殊の外複雑なこと
「もう大丈夫よ」
そうヴァーデの声が聞こえたと思えば、視界が広がった。
私の目隠しと耳栓を持ったシザリオンが前方を指差す。
黒いもやもやの染み出る透明な鉱石があった。
透き通った虹色に輝くクリスタルに入った、黒色の球体…とても不気味だった。
そのクリスタルは深く清い水に浸されていて、水の底にある訳でも水面に出てる訳でもない、水中に浮いていた。
それに触れている水は黒く染まっていき、何処へ消えて行くのか。
「先ずは地上へと流し、川へと混ぜ、長き道程を経て海を浸蝕させているのである。…既に真っ黒に染まってしまった海岸もあるのだが…こいつを壊せばどうにでもなるのであろう」
シザリオンは、その怪しい物質をひょいと掴んだ。
途端に黒いもやもやは増していき、シザリオンを浸蝕していく。
拙い。
そう思うも動けずにいたら、クオリがシザリオンからクリスタルを取った。
クオリも浸蝕しようとするものの、スパンという音がしたと思えばクリスタルは浮いて逃げ出した。
どうやら失敗したようだ。
クオリ…お前って…
クリスタルは怖がっているヴァーデの存在に気付いたのか、ヴァーデの方へ飛んでいった。
それを「きゃー!!いやよ黒いの!!近寄らないで!!」と叫んで叩き割ったヴァーデ。
終わった……の?
え?
これで終わったの?
いや、確かにもう嫌だなって思ってたけど…これで終わりって…
「いいえ、まだ終わりでは御座いませんよ、皆様方!」
ビシッとスーツを着たカケル君が、瓶を片手に(顔は変わらなかったが雰囲気的に)ニヤリと笑った。
ていうか、
「終わりじゃないってどういう事よ!?」
そう叫んだら、カケルは私に瓶を渡してきた。
え…瓶で何しろと。
「黒いもやもや…では格好付きませんので、エクトプラズムとお呼び致しましょうか。あのエクトプラズムは特別製の敵…私が手掛けた魔物生成用の石に取り付きました。あの石はやがては無垢に邪悪な魔王となる存在を生み出してから壊れます。壊れて終わりだった筈なので御座います」
「ちょっとまて聞き捨てならない単語が」
「そ・れ・が!!女神〇〇様のミスにより、人間の感情を持ったものとなってしまいました!!ですので、下手したら自らの肉体を生成したら壊れるというシステムを書き換え、更に違う場所に隠しているかもしれないので御座います」
「つ、つまり…?」
ゴクリと誰かの喉が鳴った。
解るけど解らない。
…理解したくない。
だからこそ聞くという愚考に走った訳ですが、彼は答える気満々。
泣きたくなってきた。
「皆様の壊したこれはただの生成機の破片で御座います。敵は既に肉体を持っている可能性が御座います。隠した敵のコアとなる生成機を壊さねば、魔力を吸い取り作り直す可能性が御座います。まあつまりは……」
「敵を無視して欠片を瓶に封印していくしか御座いませんね」
なんという無茶振り!!
神様っていったい…
「私共はカミサマでは御座いませんが…まあ、基本的に生き物が大量に死なねば暇で御座いますからね」
「ならカケル君があれを対処してよ。私達学生は暇じゃないのよ」
懇願すると、カケルは私の方から目を勢い良く逸らして在らぬ方向にて頭を下げて「頑張って下さいませ!ファイト!」と激昂をくれた。
だから私達学生は「褒美は物質を思ったような食料に、水を思ったようなジュースになる能力を差し上げたかったので御座いますが残念で「ワタシ頑張ルヨ!」ありがとう御座います凛子様!!」
私は魔王を倒してウハウハ食生か……英雄になる事になった。
まあ、どうせ私達以外の人の記憶は消すだろうけど。
貰った瓶で欠片を吸い取ると、辺りの水が綺麗になった。
そういえば手伝ってくれるのかなとカケル君の方を見れば、居たはずの彼は姿を消していた。
「逃げたわね」
「逃げたのである」
「リンコこの石、中でとてもきらきらしてて綺麗!」
まあ…うん。
ヒントくれたからまだ良しとし…ないわ!!
よく考えたらあいつ“私の作った魔物生成機”って言ってたじゃない!!
どの道私のお腹いっぱいで平凡な生活を壊す気満々じゃない!!
しかも衝撃的過ぎてぶん殴るの忘れてたわ!
「あのね、ラットランド行こ?ぼく、ラットランドにお友達作って、パスもらったの。だから、行こーよ!」
「嫌よ!ラットランドなんてお子様と恋人だけが喜ぶ所じゃない!」
「らっとらんど?温泉らんどと似たようなものか?」
「ぼくとリンコで行くの!ふたりは……うんとね、そこのおすいでもすすってて!」
「ひらがな喋りで可愛いこぶってんじゃないわよ!!この確信犯!!」
「おすいってなんであるか?我が輩話についていけないのであるが」
「もー!とにかく、ぼくとリンコはラットランドでイルカさん見てくるから、ふたりは仲良くどろあそびでもしててったら!」
「嫌よ!」「嫌なのである!」
私はいろんな意味で項垂れた。