日常と非日常の間
バレンタイン。
それは異性からチョコを貰う日である。
私は――カケルとマルちゃんに容姿を元の醤油顔に戻して貰えなかったので、仕方なく眼鏡をかけてカツラを被った。
美形がいつも私の側でにゅるにゅる動いているから、人の目は其方に向く事だろう。
いきなり容姿が変わる事なんて普通はないのだし、いろんな意味で私に興味を示さない筈だ。
そう思ってはいたけれど、クオリの下駄箱に潜む甘い悪魔達がその判断を鈍らせた。
だが考えるんだ自分。
何を何時踏んだか判然らない靴を代々置かれてきた箱の中に置かれた食物だぞ。
だけど食物に罪はないわけだし、ラッピングしているのだし………って駄目だ。チョコが私を誘惑してくる。
己の手の中に収まる物を凝視する私に気付いたクオリが、可愛らしい笑みを浮かべた。
「もっと甘いの、ぼくしってる」
鼻と鼻がぶつかる所まで顔を近付けて「食べてみる?」と訊く彼は、どこか妖艶な雰囲気を醸し出していた。
まあ、無視するけど。
手の中のチョコをガン見している私に苦笑してから、優しい声で「後でチョコケーキ、作ってあげる」と言って離れた。
ちょっとキュンとした。
だけどもう一声欲しいかな。
「すっごいの作る」
私、一生君に付いていくわ。
もじもじした見知らぬ可愛い女の子が教室内の私の席の近くに立つ。
それ自体はよく見かける光景だが…。
まあ、この子は恐らく学年の違う子なんだろう。
クオリの恐怖政治…いや、軍人育成機関の及ばぬ子のようで、純粋な目をしていた。
純粋な嫉妬の目をな。
「どうしてアタシじゃ駄目なんですか…凛子さん…やっぱり男なんかが好きなんですか!?」
そう言いながらぽろぽろ泣く女の子。
百合だった。
私の人生初めての(普通の人間からの)告白は女の子だったのだ。
知らない人からの手作りチョコレートケーキは重い気がするのだが……食べ物に罪はない。罪はないんだ。
「その…どうして私なんかが好きなのか判然らないんだけど」
そう言うと、女の子はカッと目を見開いた。
「凛子さんはなんかじゃありません!!優しさ溢れた凛子さんの微笑もちょっと悪そうな顔とかも食べ物に釣られがちな可愛い所もアタシのツボなんです!!ずっと、ずっと見てきました…なのに…」
ぽろぽろ涙を流しながら「取りあえずアタシの気持ちを受け取って下さい絶対諦めませんけど」と走り去ってしまった。
妙にデカい(8号くらいある)チョコレートケーキの箱を開けると、でかでかと名前が書いてあった。
「姫野天使さん…か」
すげー名前だ。
ケーキをどうするか悩んでいると、クオリが渋い顔をした。
ヴァーデはケーキを親の敵かのように睨んでいるし、シザリオンはゴミ袋をスタンバイしている。
す、捨てられる。
「リンコ…私には解るわ。あの子からクオリと同じ臭いがするのよ。そう、同じ臭いが…」
(クオリとヴァーデの顔が)怖くなってきたので、後で捨てる事にした。
でも勿体無い…すごく勿体無い…
「おや?百合ルートに入りかけておりますね」
家主よりも寛ぐカケルが、私が家に帰るなりそう言った。
もしかしなくとも天使さんの事だろう。
「カケルの仕業なんだ」
「いいえ、今回は△△様の仕業で御座いますね」
神ってロクなのいねぇな!
「百合ルートのヒロインは皆ヤンデレで御座いますのでお気を付け下さいませ」
皆ってなに?
もしや天使さんだけじゃないの?
カケル君はそれきり黙り、美味しそうにみかんを食べていた。
ぶっ殺すぞ。