掌編【普通】
僕は白い廊下を歩いている。一本道の廊下の先には両開きの扉が立っているのが見える。この廊下はあまり長くはないはずなのに、その扉はなぜかとても、とても遠く感じた。いつまでも辿り着かないような、そんな錯覚を起こしてしまいそうになる。
これは普通じゃない。時間の流れすらも、とても遅く感じる。
一歩、歩くたびに何故か過去の記憶がよみがえる。
きっと僕は普通じゃない。
一歩。僕は友達と遊ぶために靴を履いて家を飛び出す。玄関ではお袋が心配そうに手を振っている。それに僕は虫取り網を持つ手とは逆の手を振り返す。
僕は普通の小学生だった。
一歩。初めておしゃれな美容院に髪を切りに行った。次の日に、学校で冷やかされて友達と喧嘩をした。けれど結局すぐに仲直りをして笑いあう。
僕は普通の中学生だった。
一歩。バイト先で彼女ができた。毎週日曜日にはデートをして食事代はいつも僕が払う。見栄を張らなくてもいいのに、と彼女は笑っていた。
僕は普通の高校生だった。
一歩。居酒屋で酒を飲みながら、彼女に振られたと泣いて友達になぐさめられた。悲しみを紛らわすために酒を飲み続けた。結局飲み過ぎて、次の日は学校を休んで家で寝て過ごした。
僕は普通の大学生だった。
一歩。平日は働いて、休日に子供と遊ぶのが一番の楽しみだった。世界で一番かわいい嫁と子供と過ごす日々はとても幸せだった。それだけでつらい仕事もずっと頑張れた。
僕は普通のサラリーマンだった。
一歩。黒い礼服に身を包み、涙を流していた。目の前には愛する嫁と子供の写真が置かれている。耐え難い悲しみに打ちひしがれていた。
僕は普通の……。
一歩。もう何も記憶はよみがえらない。あと一歩の距離まで扉は迫っていた。僕はすでに気づいていた。
僕はずっと普通だった。
一歩。扉に辿り着く。
僕は普通の死刑囚だった。




