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Engagement Ring  作者: 風花
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イリスは気を失ってから夢を見ていた。

夢と言っても内容は過去の出来事で、本当にあった話だ。


あの日も雨が降ってた。暴雨で風も強く視界が悪かった。

当時、第六騎士団に入ったばかりでまた新米。夜遅くに家に帰ることになった。

外に出てしばらくして雨が強くなって後悔した。屯所に泊まればよかったって。


でも引き返すほうが遠かったから、そのまま家路を急いだ。


雨は酷くてしかも雷まで鳴ってて本当に酷かった……。


「うぅ帰れるのかこれ?」


鳴り響く雷と雨で不安になりながら歩いていると、ものすごい音がした。

まるで大きな岩が坂を転げ落ちるかのような音で……気になった俺は音の鳴った方へと歩いた。


「確かこのへんだったような」


キョロキョロと見回すとすぐ近くに川が流れていた。

物凄い音を立てて流れ増加していた。イリスがいる場所はちょうどその川の横の道だった。

何気なしに川を見るとと坂になっている部分に、人らしきものが横たわっていた。


「大丈夫ですかー!?」


大柄できっと男性だろう。意識がないのか動かない。

さっきの物音は坂を転げ落ちてしまった音だったのか。イリスは慎重に坂を下った。


ちょうど一緒に転がり落ちた木で川には落ちなかったのだろう。

うまく引っかかってくれてよかった。男性はうつ伏せで倒れていて背中に酷い怪我を負っていた。


「これ……このままじゃ」


体は温かい。ついさっきここに落ちたからだろうが傷が深すぎる。

致命傷にでもなりうる傷だ……顔色はわからない。泥で汚れてて判断できない。

イリスは一瞬だけ躊躇したが、精霊王を呼ぶことにした……その時背後に魔物の気配を察知した。


「っサラマンダー!!」


火の精霊を呼び出し、こちらを見下ろしている小さな魔物に火の魔法をワザと外して打った。

小さな魔物は驚いて逃げていき、近くにある私有地に山の方へと姿を消した。


最近この近くで出没している魔物とはアレの事だろう。

もしかしたらこの人は魔物に突き落とされたんじゃないんだろうか……。

や、そんなことは今はどうでもいいっ傷を癒さないと。


イリスは精霊王を呼び出し、致命傷となっている男性の傷の治療と引き換えに半分以上の魔力を捧げた。

願いを聞き届けた精霊王は男性の背中の傷を中途半端に治した。

それは完全に治してしまうと対価がさらに重くなる事から、死なない程度に直してくれたという事だった。

完全に治してしまうとイリスの魔力量は並みの魔法使い以下になっていただろう。


治療は終わり、未だに血が多少流れる男性を引っ張り起こした。

召喚術で精霊を呼び寄せて男性を担ぎ、近くの民家の扉を叩いた。


「すみませんっどなたかいらっしゃいませんかっ」

「は、はーい」


出てきた綺麗な人に申し訳ないけどこの人の治療をしてほしいと頼んだ。

始めは驚いていた女性だったけれど、頷いて部屋に上がらせてもらい男性をベットに寝かせた。


「ありがとうございます。あっベット汚してしまった」

「いえ後で洗えばいいのです。ってあら?あのどこへ?」


泥まみれの男性をベットに寝かせたイリスは、すぐに家から出て行こうとする。

それに女性は驚いて行き先を尋ねた。振り向かないでイリスはちょっとやり残した事があると答えた。


「その人のことよろしくお願いします」

「あのっちょっと!」


イリスは急ぐように女性の家から飛び出した。

先ほどの魔物を追うために出て行ったのだ。魔物が消えた私有地の山へと登った。

山というにはあまりにも低いところだ。時間も経っていないのだからと魔物を探した。

すると案の定、魔物は雨を凌ぐために大き目の木の下で雨宿りをしていた。


