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少年の独白と堕落

市太郎は嫌な汗をかいていた。


夢見が悪かったなと思いつつ、手洗いに行く為に部屋から出た。


リビングに繋がる戸から漏れる明かりが点いていたので、誰かが起きているのだろう。


心なしか普段よりも苛々としない気分であった為に、音を立てないようにして通り過ぎようとした。


しかし、それは聞こえてきた言葉で出来なかった。


「市太郎は…もう施設に入れた方が良いんじゃないかしら?」


「施設に入れた程度では駄目だろう。自衛隊に入れれるのなら、そっちの方が良い」


「それもそうね」


そんなの冗談じゃない。


きつくて脱走者が後を絶たないというそんな職業に、自分が為れる筈もない。


市太郎は感情的になり家を飛び出した。


辺りはまだ暗く、市太郎はそれを恐ろしく感じた。


また何か出るのではないか?


そう思った辺りで、はたと思考を止める。


またとは何だろうか?


怖気が走り、市太郎は座り込む。


何かを忘れているような、気持ち悪さを感じたのだ。


ふと視線を感じた気がして、市太郎は辺りを見回した。


黒くもやもやとした何かは此方を見ていて、ニヤニヤと笑っていた。


それは知っている人物だった。


居るはずのない人物だった。


「…翔…お兄さん…」


かたかたと震える市太郎に翔と呼ばれた男は手を伸ばし、優しい声色で問う。


「いち君は強くなりたいと思いますか?」


「なりたい」


唯一の助けとばかりに彼の伸ばした手に縋る市太郎の姿はとても情けなかった。


だが翔は尚も優しく問い掛ける。


自分は唯一無二の救世主かのように。


「では差し上げましょう。貴方だけに贈る、素晴らしい能力を!」


黒く禍々しい煙状のものが纏わり付いたと思えば、市太郎は変わっていた。


視力の下がりまくった眼はくっきりと周囲の風景を映しているし、何よりも体が軽くなった。

軽く手を振り翳せば黒い球体が現れて、思った場所を抉り取った。


それにより万能感が湧き出てくる。


今なら何でも出来そうだと。


「また宜しくお願い致しますね、いち君」





テレビのチャンネルを回し、確認する。

放送を全て止める訳にもいかないので、これも必要な作業だって奮い立たせる。


め、面倒…


「あっ!リンコ!もういっそのこと、ひとぜんぶナイナイしちゃえば、それで解決だよ!?」



…いや、すっごくいい事を思い付いたって感じに言われても困るって。


一騒動を解決する事に神様が元通りにしてくれているので、その騒動に関わり起こった事件もなかった事になっている。


まあつまり、田中市太郎は元の生活に戻れたのだ。


「セリムって人はぁ、何にも知らないみたいだよねぇ」


詰まらなそうに私達の作業を見ていた柩が、鋸片手にそう言った。


ちょっとビクッとしたけれど、良く見たら切っているのはただの木だった。


「そうねぇ…しかも全部忘れちゃってるみたいだし」


なかった事にしてくれるのは良いけど、あのラスボスと関わった記憶までなかった事になるのが面倒でならない。


「…私…この騒動が終わったら、美味しい高級レストランに行く…ふぐ!?」


「リンコそれ死亡ふらぐ!言っちゃだめっ!」


いやいや、最近は最後まで死ぬ予定のないキャラに死亡フラグをあえて言わせたりしてるのもあると思うよ。うん。


だめー!!と言いながらも抱き付いてにゅもにゅと頬を擦るのは止めて頂きたい。


しかも便乗してシザリオンが尻を鷲掴みにしてくる。


おい!


何時もの馬鹿騒ぎの中、真面目にテレビやら新聞をチェックしているヴァーデ。


そのヴァーデがテレビのチャンネルを変えた事で、ある事が流れている番組に変わった。


《――では、次のニュースです。××県××市にて、ある奇妙な事件が起こりました。…なんと500件にも及ぶ行方不明者が、同じ日に多発しました。それは何れも若い中高生くらいの子供に限定されていて、警視庁では誘拐事件ではないかと――》


いきなりぷつんとテレビが消えた。


それだけではなく、点いていた灯りも消えている。


ブレーカーが落ちた?


ブレーカーを上げても点かず、諦めてカーテンを開ける。


そして閉める。


私の目は疲れているみたいだ。


「リンコ…先程なにか立っていたような気がしたのであるが」


「シザリオン、気の所為よ」


「なんと木の精であるか!なら我が輩、ご挨拶せねば」


は、話が通じている気がしない!!


止める暇もなくシザリオンがカーテンを開けてしまった。


そこに立っていたのは、血濡れの市太郎だった。


「おはよう市太郎!…えと…突発的に生理でも来たの?」


「…………」


にこにこと笑うだけで何も言わない市太郎。


ぞわりと鳥肌が立ち、何も言わずカーテンを閉める。


べちゃ…べちゃ…べちゃ…


何かを引きずって置くような音がした後、静かになった。


よく考えたら市太郎…気配がなかった。


「…確認するよ、いい?リンコはみる?」


「……見る」


クオリが良い子と私の頭を撫でた後、カーテンを開けた。


「ひっ!?」


市太郎の家族が一塊となったものが、置かれていた。


悪趣味に過ぎる程のものだ。


まるで玩具の部分部分を切り取り貼り付けたような、そんな姿だった。


「また取り憑かれたってことかな」


クオリのそんな言葉が遠く聞こえた気がした。

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