蒼空を翔る黒い影
「おや?のびた彼は…凛子様の御父様では御座いませんか」
犯罪者の魂で御座いますねと、カケル君が言った。
やはりティオは私の父親らしい。
どう見ても血が繋がっていない気がするのだけど。
だって母は超美人で父も超美形で…そうだ、更には父と母の親戚も何代上っても美形だった気がする。
私はそんな中、突然変異をしてしまったのだ。
「ねぇカケル君」
「御言葉ですが凛子様、私の名を違えないで下さいまし」
だって発音不可能な名前なんだもの。
ノ※オゥリド♭ールトゥヴァ#%ン?
発音出来たらこんな感じかな。文字化けみたい。
口に出来る名前にするとノレイオ・リドヴィールト・ヴァルシュタインって感じかな。
「じゃあノリオって呼ぶわ」
「嫌で御座います!それならカケルの方がマシです!」
凄まじく嫌がられた。
なんだよノリオの癖に。
「ノリオだけは嫌で御座います!」
「解ったよカケル君。止めてやるよ」
「凄く上から目線で御座いますね!?」
涙目になってる奴が何を言うか。
「所でカケル君。うちの父?はどうして犯罪者扱いなんだい」
「話をまるっと変えましたね」
渋い顔をしている気がするけれど、やっぱり表情は変わらなかった。
いつかこのすかした表情を変えてみたいものだ。
頬をぴくりとさせてから(これは珍しい)、彼は小さく囁いた。
「貴方様の御母様に殺された恋人を蘇らせると称して人殺しを数え切れぬ程にし、更にはまだ幼い貴方様を強姦しようとなさったからで御座いますね」
…身内に殺人者と性犯罪者(未遂)が居たとは流石にショックだ。
記憶がちょいちょい無いのは母だけではない上に彼が大きい原因か。
嫌な気持ちになりつつ、イルカさんを鳴らしてるクオリを見て癒される事にした。
りょ、両手で持って鳴らしてる…
弟が居たらこんな感じだろうか。
柩?
彼の様ないつの間にか家に帰ってて爆睡してるような役立たずは知らんなぁ。
暫く呆然と突っ立っていると、とんでもない振動が起きた。
「何事よ!?」
ヴァーデがそう叫び、怯えつつも私の横に跳んでくる。
シザリオンは私の背後に立ち、辺りを警戒した。
クオリはいつの間にか横に密着していて、私を片手で持ち上げている。
本当にいつの間にやらクオリの禍々しい武器が眼前にあるので、少々肝が冷えたのは内緒さ。
そして……大きな影が地に落ちた。
蒼空を白眼み付ける三人に倣い、私も蒼空を見た。
無音で其処に在るのが不思議な位の巨体が、大きな蝙蝠の様な翼をはためかせていた。
赤銅色の鱗は日に辺りキラキラ輝いている。
それは…RPGに高確率で出て来る人気モンスター、ドラゴンだった。
「ちょっと待ちなさいよ…あれ、どこから発生したのよ!?黒いエクトプラズム的なアレは消した筈よ!!」
苛立ちに満ちたヴァーデの言う通り、先程の魔法陣で瓶の中に封印した筈だ。
説明を求めてカケル君を見ると、仏頂面――いやいつも仏頂面だが心なしかいつもより仏頂面だ――で溜め息を吐いた。
「あれは…明らかに〇〇様の失態で御座いますね。柩様を面白がって記憶付き転生トリップさせたのは〇〇様で御座いますから」
なんの事だろうか。
疲れた様子で「貴方様は平行世界は御存知でしょうか?」と訊いてきた。
先程の内容に関わる事柄だと思うので、大人しく「知ってる」と返した。
他の奴も知ってるようで頷いているので、そのまま――
「へいこうせかいとは何であるか?」
――話は進む。
「無視はいけないのである!虐め、ヨクナイ!」
「平行世界…パラレルワールド…IF…もしもの世界。世界は迚も繊細に出来ており、選択肢一つで何十何百という平行世界が生まれます。人はその幾つもの平行世界を行き来し、生まれ変わるので御座います」
カケル君はそう言うと、ドラゴンを指差した。
「凛子様。あれは貴方様の幼なじみ…田中市太郎様の成れの果てで御座います」
驚きすぎて「は」とだけ悲鳴が上がった。
田中市太郎はあの様に美味しそうなドラゴンだった時はなかったと思うんだけど。
全員の視線に気付いたカケル君が、凄く面倒くさそうにぼやいた。
「田中市太郎様は…IFではそのまま優秀に育ったドラゴンで御座います。恐らくは柩様にくっ付いていた魂による仕業で御座いましょう」
あれがIFの田中市太郎なのか…
「リンコ、だえきでてる。食べたいの?」
クオリ君…その異常にデカい鋏は何ですか?
ヴァーデさんも何気なく火を用意してるけど焼き殺す気なの?
どうしてシザリオンは皿を用意して……ていうか何で皿とコップを持ってんの!?
涎を拭ってからキリッと表情を引き締めて、捕縛の魔術を用意する。
「ミディアムが好き!…と間違えた。捕まえて何とか助けなくちゃ」
田中市太郎に罪は無いのだし!多分…