が行くんだろうこの女の子達)
といった所か。
そんなの私が知りたい。
取りあえず無視して買い物を続行しようとすると、女の子二人組が喧嘩をしつつも話しかけてきた。
「どちらが凛子様のお好みですの!?」
「勿論、俺だよな!?」
「お子様ですね皆様!リンコが好きなのは貴方方ではありませんわよ!」
ヴァーデが唸り哮り、私をスマートに背後に庇った。
元女とは思えない優雅でいて男らしい動きに、周りの女の子が恍惚の溜め息を吐いたのが解った。
私はそれを見ていつか女の子に戻してあげようと決意したのを思い悩んだ。
もう手遅れなのかもしれない。
手をひょいひょいと振って先行けというヴァーデは、物凄く良い男だった。
クオリを引き連れて、買い物を続行中。
クオリが素早くカートを用意しカゴも用意するのを見て、取ろうとした手を引っ込めようとした。
でもその前にシュバッと手を掴まれた。
クオリが鼻歌をしながらカゴに入れていく食材を見て、今日はどうやら和食にするようだと判断した。
鯖の味噌煮とけんちん汁なんて美味しそうで堪らない。
これに多分豆腐屋で買ってた卯の花を使った料理も入るのだろう。
いや、もしかしたら塩漬けしてた白菜かもしれない。
美味しそうだな…いや、クオリの料理は美味しい。
クオリが不意に嬉しそうに此方を見て「ぼくいいお婿さんになれる?」と訊いてきた。
なに言っているんだか。
「私の嫁に欲しい」に決まってんじゃん。
ほっぺをほんのり赤くして「ぼくをもらってくれるの?」と、小首を傾げて訊いてきた。
ううぬ…それは…うーんと…
「あのね、まいにちリンコのために、おいしーごはん作るの!それでね、いっしょにお菓子も作って…えへへへ」
「クオリは私の胃袋を盗んで行ったんだ…責任は取って貰うぜ」
「それ、娶ってくれるって、そういうことなの?ぼくが娶るの?どっちなの?」
「それは…「凛子!」おっと」
可愛らしい女の子が私に抱き付いてきた。
聞き覚えある声だと思っていたら、それは天使さんだった。
可愛らしく唇を尖らせてから、クオリを指差して「アタシよりやっぱりソイツが好きなんですか!?ずっとソイツなんかと居て!!でもアタシは諦めませんから!!」と叫ぶ天使さん。
好き嫌い以前に私、貴方の事良く知らないし。
クオリとヴァーデとシザリオンの三人を貶す人は好きになれない。
ましてやサンカクさんが心を操った人なんて、可哀想だなと思うことしか出来ない。
困った私の代わりに、クオリが天使さんを引っ剥がしてくれた。
憤る天使さんにクオリは首を可愛らしく傾げ、唇に人差し指をくっつけて言った。
「あのね、おっきい声だしてお店のひとに迷惑かけちゃダメなの。メってされちゃうよ?」
可愛らしく大きめの高い声でそう言った後、小さく低い声で「君とリンコ、他人に近い。ぼくとリンコ、家族に近い。…他人に指図される謂われは、無いよね?」と黒いものをちらつかせるクオリ君。
天使さんはしゅんっと落ち込んだけれど、話を聞いていた周りの人は反省してるんだな程度にしか思わなかったみたいだ。
直ぐに歩き去って行った。
落ち込む天使さんに「夕飯の準備しなくちゃだから…また明日」と声をかけると、立ち直ったのか「はい!また明日です凛子!」と言ってぶんぶん手を振りながら立ち去った。
横目でクオリを見ると、苦笑して「優しすぎる」と呟いた。
なんの事だ。
「嫌だなって思っても、見捨てる事をしない凛子の優し過ぎる所…僕は好きだよ」
「でもね…あんまり優しいと僕、その優しさにつけ込んじゃうよ」
大人な雰囲気のクオリにたじろぎ、つい周りを見てしまう。
だ、誰も居やしない。
「ふふ…きょろきょろして可笑しな凛子」
嫌ーー!
いつものわんこなクオリに戻って!!なんかむず痒い!!
「何を抜け駆けしていますのクオリ」
ぽすっと何かに当たったと思うと、意外と逞しいヴァーデの胸板だった。
わ、わあ、女の子からかけ離れていくね、貴方。
何ヶ月か前は柔らかかったのに…こんなに逞しくなっちゃって…
本当に女の子に戻らない気なんだろうか?
ちょっと優しくしてくれただけの私に、人生を投げすぎじゃないだろうか。
2人に挟まれての買い物は、相変わらず女の子の刺すような視線が痛くて拷問のようだった。
まあ…クオリが私の良い方の評判を広めたりしたからか、悪口は言われないんだけどね。
…ていうかクオリに良い評判を捏造させられたというかなんというか。それは捨て置く。
視線はあの場所に代わりたいっていうのが多分に含まれてる。
代われるなら代わって欲しい。
今ならハーレム付きだよ。
そしてそのまま私の代わりにおっかないストーカーに付け回されたり冒険させられたり人肉食わせられたりすればいいよ。
全部特性ハーレムのお陰だよ。多分。
…本当にいらんわ…ハーレムは…
私は食べ物を生み出す能力だけで良かった。味はクオリの手料理に劣るけども。