仔猫の謎が深まる
「にゃん」
嬉しそうに鳴いた猫を、うさぎクオリがわしっと掴んだ。
高速で可愛がるの止めてあげて!潰れてるから!
やや不細工な顔になりながらも私に粘着質な視線を送る猫には、感服せざるを得ない。
クオリの手が離れた事で、まるでゴキブリのように素早く私の顔にへばり付いた猫。
移り香なのか、やけに美味しそうな甘い匂いがほんのりとした。
丁度口元にある猫の腹に軽く噛み付くと、猫はにゃーにゃー騒ぎながらもされるがままにしていた。
つまり喰っても良いと言うわけか。
生肉を食す趣味はないのだけど、迷わせるくらいに良い匂いだ。
まあつまりはクオリの匂いだけど…人と食物(獣)じゃ全然違うよね。
「リンコ!そんなの食べたら、お腹こわす!ぼくを食べて!」
バリッと猫を引き剥がされて、私は正気に戻った。
そんな…美味しくなさそうなお肉の少ない猫を食物扱いするだなんて、私らしくないわ。
残念な事に、思考回路が変人達に毒され切ってしまっているようだ。
「凛子様…もしかしてお腹がすいていらっしゃるのですか?」
怖ず怖ずと訊いてきたカケルは、言っては何だが不気味であった。
いや、この態度が普通なんだ。
あの頭がイかれ…いや、ちょっと変わっている発言に慣れてしまった所為で、今更な態度に気持ち悪くなってしまっているだけだ。
分かってはいるけれど、やっぱり変なネタ連発する奴がいきなり純情で上品になってしまったら違和感が凄まじいな。
雰囲気なんか華族の息子にジョブチェンジした感じになってる。
元々雰囲気だけは厳かな感じだったけれど、中身も整うと威圧感が半端ない。
ジッと私に見られているのが恥ずかしいのか、カケルがもじもじしだした。
止めて!私より女の子らしい動きしないで!私のHPはマイナスをぶっちぎっているのよ!
クオリとカケルに料理と掃除等の家事の腕で負け、更にはクオリは可愛いもの好きでカケルは恥ずかしがり屋でと中身でも乙女として敗北している。
悪かったな!何よりも食い気を優先な上にエロ話も平然と出来てしまってて!でも改めた所で腹は膨らまないので止めない!
頭の中で大騒ぎをしていると、思考を読み取れるクオリは「リンコはそのままが一番!かわいいの!」と誉めてくれた。
いやばかん尤褒め讃えるが良い。
「と、所で…その猫はどうなされますか?人懐っこいので飼い主が居ると思うのでございますが…」
優しく仔猫の頭を撫でて、そう問うてくるカケル。
もうカケル戻らなくていいかていうか戻ったら泣く!と思ったのは内緒だよクオリ君!
クオリ君は気持ちいいくらいの笑みで親指を立ててくれた。
無視をしたらこのカケル君は泣いてしまいそうなので、とりあえず直ぐ様に答える。
「ああ、その飼い主を締めころ…上げなきゃだもんね」
「締めころって何でございますか!?と、それよりも…締め上げるのはいけませんよ!!」
猫を背後に庇って嫌々と首を振るカケル。
だって私の家に侵入して来たんだよその獣は。
飽きずに視姦してくるし。
ぷっくりと美味しそうだし。
美味しそうだし。
迚も迚も大事なので二回言いました。
とりあえず飼い主の顔が見たいので、全力で草の根を掻き分け木を薙ぎ倒し山すら平らにする勢いで探す所存でありますともさ。
「その獣を渡して頂戴」
「その様な恐ろしい目をした方にか弱き小動物は渡せませんよ!?嗚呼っ!?虐待はお止め下さいまし!!」
チッ!!やっぱり早く元の糞神に戻りやがれこのマシマシ野郎!!
くせぇ!!偽善者くせぇんだよ!!
