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Engagement Ring  作者: 風花
8/9


「さっき誰かに呼びかけられる夢を見た。

 あれは多分夢じゃないと俺は思ってる……声は俺を呼んでた」


三人が揃ったころに朝の出来事をイリスは話した。

朦朧としていた意識の中で、声の主から正の気の魔力を多く感じた。

呼び声は名指して俺の力を頼ってきたとすると、龍脈に関することかもしれない。


「もしかしたら龍脈の穢れを取り除くことが出来るかもしれない。

 だから森の奥に行こうと思う……森に行けばあの声が案内してくれる」

「待てイリス。確証も無いのに危険な森に奥に行かせるわけはいかない」

「そーだよ。それに俺たちも聞いたよ声。その声でレディを見つけられたんだけど……」

「先生……」


行かせられないと三人は言うが、イリスは頑なに首を振った。

それに微かに今でも自分を呼んでいるような気がする……無意識に窓の外に見る。


「行かないと……俺を呼んでる」

「イリス?」

「ちからをかしてって……言ってる」

「イリス!?」


ぼーっと窓の外を眺めていたイリスが突然、部屋を飛び出していった。

止める隙もなく駆け出して行って宿をすごい速さで出て行く。

リヒャルト達は走り出したイリスを追った、イリスは森の奥へと躊躇なく進んでいく。


「どうなってるんだ!?」

「わからんっイリスを追うしかない」

「先生様子が変だったっ!」


突き動かされているように、小枝も気にせずイリスは走っていく。

白い肌が破れても構わず走る様子は普通じゃない。何も者かがイリスを操ってる。


「舐めたマネをしてくれる」


リヒャルトは操っている主に憎悪を抱いた。

人の妻の体を好き勝手操ってくれるもんだ、一発殴らなければ気がすまない。

それはこの場にいる誰もが思ったことなのかオイゲンも悪態をついた。


「いやぁ落とし前はきっちりさせないとね」

「うらやま……先生になんてこと」


凄い速さで走っていくイリスに三人は付かず離れずと追っていった。

そしていくらか走っていくと水の流れる音がしてきた。

正の気の魔力を持たなくても、大きな澄んだ魔力が満ちているのがわかる。


走り続けるとピタリとイリスが立ち止まった。

同じように泉へと出ると、泉近くにある岩から染み入る湧き水がたまる場所に佇んでいる。


「ハァ……ハァハァ」


肩で息をするほど走ったが、イリスの様子を見るに疲れていない。

リヒャルト達は息を整えながら慎重にイリスの元へ近づくいていった。


「……え?」


近づくとイリスがハッとしたように体をビクつかせた。

そしてキョロキョロとあたりを見回して、自分の後ろにいるリヒャルト達を見てあっと声を上げた。


「ここどこ?」

「……正気に戻ったのか」

「正気……俺はただ声がしたから耳を傾けただけで……ここは……?」


イリスは辺りを見回して周囲をうかがった。

ここはとても清純な気が充満している。それに大きな力の鼓動を強く感じる。


龍脈だ。ここから龍脈が始まってる。


『イリス、これとって』

「誰?」

「だれだっ何者ものだ」


また声が聞こえてきた。けれどそれはイリスだけじゃない。

リヒャルトはイリスを庇いつつ何処からか聞こえてくる声に強く抗議した。

姿を表さない未知の存在にイリスを唆せるわけにはいかない。


「用があるなら姿を見せろ!!」

『……わかった』


風がざわついた。ゴウゴウと風が渦巻き一箇所に集まってくる。

目を覆う突風が起こり四人は顔を庇うように腕で強い風をやりすごした。

強い風が止み、ゆっくりと瞑っていた目を開けると幼子の精霊が宙を浮いてこちらを見ていた。


「精霊……アンディーンの幼体」


風と水を司る最上級精霊。そのまだ成熟していない子供精霊だ……。

滅多に出会うこともない希少な精霊の出現に、ただイリスは驚き見上げた。


『イリス、おねがい、とって』

「え?」

『それ、とって、わたしとれない』


幼い精霊は湧き水がたまる少し大きな水を指差した。

