なんだか様子が変
「………」
大好物のハンバーグの前なのに、カケルは険しい顔をしていた。
どうしたのだろうか。
クオリはそんなカケルをガン無視でパクパク美味しそうに食べてるし、シザリオンなんかもうお代わりしてやがる。
ヴァーデだけが心配そうにカケルを見て…いるかと思ったが、わんこ蕎麦のようなペースで平らげていた。
つまり誰も心配してねぇ。
「凛子様…私のを食べますか…?」
ぼそぼそと喋るので聞き逃がしそうな所だったけれど、注視していたのでなんとか聞き取れた。
食べますか、だと?
ハンバーグ大好きな奴の科白じゃない…!
もしや風邪を引いたのではと手を額にやると、カケルが「ひゃんっ」と鳴いた。
驚いて手を引っ込めると、顔を真っ赤にして瞳をうるうるさせたカケルがいた。
「さ、触らないで下さいませ…」
だ、誰だお前ーー!!!!
カケルは手が触れた程度じゃそんなんにならないし、異性に平気で猥談をしてくる奴だぞ!?
それが手が触れただけで『きゃっ恥ずかしいでございますっもうお嫁に行けませんっ』なんて言わんばかりの反応返すとかないから!!!!
おののく私と、それを見ていたらしいクオリ。
その場にはシザリオンの高速お代わりと、ヴァーデのお吸い物を嚥下している音だけが響いていた。
「なんでそんな…股間握り締めた訳でもなく額に手を置いただけだろ…」
「そっ…こかっ…破廉恥でございますぅっ!!」
そう言いながら去っていくカケルを、私は呆然と見送るしか出来なかった。
「思春期の男子みたい」
クオリの言葉に私は激しく同意した。
同居人の様子が可笑しかろうと学校は行かねばならない。
という訳で学校に来たのだが――
「心配だ」
つい漏らした言葉にすかさず「カケルのこと?」と訊くクオリ。
彼は貢ぎ物(お菓子)を幸せそうに頬張りながら、にこにこしたまま「変なことしたら、剥ぐから大丈夫!リンコ安心して!」と仰った。
なんだろう。その、なんか変な単語混じってなかった?そこはかとなく安心出来ない感じがした。
クオリのお菓子をひょいと摘んだヴァーデが「子供じゃあるまいし大丈夫よ…多分」と言う。
話せば話す程に不安が増していくんだが態となのか?
「あっ!ぼくのお菓子!」
「良いじゃないこれくらい」
「でもそれ、魔族用のお菓子。人間が食べるのおすすめしない」
「嘘っ!?」
「うん、嘘」
「クオリぃ…」
睨み合いを始めた男2人は置いといて、シザリオンを見る。
…涎垂らして寝てたので、ハンカチで拭っておいた。
よく寝る子は育つというけれど、もうそれ以上育たなくていいだろお前は。
「ん…リンコ…それ大納言…」
お前何の夢を見ていやがるんだ。
クオリもヴァーデも仲良く殴り合いをし出して詰まらないので、シザリオンの頬をむにむに摘む。
意外にもモッチリとしたもち肌なので、触ってて気持ち良い。
「…ん…?」
あ、起きた。
「そろそろ休み時間終わるよ」
「それは解ったが…そのわきわきとした手は一体何なのであるか俺は解りかねるのだが」
「解らなくて良いのよ。その身を余に委ねよ」
「それは一体何キャラ!?ちょ、止めるのである!!」
頬を遠慮なくむにむにとする。
すっごくもち肌。羨まし…くない!きっと私も負けてない!
「くそ…肌の質が良いな貴様…」
「う…さわ…触られまく…そんな事をしては駄目なのであるっ」
両手でぷにょぷにょしたら怒られた。
流石にやり過ぎたか。
気付けば先生が来ていて、授業を始めて良いか訊かれたので「やりたまえ」と言ったら「妙に偉そうだな」と褒められた。
む…もっとちゃんと突っ込んで欲しかった。
そこで一旦クオリの方を見て、直ぐ様先生の方に視線を固定した。
瞳がかっぴらいてて怖かった。
誰とは言わないけど。
誰かをガン見してる人が居たのよ。
きっと今突き刺さっている気がする視線は結局私の気の所為だったりすると思うの。
ちょっと痒かったので頬を掻いたら、ふわふわしたものに当たった。
それはクオリの頭部だった。
ちょっとずつ机に乗っかっていくクオリを、その暴挙を止めるべき人物は見てみぬフリをしやがった。
さっき私とおもっくそ視線かち合っただろ駄教師が!
「リンコー…えへへへ…」
終いには両手で抱きついてスリスリしてくる。
怖いのはそれをガン無視する生徒達だろうか。
教師の方は明らかにクオリに対してびくびくしている。へたれめ。だから浮気もバレるんだよ奥さんに。
「ついでにカツラ」
クオリの一言にびっくぅとする教師に、やっぱり無言で無表情な生徒達。
なにこの生徒怖い。
前までもうちょっとこう悪ガキって感じの男子とかイケメン好きの女子とかがワーッと騒いでいた筈なのに…今じゃ雰囲気が超軍人。
びしびしと教師に重いプレッシャーを与えていやがる。
「じゃあ、ここら辺はすごい大事な所だから覚えといてね」
「「了解致しました!教官殿!」」
「じゃ、じゃあ、今日の授業はここまで…」
「「お疲れ様でした!教官殿!」」
いちいち生徒の声にびっくぅとしながら去っていく教師の後ろ姿を、ジッと静かに見送った。
…前より更に呼吸が合ってて怖い。
しかも出掛けた先にこのクラスメート達が居ると、直ぐに解る。
ただの平和な日本の平和な高校生なのに、なんとも言えない緊張感と足並み揃った綺麗な歩き方をしているからだ。
もうマジで軍の行進みたいだった。
クオリはクラスメートに何を求めているのだろうか。
怖くて未だに何も訊けていない。
家に帰ると、カケルが三つ指ついて「お帰りなさいまし」と言った。
私はどう反応していいのか解らなくて「おう」と返すと、立ち上がって「お荷物お持ち致しますね」と持っていってしまった。
「誰よあれ」
ヴァーデの呆然とした声に、クオリは何故か誇らしげに言う。
「多分カケル!」
あ、確定ではないんだ。
シザリオンは真っ青になってキョロキョロとしているので、もしかしたら幽霊だと思っているのかもしれんけど放置しておいた。
死ぬわけじゃないしな!
ダイニングテーブルを見ると並ぶお菓子。
どうやら手作りっぽい。
「お八つを作っておきました」
にこにことしながら言うカケル君。
…えっと…なんか人体に入って1日で精神が人間に近付いてない?
クオリがうんうんと頷いた。
「2人だけで完結しないで頂戴!ねぇリンコ…カケルが人体に入ったからマトモになっ…こほんこほん…可笑しくなったのよね?直した方が良いと思う?」
「そのままでおk…じゃないじゃない直ッタ方ガイイヨ」
「リンコったらなんて素直なのかしら。まあ気持ち悪いから直った方が良いわよねぇ」
「確かにちょっと不気味なのである。我が輩、あの笑ってない目が凄く怖いのである…」
「ぼく、あのカケル苦手。ずっと、口はにこーってしてて、怖い」
あんまりにも程のある意見の数々で、全員のカケルに対する気持ちがようく解った。
後クオリは人の事は言えない気が…しなくもないからガン見しないで照れないで抱き付かないで!
とりあえず満場一致で原因を探す事に決定した。
後は――なんとかしてマルちゃんに協力してもらえなきゃ話にならない。