「見つけた」


召喚術を発動させた。この頃のイリスは高級魔法使いだった。

いとも容易く上位の召喚を出して魔物を浄化していた……だからやってしまったのだ。

いつものように上位を召喚してしまって、あっと思ったときには遅かった。


小さな魔物に対して上位を呼ぶ必要はなかった。

なかったのに呼んでしまった。確かにすぐに浄化することが出来たが……。


「ふ……あ」


今まで魔力に任せて呼び寄せていた反動だろう。

怠慢を痛感しながら、豪雨の中イリスは山で倒れ一晩中雨に打たれることになった。

帰ってこないイリスに家族が探し回り、朝方にすぐ上の兄がイリスを発見した。


その後、イリスは生死を彷徨いながらも生還した。


女性に預けた男性がどうなったのか、イリスは知らない。

魔物を退治した後に尋ねようと思っていたが結局退院するまで長い時間が掛かった。

そして高級から上級へと位を下げて自分の怠慢を見直し、勉強に励んだ。

すると魔法学園から声がかかり、そこの教員として雇ってくれることになる。


そう言えばあの女性はミーティアさんに良く似ていたような気がする。


「ぅ……ぅぅ」


イリスは魘されるかのようにうなった。

ぴくっぴくっと瞼が震える。ひそかに誰かが息を飲む声が聞こえる。

眉を潜め首を左右に振りながらゆっくりと瞼を開けていった……。


「イリス?」

「……り……?ぁ?」


覗き込まれたイリスは目前にいるリヒャルトの名前を呼ぼうとした。

でも声が出せなかった。なんで?っと声を出そうとするイリスにリヒャルトは声をかけた。


「喋らなくていい。水を飲め」

「ん……」


イリスはゆっくりと上半身を起こした。そして水を受け取ると口に含んだ。


「ゆっくり飲み込むんだ」

「……ん」


言われたように水を少しずつ飲んで、コップ一杯を飲み干した。

ふぅっと大きな溜息をはくと空になったコップをリヒャルトに取られた。

うん?と体が妙にだるいのでゆったりと首を傾げると、額に手を当てられた。


「熱は下がったか……」

「ね?」

「……ぼおっとしているようだな。自分がどんな状況に陥っていたのか覚えているか?」


そう言われてイリスは思い起こした。

眠る前の記憶を辿っていく、中型の魔物に襲われてフリッツを逃がして森の中に入って……。

魔力が切れて……あぁまた気を失ったんだ。あの日と同じように。


イリスは覚えていると頷いた。


「そうか。記憶が混雑していると思ったが大丈夫そうだな」

「……ご、め」

「喋るなといわなかったか?大人しく寝ていろ」


無駄口を叩くなとイリスの謝罪をかき消して、イリスをまた寝かせた。

青い髪を柔らかく労わるようにリヒャルトは撫でて、その手の感触に瞼が落ちていく。

ふわふあとして何度も瞬きを繰り返し、またイリスは眠りの世界へと入っていった。


「おやすみ」


優しい聞いたこともないリヒャルトの声がした。

すぅっと安心したように体の力を抜きベットに沈むイリスを見てほっと胸を撫で下ろした。

顔色が良くなった。高熱も下がりイリスも意識を取り戻したもう大丈夫だろう。


リヒャルトは数日、離れずイリスの傍に居続けた。

幸いなのか雨は数日降り続け、村に滞在するしかなかった。

引続き魔物を警戒しつつ村を見回った。時間が空けばイリスの様子を見に行った。

イリスの生徒フリッツやオイゲンも何度か顔を出しているらしい。


「……ふぅー……」


寝息を立てて眠るイリスを見ながらリヒャルトは長めに息を吐き出した。

そして椅子にだらしなく寄りかかり天井を仰いだ。

固く目を瞑り、ぎゅっと強く手を握り締めた。脳裏にイリスのずぶ濡れの姿が写る。


氷のように冷たくなったイリスの体。

小さな呼吸音……失ってしまうかと思った。もう駄目だと思った。


おかしいな私はイリスを嫌っていただろう?

彼女と引き離されて家が連れてきた形だけの妻だ。誰が愛せる?