イリスは湧き水に近づき、澄んでいる湧き水が溜まる所を覗きこんだ。

じっと淵に手を掴みつつギリギリまで水面に顔をよせると、奥の方に透明な何かが沈んでいた。


確認するように精霊を見上げると、何度も頷いていた。


『とって、きたない』

「汚い……?」


精霊は契約した召喚士を介さないとこの世界に干渉できない。

しかも最上級の精霊だ普通の人間が契約もできるはずもない、だから呼ばれたのか。


イリスは言われたように湧き水が溜まる場所に手を差し込んで透明な何かを掴んだ。

そのまま引き上げると、手の中にガラスで作られた魔法のビンがあった。

ガラスで作られた魔法のビンの裏側に、魔法学園の紋章が付いている……これは。


「魔力を入れておくビンじゃないか、どうしてこんなものが……」

「あぁそれってもしかして野外学習にきた学生が捨てたんじゃないの?」

「魔力ビンは未熟な学生の為に、教員が魔力を入れて補助として持たせているものだな。

 普通私たちの魔力は負の気を孕んでいる。長らく使われた魔力ビンには負の気が充満していた」

「つまり先生を呼んだのは、正の気の魔力の持ち主だから?」


湧き水の奥にはまだまだビンが沈んでいる。

ビンに溜まった負の気の魔力が龍脈を穢した……?ならこの場所が龍脈の源。


だとしたらこの精霊はここで眠っていたのだろう。

成体になるまで龍脈の力を貰い眠っていたとき、龍脈が穢れて目覚めた。


「俺じゃなきゃダメだった?」

『うん。イリスいいにおい』

「負の気をもつ人間に触られたくなかったから、俺じゃなきゃダメか」

『ね、もっととって。ぜんぶとって』


精霊は急かすようにイリスに言う。

イリスを助けたのも折角きた正の気を持つ人を失いたくなかったから。

実にわかりやすい。だが、そのおかげで大事には至らなかった……リヒャルトはそっと精霊に頭を下げた。


ここが浄化できれば、魔物を活発化させる陣も消滅する。

イリスは力強く頷いてみせると、精霊はとても嬉しそうにニコニコと笑いはしゃいだ。


『やった、これでねむれる』

「よかった。魔法陣は消えるし任務も終わる」


さて早速取りますか。

イリスは残りのビンを取り除くべく、腕を突っ込んでビンを除去していく。

湧き水がいっそう透き通ってようでよくこの中にビンを捨てようと思ったなと逆に感心した。

三つ、四つと取っていき、割と多く捨てられている……これ本当に生徒が捨てたのか?


まさか教員が捨てたんじゃ……。


イリスがビンを取り除いているとき、魔物を警戒して三人は周囲を見張っていた。

特に問題もなく終わって欲しいが何故か終わりそうもない予感がする。

三人は気持ちを引き締めて周りを見ていると、リヒャルトが泉の方に目を奪われた。


「なんだ……?」


泉の真ん中で何かが蠢いている。それが波紋となって輪を描いていた。

オイゲンもそれに気づきやたらと大きくなっていく波紋に目を細めた。

固唾を飲んで泉の見るとにょきっとゼリー状の触手らしきものが生えた。


「うえっなんだあれグネグネ動いてるぞ」

「言ってる場合かっあれは魔物だ」

「うわ気持ちワル……」


三人は泉に近づき、それぞれ魔法を展開させると相手の出方を待った。

触手が三人に近づいてくる……イリスはビンを取るのを止めて同じよう態勢を低くした。


だんだんと高速移動する触手に三人は間近に来た触手相手に魔法をぶっぱなした。

ドーンッと水を叩き割る勢いで触手の本体ごとえぐるように放った。


水しぶきが上がる、目を閉じずに触手の末路を見るため前を凝視する。

そこにはあるはずの触手の本体がいなく、かわりに真後ろから悲鳴が上がった。


「うあああっ!?」


「「「イリス!!」」」


三人はしまったと振り返ると、大きなプルンプルンのスライムの触手にイリスが捕らわれていた。

太い触手に巻きつかれて、イリスは何とか逃げ出そうと召喚術を唱えようとした。

けれどそれを察知したのかスライムは触手をイリスの口にねじ込んだ。


「うぇっ」


口を封じられて、イリスの体に触手が巻きついて締め上げる。

ぎちぎちと締められて骨が圧迫されて、このままではへし折られる……!

