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Engagement Ring  作者: 風花
7/9


『こっち……』


誰かが俺を呼んでいる。誰だろう……。


『あなたの力、ひつよう』


俺の?誰かを助けられるような力なんて俺には……。


『あなたじゃないと、ダメ』


俺じゃないと?どうして?


『こっちにきて……こっち、こっち……さぁ、イリス』


どこに……何処に行けばいいんだ……?


不思議な力に導かれるようにイリスの意識は突然と浮上した。

ぱっちりと目を開けて、朝日が差し込む窓の外にある空を見つめた。

晴天だった。雲ひとつない快晴で、気分も悪くない。


身軽になった体を起こして、固まっていた体を解した。

あちこちポキポキ鳴るが調子はいい。サイドテーブルにある水に口をつけた。


体に染み渡る……体調はすこぶる良好だ。

ベットから降りて立ち上がった。フラつく事もない完璧だ。


イリスはいつもの朝と同じように身支度を整えた。

髪もとかして身支度を終えると、控えめなノックがされた。


「はい」


はっきりと出る声にイリスはうんうんと頷いた。

イリスの声がしたからだろうか、扉の前でノックした人物は荒々しく扉を開け放った。

そこにはリヒャルトと後ろにオイゲンとフリッツもいた。

皆驚いた顔してイリスを見ていて、何だか間抜けな顔にイリスは笑みを零した。


「おはようございます。体調よくなりました。

 迷惑かけてすません……でも、もう大丈夫です。ほら元気そうでしょ?」


あれから何日経っているのかイリスはわからない。

けれど一度意識が目覚めたときのリヒャルトの顔があまりにも疲れていた。

心配してくれたんだと気づいた。それがすごく嬉しくて仕方がなかった。


「リヒャルト。側に居てくれて……ありがとう」

「っイリス……」


照れくさくてリヒャルトから目線を外して頭を軽く下げた。

ははっと照れ隠しで笑っていると、感極まったような声で自身の名を呼ばれた。

それに顔を上げると目の前に大きな逞しい胸が見えて、背中には太い腕が回っていた。


「え!?えぇっ!?」


ぼふっとイリスは沸騰するが如く全身を赤らめた。

抱きしめられたのもそうだが、何よりスリっと擦るように首筋に顔を押し付けられてパンクした。

きつく抱きしめられパニックを起こしているとブーブーと後ろに居た二人が声を出した。


「リヒャルト、お前そんなんだったかぁ?」

「先生っ大丈夫ですかっというか可愛いですっ」


それぞれの反応を示して二人は言うがリヒャルトは聞きはしない。

ただ元気にそして嬉しそうに笑ったイリスの暖かな体温を感じ取っていた。

ひえーっと目を回しているイリスが抱き返してこないことには不服だが今はいい。

体を離して真っ赤になるイリスの手を握り目線を合わせた。


「よかった」

「ぅああ……はひそーです、ねぇ……」


こんな熱く見つめられたことなんてなかった。

リヒャルトの中で何が変わったのかわからなかったが、物凄く恥ずかしいっ!!

