これが現実なんて
『いってきます、クオリ』
色々とあった次の日。
そう言って私は学校に出掛けた筈だ。得体のしれないものが吹き出ているのは、今この場の空気が悪いからだ。
「学校って、ちゃんと通ったのはじめて!宜しく、ね?」
こてんと可愛らしく首を傾げる見覚えありまくるその子は今、黒い服に包まれていた。他人の空似と思いたい。
「クオリ・ヴォルトス君はずっと研究員として働いていた、特殊な成り立ちなんだ。是非とも仲良くしてあげてくれよ」
結構ちょい悪な感じの美形先生がそう言った。私はこの教師を知らないが、みんな担任教師と認めていた。
禿げていた禿げ山こと春山樹先生と全く同じ名前であるからして、きっと神様の仕業である。
まあ、クオリより美形ではないけど。禿げでふくよかだった小太りのおじさんから一気にちょい悪の美青年になっていたら、遠い目をしたくなるというもんだ。
私以外の空気はとても良い空気である。
私は空気になりきる事にした。
気になるけど入っていけない女子達に混じる事にした。
要するにあれだ。ちらちらと見るが近くに行かないという不審な動きをしている。首が痛い。
ちらちらとクオリが此方を見ている気がするが、きっと気の所為だ。心なしか視線と人の感情の波が綺麗に読み取れている気がするが、気の所為に決まっている。
「あのね、ハルヤマ先生!ぼく、あの席がいい。だめ?」
可愛らしくおねだりをしているクオリのそっくりさんは、よりによって私の席を指差した。
どういういみだおまえ!退けと申すか!
先生が困りつつも良いと言ってしまうと、クオリは一目散に此方に来た。
マッハである。猫まっしぐらな感じである。
そのまま何をするかと思えば、私の膝に座った。
おい。乗り心地はどうだ坊主。良い乗り心地だろう?何しろ太股に贅肉が付いてるからな。
だけどな、それで授業受けてみろ。私はお前の大切な分身を蹴り飛ばす事も厭わないぞ。
恨めしげに私を見る女子達に、軽く殺気を飛ばしておいた。
女子所かクオリ以外が真っ青になっているけれど、そんなに危ないくらいご立腹だと解るならコレを退かして欲しい。
クオリがぽつりと言った。
「リンコのふともも…あったかい…」
その場の空気が止まる。
女子が再び白眼みつけてきたが、私はそれに純粋な笑みを浮かべて返してやった。
何故高速で目を反らすんだ。こんなに優しい笑みなのに。
私はクオリに言った。
「変な事言ったりしたりしたら私、貴方の大切な相棒を貰うから」
何故か周囲が真っ青になった。
「鋏持って言われると、本当にやりそう。いや、リンコならやる。だって、リンコだもん」
「おい待て。それだと私は危ない奴じゃないか」
「だって、カケルと殴り合った時、リンコ笑ってた!」
折角ひそひそと喋っていたというのに、クオリはでかい声でそう言った。
知り合いの美青年が転入してきた事でソレと仲が良いからと虐める女子と言うのは、漫画ではよく見られるものだ。
いや、小説でもあるのかも知れない。私が知らんだけで。
私の場合は違った。
女子はよくおにぎりやらを献上してきていた。
男子はまるで英雄を見るような目で私を見ていた。
理由は簡単。
クオリを止めれるのが私だけだからだ。
あのわんこはわんこでも狂が付くわんこは、相手の弱点を握るのが得意みたいだった。今になってだから宰相なんだと納得したくらいに手際が良かった。
最初に虐めが勃発しそうになったのは初日だった。クオリ美形だものね。
けど呼びつけさあ虐めようとした時にクオリが乱入した。
…ちなみに女子が憤ったのはクオリが私の隣の席になったからだ。きっとクオリにベタベタされていたのが気にくわないのだろう。
とと…話を戻さねば。
乱入したクオリはいきなりポエムを読み出した。全員がぽかんとするが、その内準々に赤くなっていった。
「いい趣味だね!ぼくげろはきそう!」
笑顔でそう言い切ったクオリ鬼畜過ぎる。
女子達がマジ泣きをする中、私はクオリに言う。
「流石に止めてやってくれ」
「えー?でも、ぼく、もっといっぱい、知ってる!」
「…ハグしてやるから」
「え?本当?わーい!」
そんな感じの事を繰り返せば、いくら馬鹿でも解るだろう。こいつ怖いって。
ちなみにクオリは不法侵入したわけじゃなく、その親や兄弟や従兄弟等と仲良くなったから話をしてもらえただけとか。
昨日来たばかりなのにいつにだよ!?
良い笑みで秘密と言いはったので、気にしない事にした。
それにしてもこのクオリ。
「異様にはしゃいでるなー…」
私、授業用じゃなさそうなその(色んな意味で)黒いノートの事は突っ込まないでおくわ。そのノートに名前を書き込まれたくないし。
こら!また!ノートの中身を見せてくるな!お願いだから!
自衛?もう良いから自衛は!これ以上やったらオーバーキルってやつだよ!