イリスは触手に喉をつかれながら、火事場の馬鹿力で触手を噛み切り吐き捨てた。


「サラマンダー!」


再び塞がれたる前に契約している炎の精霊を呼び出すと、サラマンダーはスライムを焼き始めた。

ボコボコと水が沸騰するようにスライムの体は熱く悶えるように無茶茶に暴れた。


イリスはぶんぶんと右に左にと振られて、手加減も出来ないのか触手が体をきつく締め上げる。

余りの痛さに意識が飛びそうなところでリヒャルトが雄たけびを上げながら突進してきた。


巨大なスライムを土台にして飛び上がり、イリスを拘束する触手を叩き切る。

スパンッは切れると宙に投げ出されたイリスをリヒャルトが上手く抱きとめて地上に降りた。


「ゲホッゲホッ」

「ここにいろ」


イリスを地面に下ろすとリヒャルトはスライムを浄化するために駆けていった。


「おえっ……ふぐ」


地面に下ろされて危機一髪の所を助けられたイリスは触手を噛み切ったときに飲み込んだ魔物の体を吐き出した。

すべて地面に吐き捨てるとようやく息もまともに出来るようにあった。


「はぁっ!ハァッ!」


大きく酸素を取り入れるように呼吸を荒げて、全身が痛んだが痣だけで済んだらしい。

骨が折れたわけでもヒビが入ってるわけじゃない……危なかった。


助け出されたイリスは怒り心頭で戦う三人をサポートするために、立ち上がった。



あまりにも大きな魔物で切っても焼いてもきりがない。

苦戦を強いられていると、イリスが痛む体を引きずって指をさした。


「あ、あの魔物……龍脈から力を吸い上げてるっ。

 供給を絶てば浄化できるはず……泉に浸かってる部分を切り離せ!」


力の限り叫ぶと、イリスの声を聞いた三人は連携を取って次々と切った。

イリスが眠っている間にフリッツの剣が五本になっていて、自由自在に操ってた。

心なしかリヒャルトと息が合ってる、二人が組むと隙がない。


オイゲンは高級魔法使いらしく高何度の詠唱を始めて広範囲に魔法を展開していた。

イリスが捕まっていない今なら、いくらでも暴れられる。

もちろん近くで戦っているフリッツとリヒャルトは避けるだろうと信頼してのことだ。


スライムは次々と龍脈から切り離され、とうとう全てを絶たれた。

このスライムは全ての要素が水で出来ているからか正の気を孕んでいたのだろう。

だから龍脈から力を吸い上げ巨大化し、泉に住み着いたのだろう。


「「「はあぁぁあ!」」」


リヒャルトとフリッツがスライムを粉々に切り刻み、オイゲンが業火で蒸発させる。

大きな煙がもくもくと上がり最後の一欠けらが炎により蒸発した……。


全員が肩で息を切らしている中、イリスは地面にうずくまった。

痛くて痛くて仕方がない。幾ら痣だからと言って全身につけば痛すぎる。


「うぅ……」

「イリス?」


団子虫のように丸まってうずくまるイリスに気づいたリヒャルトが走ってきた。

労わるように肩を抱き起こしてやると、力が入らないのかくたっと寄りかかった。


「痛いか。骨が折れているのか?どうなんだ」

「それは大丈夫……」


最近、こればっかりだな俺……。

情けないやらで居たたまれない、オイゲンもフリッツも近くに来て心配そうな顔をしていた。

それに大丈夫だと笑うと、二人とも苦笑いして髪を撫でてくれた。


「無理しないの」

「先生……」


イリスの白い肌に青い痣や赤黒い締められた痣が付いていた。

痛々しいかぎりで三人は眉を潜めた。しかし大型の魔物を無事退治できた。


「あ、ビン……」

「後でもいいだろう。このまま帰ろうイリス」

「でも……あ」


ひらっひらんっとイリスたちの目の前に先ほどの精霊が現れた。

無感動な顔をして見下ろして、すっとリヒャルトの腕の中で力なく寄りかかるイリスに近づいた。


『いたい?』

「あはは、そりゃぁね」

『……なおしたら、とる?』

「えっまぁ」


体が動くなら今からでもビンを取り除くさ……。

そう言うと精霊はにっこりと笑い、ちゅっとイリスの額に口付けた。

いや口付けたといっても感触はない。精霊はこちらに接触することはできないのだから当然か。


「あれ?あれれ……?」


すっと痛みが引いた。ガバッと起き上がり、自身の腕を見ると痣が消えていた。

それでも疑わしくて腹やら脚を見るが痣は何処にも存在していなかった。


「まさか祝福を受けたのか」

『さぁとって、ねむらせて』

「……承知しました」


精霊からの祝福は受けた相手に守護をつける。

幼い姿をしているが最上級の精霊からの守護なんて身にあまるものだ。

それほど貴重な祝福を簡単にするとは……見た目以上に切羽詰っていたのか。


イリスはリヒャルトの腕から抜け出し、再びビンを取る作業に戻った。

ビンはかなりの数で全部で27個の大小見つかった。中にはとても古いビンまである。


なるほど、一つ二つでは龍脈を穢すほどではないのだろう。

しかし定期的にビンを捨てられ続けた結果、穢れを含んでいった。


『イリス、じゃぁね』

「……おやすみなさい。良い夢をアンディーン」


ビンを全て取り出すと精霊は湧き水の底へと戻っていった。

精霊はあと何百年すれば成体となり、召喚術士に呼ばれることになるだろうか。


「終わったか」

「うん。帰ろうか」


色々あった地方遠征もこれで終わり、何だか少し寂しい気がする。

横に立つリヒャルトをイリスを見上げて思った……優しい顔をするようになったって。

この穏やかな空気が夢のように儚い。首都に戻ればまた拒絶されるのか……?


「イリス……痣、残らなくて本当に良かった」

「別に残っても気にしないけど」

「私が気にする」


見つめられてリヒャルトはイリスの頬に手を伸ばし擦る。

イリスの瞳が揺れた。そんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。


「……なんで、そんなこと」

「今更だと思うだろうが……」

「え?」


リヒャルトはイリスの両肩に手を乗せて青い瞳を覗きこんだ。


「心無い言葉で貴方を傷つけた。謝って済む事じゃないが償いをしたい」

「そんな、俺は別に……っ……」


そういうイリスの脳裏に、数々の胸を抉る言葉が浮かんでくる。

図書館で助けられて勇気をくれた人からの暴言は、あまりにも辛かった。

悲しかった。悔しくて……どうしてこんな事になったのかって嘆いた……一年と少し。


「は……なんで涙なんか……は、はは……」


流れる涙を拭って乾いた笑みを浮かべて、イリスは首を捻った。

その姿にリヒャルトの胸は張り裂けそうでポロポロと泣くイリスを抱き寄せた。



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