八つ当たりだとわかっていたが、仲良くする気なんてなかった。


どうせ金と家柄に目が眩んだ、下等な三等貴族だと……。


イリスの事は実は妻に迎える前から知っていた。

一度だけ会ったことがあった。彼がまだ中級魔法使いだった頃だ。

学園に通えるほど裕福じゃなかったんだろう。首都の一番大きな図書館で勉強をしていた。


当時も学園に通うこともなく試験を合格した三等貴族がいると噂になっていた。

そしてイリスが図書館に毎日足を運んでいることも知られていた。

魔法学園の者達は卒業するまで試験を合格するものは少なく、卒業したときにやっと取れるものだった。


それを独学で魔法を学び、きちんとした教育を受けずに合格した。

あまりにも目立ってしいた。当然、そのことを面白くないと思う生徒は沢山いただろう。


私は偶然、図書館に調べ物をする為訪れていた。

第一騎士団に入り成果を挙げてはいたが、入りたてなのは変わらなかった。

何を思ったのか雑用を押し付けられ、新人がやる仕事を回された。


「はぁ……」


溜息を吐きつつ、魔物に関する資料を探していた。

大きな図書館だ人の死角も多い。薄暗い図書館では密会する者も多かった。

資料を探していた私の耳に人の声が聞こえてきた。あぁまたかと思った。

この場所は特に人目につかず、男女の逢引には打って付けだった。何度か目撃した事もある。


「迷惑な」


眉を顰め聞こえてくる声を不快になった。

資料を探しすぐにこの場から離れようと探しているとドンッと誰かが床に倒れる音がした。


「ん?」


それから直ぐに何かを蹴る音もして人の呻き声も聞こえた。


「うっあ……」

「……」


人の笑い声。複数の大きな笑い声がした。

リヒャルトは資料を探すのを止めて、気配を殺しつつ音の方へと歩いていった。


近づくと三人の男子学生に暴行を受ける人物が見えてきた。

青い髪をしており、まだ少年のような体格をして痛みに耐えていた。

顔を上げた少年は幼く十代だろう。

そんな少年が魔法学園の生徒に囲まれ暴行を受けていた。


明らかなイジメの現場。リヒャルトは後輩達の所業に頭を痛めて首を軽く振った。

学園の品格を穢す行為に何をしているのかと呆れ返った。


「なんでお前が魔法使いになっているんだっ俺が落ちなのになんでっ」

「どんな手をつかった?あぁ?試験官にでも体を売ったか!?そうなんだろ」

「卑怯者め!今すぐにでも辞退しろっおらっおらっ」

「うっ……」


罵声を浴びせてまた学生たちは少年を殴る。

そこでふとリヒャルトは疑問に思った。魔法を使えば簡単にこの場を納めることが出来るだろうと。

怪我しない程度にかわして、自身の身を守れるだろう。なのになぜしない。


少年はただ暴行を受け入れるだけで魔法を使おうとはしない。

学生たちにはわからないだろうが、中級魔法使いは弱いと断言するほど弱くはないのだ。


……もしかしたら少年は中級に留まらない魔力を持っているのか。

まだ幼いところを見ると力のコントロールが出来ないのかもしれない。だから魔法を使わないのか。


「おい」

「「「あ?」」」


何時までも様子を伺うわけにもいかない。

リヒャルトは暴行を続ける学生達に声をかけた。振り向く学生は威嚇をもって相手をにらみ付けた。

しかし学生達はリヒャルトの顔をみるとミルミルうちに顔面を蒼白にしていった。

リヒャルトはあまりにも有名すぎる。貴族であれば誰でも知っているだろう。


「ああのリヒャルト様これは……」

「言い訳は聞かない。お前たちには処分を受けてもらう」

「「「っっ!!」」」


ピシャリと言い放たれて学生達は力なく項垂れた。

よりにもよってリヒャルトに見られ、学園に報告されればタダじゃすまない。

くそっと学生達は少年を置き去りにしてリヒャルトの横を素通りした。


逃げても仕方ないだろうと、学生達の浅はかさに溜息がでた。


「大丈夫か」

「……あ、ありがとうございます。助かりました」


床に倒れる少年に手を貸し立ち上がらせると、恭しく頭を下げられた。

少年の体は軽く細い。白い肌には青い痣が浮かび痛々しそうである。


「なぜ魔法を使わなかった」

「え?……感情のままに魔法を使うと制御できないので。

 それに三等貴族である俺が反逆すれば家族に迷惑になります……だから」


少年の綺麗な青い瞳が悔しそうに揺れた。

悔しさを滲ませた目に好感を持った。苛められていたのだから卑屈にもなるだろう。

しかし目の前の少年は卑屈になるどころか、悔しそうに床を睨みつけている。

強い精神力を持っている。そうかこの少年が独学で魔法を学んだ三等貴族なのだ。


強いはずだ。


「なるほど、少年名は何と言う」

「イリス…イリス・クルツ・レディですリヒャルト様」

「覚えておこう。さぁ医務室まで行くぞ」


躊躇するイリスの手を掴み引きずるように医務室まで向かった。

あわあわとするイリスにクスクスと笑い、遠慮するなと声をかけた。


「将来有望な者を支援するのも一等貴族の務めだ。イリス、君は強くなる」

「っ……!」

「いつか私の隣に立てるかもしれん。日々、精進することだ。

 そしてイリスが強くなった時、私は騎士団長にのし上がり団員を率いていることだろう」

「は……はいっはいっ!」


イリスは懸命に首を上げて憧れの眼差しでリヒャルトを見つめた。

キラキラと青い瞳が光り輝いていて、リヒャルトの事を眩しそうにしている。

敬愛の眼差しに気を良くした。純粋で素直なイリスの成長をまたリヒャルトも眩しく思ったものだ。


医務室で治療を受けさせてリヒャルトはイリスとわかれた。

最後までイリスは嬉しそうにお辞儀をして、憧れの念を持ってお礼を言い続けた。


若い力強いイリスの姿を見て、図書館を出たリヒャルトは振り返った。


「また会えるといいなイリス」


これがイリスとの始めの出会い。

その数年後に再び再会し妻として向かえるとは思わなかった。


知っていたはずだ。邪な考えをもってイリスが嫁いできたのではないと。

家の者が無理やり取り付けたのだと……わかっていただろう。

だが、あの頃の私には余裕はなく彼女との別れに悲観するばかりだった。


酷い言葉を吐いた。

心を通わせようともせず、一年以上イリスを捨て置いた。

それでもイリスは笑いかけ許してくれた。いつの間にかどっぷりと甘えていたのだ。


「……すまなかった」


だらけた態勢でいた体を直し、眠るイリスの耳元で囁いた。

失いそうになって初めて自覚するなど遅すぎる……けれどまだ間に合う。


リヒャルトは安らかに眠るイリスの唇に触れるだけのキスを落とした。



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