恥ずかしさのあまり嫌々と手を振って、一歩後ろに下がった。

イリスの様子にフリッツとオイゲンはニヤニヤと悪そうに笑った。


「あの、俺何日寝てた?」

「……三日ほど」

「そっか。そっか……」

「とりあえずぅご飯食べよーよ。レディお腹すいてるだろ?」


一歩下がり距離を取ったイリスを半目で見つつリヒャルトは律儀に答えた。

妙な雰囲気になるつつあったのでオイゲンが気を使ってイリスを連れて食堂に向かった。

いつもならフリッツとオイゲンがイリスの横を独占していたが、リヒャルトが許さなかった。


向かい座れと命令して二人を追い出し、自身がイリスの横に座った。

非常に緊張する。何せリヒャルトとは一緒に食事をするのは公の場でしかなかったのだから。


チラチラとリヒャルトの事を気にしながら朝食を取った。

目覚めたのになんだか夢の中にいるような気分……本当にリヒャルトなのかな。


「ん?私の顔に何かついているか」

「え、いや何もついてないよ」

「ならどうして熱心に見つめてくる……イリス?」

「っひえっなっなんでもないから!」


いい声で囁かないでくれっまた顔が赤くなりそうになるから急いで朝食を食べた。

一心不乱に食べてゴキュゴキュと水を豪快に飲んで、立ち上がった。


「あのリヒャルトとオイゲン様。少し話したいことがあるんで時間を頂けませんか」

「いいけどー?」

「私も構わない……イリス何処に行く」

「先生っ俺は!?」


席を立ち立ち去ろうとするイリスにフリッツとリヒャルトが呼び止めた。


「フリッツは……まぁ隠すことでもないしいいよ」

「やった!」

「部屋に戻ってます。三人はゆっくりと朝食をとってください」

「食べ終わったらすぐに行く」

「わかりました。失礼致します」


逃げるようにして食堂を出て行くイリスを見ながら、オイゲンはまたニヤニヤと笑った。


「避けられてるな」

「五月蝿い関係ないだろうお前には」

「なぁに本気だしてんの?今更じゃない?」

「……お前、私とイリスの関係を知っていたな」


リヒャルトの前にいるオイゲンに顔を崩さず静かに問うた。

公の場で私とイリスが不仲だと気づけるはずもない……ただ公の場を見ていただけなら。

それほどまでにイリスと近しいということか。


「レディを見ればわかる。初心すぎるんだよリヒャルト」

「ふん……随分と私の妻が世話になったようだ感謝する」

「うわっ嫌味ですか団長殿。部下に対して酷いじゃないですか」

「部下だと思うならそれらしく振舞え。

 もうちょっかいをかけるな。それとキスマークの事なら不問としよう」

「寛大なこって……」


静かに闘志を燃やす二人にまだ未成年のフリッツは口を挟めないでいた。

淡い恋心をイリスに抱いているフリッツには雰囲気に蹴落とされて悔しかった。

そもそも結婚しているイリスに恋をしている時点で不毛ではある。

しかし未成年特有の情熱が諦めさせてはくれない。奪ってやると逆に燃えてくる。


手の届かないモノほど欲しくなる。

良くも悪くともフリッツもまた魔法使い。努力を厭わないのが魔法使いのあり方だ。


「早く別れればいいのに」

「「!?」」


フリッツの率直な意見に大人二人はあんぐりと口を開いた。

なんつーことを言うのだと見ていると、ふんっと拗ねたように横を向いた。


「末恐ろしいねぇ今時の青少年は」

「……どういう教育をしてるんだ」


三人はそれぞれ別の意味で溜息を吐いて朝食を再開した。

食べ終わるとイリスの部屋へと三人揃って尋ねることとなった。



イリスの部屋へと行くリヒャルトをミーティアが悲痛の顔で見送っていた。

数日前の夜の出来事は彼女にとって納得が出来ていない。

けれど今のリヒャルトの瞳には自身が写っていない。ミーティアは静かに俯いた。


「因果応報かしら……」


嘘をついた代償だろうか。

あの日の暴雨の時、リヒャルトを助けたのは私だと偽りを話した。

彼はとても感謝して何度か家にも訪ねてきてくれた。嬉しかった……憧れの騎士様に目をかけてもらえて。


私たちは自然と愛し合うようになって、程なくして引き剥がされた。

そしてイリスさんがリヒャルトと婚姻を果たした……これは偶然?こんな偶然ってある?


「私は運命に負けたのね」


イリスさんの顔を私は覚えていた。

でもイリスさんは私を覚えていなかった。それはきっとリヒャルトの事も。

リヒャルトの顔には沢山の泥がついていて私も始めは気づかなかった……気づけるはずもない。


私だけがあの豪雨の真実を知っている。

あの日、本当に彼を助けたのはイリスさんで……お零れを私が貰った。

どうしてイリスさんが戻ってこなかったのかは、わからない。

何か事情があっての事だとは思うけれど……思わずにはいられない。


あの時、イリスさんが戻ってくれていればこんな思いを抱かずにすんだ。


まるで自分が童話の主人公になり幸せを掴んだと思っていた。

素敵な殿方と出会い愛し合って、永遠を誓う事ができると……あぁ所詮は夢物語。


「本当に思い合っていたのなら……離れ離れになんてならないわね」


私たちは流れに身を任せるばかりで、何もしようとはしなかった。


偽りの関係は終わりを迎え、私もまた彼を諦めた。

お互いに愛するものが他にできていたのに、運命だと錯覚した私は過ちを犯そうとしていた。

けれどあの夜、リヒャルトは最後まで私を拒否して誠心誠意向き合ってくれた。

そんな彼だったから好きなり恋に落ちた……私はいい恋をしたんだ。生涯忘れることはないだろう。


「ライバル多そうだけど、がんばってリヒャルト。

 陰ながら応援してる……奥さんに愛想つかされないようにね」


食堂からいなくなったリヒャルトの背中を思い出してミーティアは笑った。

清々しいほどの笑顔だった。美しい彼女にぴったりの春風のように澄んでいる。


ミーティアは吹っ切れたように仕事へと戻っていった。


あの夜、リヒャルトはミーティアを抱きしめたりもしなかった。

心は本人が思う以上に一人に傾いていたのだ……。



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