という本心をまるで女神像のように優しい笑みで包み隠し、諭すように「ただ元の場所に捨ててくるだけですよ」と言ってやった。
「リンコ!その言い方は、優しさのベールに包まれてない!それじゃカケル納得しない!」
クオリがわあわあと言いながら猫を掴み上げて、呆然とするカケルの前で言った。
「野良の動物は、ほけんじょに連れてくの!テレビで言ってた!」
「死の道一直線!?それなら捨ててくる方がマシでございます!!」
流石クオリ君。まさか可愛い動物さんに対しても鬼畜だったとは恐れ入ったよ。
満場一致で捨ててくる事に決定したので、仔猫をむんずと掴む。
「お待ち下さいませ!このような幼気な猫を寒空の下に放置するなど、非道でございます!」
「勝手に家に入ってきた仔猫は?幼気な仔猫なの?これは仔猫の姿をした邪悪な変態に違いないのよ?しかもさっき捨てる事に賛成したじゃない」
「マシと言うだけで賛成はしておりません!!ど、どうか捨てる事はお止め下さいましっ…!」
半泣きのカケルに仔猫を分捕られた。
仔猫を渡すまいと抱き締めるその姿は、その、言っては何だが滑稽だった。
ただしとても美形なのでその滑稽な姿さえも絵になるのがむかつく。
タイトルを付けるなら慈愛の心とかそんなんかな。
なにそれむかつく。
でも流石にその状態で仔猫を取り上げるのは躊躇われるので、行き場のない手でクオリのうさぎ耳を掴んでおいた。
なにこれお餅みたいな感触で可愛い。
「と、言うわけで、ブラックハヤ「リンコだめ!それ版権に引っかかる!」…改めポチマロを愛玩動物兼非常食として置く事になりましたー。わーい」
みんなの前でデンっと仔猫を突き出すと、私はそう言った。
ヴァーデが「ポチマロ…」とぼやいているけれど、何か問題でもあるのだろうか?
ちなみに三人でいろいろと候補を出していたが、私のポチマロで決まったのだ。
カケルはハンバーグと名付けようとしてたし…(そういう些細な感性は可笑しいままだねカケル君!)
クオリに至ってはメカゴジラと付けようとしていた。どこもメカメカしくないのに。
仔猫は黒と白の毛の色合いをしていて、丁度白毛が丸く短い眉毛のようになっていたりする。それがどことなくマロっぽい。
だからポチマロなのだ。
「ポチって犬の名前じゃないかしら…」
ヴァーデがそうぽつりと呟くと、ポチマロがにゃーと返事をした。
「ポチマロなんて変な名であるが…まさかもう自分の名だと理解してしまっているのであるか!?」
シザリオンが仔猫を不憫そうなものを見る目で見ていたのが腹立つので、目に向けて塩胡椒を振ってやった。
「目が…!目がぁぁぁ…!」
おお。ム〇カネタやるなんてシザリオン分かってるね。
私はシザリオンにそっと仔猫を差し出した。
そしてその場を後にし、ちょっと遠くで寛ぐ三人の元へ駆け寄った。
「おお…拭くものをありがとうなのである。…ぬ?何やら柔く毛むくじゃらな……これは…ポチマロ…!」
「俺で拭かないで下さい」
「すまんなポチマ…………シャベッタァァァアアアァァァァ!!!!」
カケルとクオリとヴァーデと私の四人で楽しく話している時に、シザリオンの声が大きく響いてきたので、私はとても驚愕した。
1人で勝手にはしゃいでいるようだが…なんだかとても煩いし可哀想で仕方ない。
白けた目をしながらシザリオンの元へ近寄ると、シザリオンはポチマロを木の棒でつついていた。止めてやれ。
「何故そのような物で俺がつつかれなくてはいけないのですか!」
つつかれたポチマロがそう呟いた。
…え?
「シャベッタァァァアアアァァァァ!?!?」