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19/19

そうして彼女はまた暴走する

――泣いている人がいる。

 その一報は、嫌に具体的だった。


 

「王都外れ、旧貧民地区です」


 

 差し出された報告書に目を落とす。

 貴族主導の再開発。

 強制立ち退き。

 補償は――制度上、適正。

……いつもの構図だ。


 

「現場は?」


 

「混乱しています」


 

「でしょうね」


 

 私は立ち上がった。

 嫌な予感がする。

 ――今回は、特に。

 現場に到着した瞬間、それは確信に変わった。

 空気が、重い。

 ただの混乱ではない。

 『まとまりすぎている』


 

「ここ、なくなっちゃうの……?」


 

 小さな声。

 視線を向ける。

 少女が泣いていた。

 その前に――


 

「大丈夫」


 

 膝をついて、手を握る少女。


 

「絶対に守るから」


 

 リリアーナだった。


 ――ああ。

 

 私は小さく息を吐いた。

 最悪ではない。

 だが、最も難しい形だ。

 周囲の人々が、集まり始めている。


 

「この子は、私たちを見捨てない」


 

「分かってくれる」


 

 声が重なる。

 感情が、連鎖する。

 ……早い。

 収束が、早すぎる――能力が上がってる?


 

「つらいですよね」


 

 リリアーナの声。

 柔らかい、否定しない。

 ただ、受け止める。


 

「苦しいですよね」


 

 その言葉に、人々の表情が崩れる。

 泣き出す者。

 怒りを露わにする者。

 そして――


 

「これは不当だ」


 

「ひどすぎる」


 

「許せない」


 

 感情が、揃う。

 ばらばらだったはずの思いが、

 一方向に流れ始める。

 私は一歩前に出た。


 

「……収束していますね」


 

 小さく呟く。

 隣で、カインが眉をひそめた。


 

「分かるのか」


 

「ええ」


 

「何がだ」


 

 一呼吸の間。


 

「危険な状態です」


 

 カインが息を呑む。


 

「暴動になるのか?」


 

「いえ」


 

 私は首を横に振った。


 

「もっと厄介です」


 

 視線の先。

 リリアーナが人々の中心にいる。


 

「正しい怒りが、正しいまま増幅している」


 

「……何が問題だ」


 

「止まらなくなります」


 

 静かに告げる。


 

「正しいと思っている人間は、止まりません」


 

 カインが黙る。

 ……理解は早い。

 さすが騎士団長だ。


 

「エミリア様!」


 

 誰かが私に気づく。

 視線が集まる。


 ……本当にやめてほしい。


 目立つのは苦手だ。

 私は人々の間を抜け、前へ出た。

 リリアーナと目が合う。

 一瞬だけ、揺れる。

 だがすぐに――


 

「……来てくださったんですね」


 

「状況確認です」


 

 淡々と返す。

 周囲の空気が、少し張り詰める。

 対立を期待しているのが分かる。

 

 ……本当に分かりやすい。

 

「この人たち、苦しんでいます」


 

 リリアーナが言う。


 

「ええ」


 

「でも、追い出されようとしている」


 

「制度上は正当です」


 

 ざわめき。

 一気に空気が冷える。


 ……はい、予想通りです。

 

 ルイスが後ろで小声で言った。


 

「火に油では?」


 

「計算通りです」


 

「怖いなこの人」


 


 私は続けた。


 

「ですが」


 

 一拍。


 

「現実として、機能していません」


 

 空気が止まる。


 

 リリアーナが目を見開く。


 

「……え?」


 

「補償は適正でも、再定住先が不足している」


 

「結果として、生活破綻が発生する」


 

 淡々と、事実だけを並べる。


 

「それは、制度の不備です」


 

 人々のざわめきが、変わる。

 怒りから――戸惑いへ。


 

「だから」


 

 私は一歩踏み出す。


 

「修正します」


 

「今、この場で」


 

 貴族側が声を荒げる。


 

「そんな権限が――」


 

「あります」


 

 即答。


 

「今、作りました」


 

 ルイスが吹き出した。


 

「また!?」


 

「必要なので」


 


 カインが額を押さえている。


 

「頭が痛くなってきた」


 

「正常な反応です」

 


 私は続ける。


 

「一時的に立ち退きを停止」


 

「代替住居の手配を優先」


 

「費用は王都が補助」


 

 私は誰にも文句を言わせないつもりで圧をかけた。


 

「異論は?」


 


 沈黙。

 誰も、すぐには答えられない。

 そして――


 

「……それで、本当に助かるんですか」


 

 少女の声。

 さっきの子だ。

 私は視線を合わせる。


 

「完全ではありません」


 

「ですが」


 

 1拍置いて。


 

「改善はされます」


 


 少女は、少しだけ考えて。

 そして、頷いた。


 

「……そっか」


 


 その瞬間。

 空気が、ほどけた。

 騒動は収まった。

 完全ではない。

 だが、暴発は防いだ。


 

「……すごいですね」


 

 リリアーナが隣に来る。


 

「そうでもありません」


 

「いえ」


 

 首を振る。


 

「私、あそこまで考えられません」


 


 私は少しだけ目を伏せた。


 

「あなたは、“今”を救いました」


 

「え?」


 

「私は、“止めただけ”です」


 


 リリアーナはしばらく黙っていた。


 

 そして、ぽつりと。


 

「……でも」


 

「はい」


 

「一緒じゃないと、ダメですね」



 私は少しだけ、驚いた。


 ……珍しい。

 

 この人が、自分からそう言うのは。

 


「私だけだと、止まらない」


 

「エミリア様だけだと、届かない」


 

 風が吹く。

 静かに。

 私は小さく息を吐いた。


 

「……非効率ですね」


 

「えっ」


 

「役割が分かれている方が、管理が楽です」


 

「そこですか!?」

 


 思わず声が大きくなるリリアーナ。


 ……元気で何よりだ。


 私は少しだけ口元を緩めた。


 

「ですが」


 

 また1拍置いて。


 

「今回は、助かりました」



 リリアーナが固まる。


 

「え」


 

「あなたがいなければ、暴発していました」


 

「……あ」



 そして――少しだけ、柔らかく。


 

「よくやりました」

 


 リリアーナの目が、じわっと潤む。


 

「……はい」


 

 その様子を見て、後ろでルイスが小声で言った。


 

「なんか上司と新人みたいだね」


 

「黙ってください」


 

「はい」


 

 カインが小さく笑った。

 アルベルトは真剣な顔で頷いている。

 

 ……なぜいるのでしょう、この人。


 私は空を見上げた。

 感情は、人を動かす。

 構造は、世界を支える。


そして今――


 視線を戻す。

 リリアーナがいる。

 人々がいる。

 世界が、少しだけ変わっている。


両方が揃った時――。


 小さく、息を吐く。


初めて、“前に進む”


 ――平穏は、まだ遠い。


――その日、空気は明らかにおかしかった。

 重い。

 湿度ではない。

 熱でもない。

 感情だ。

 私は現場に足を踏み入れた瞬間、結論を出した。


あ、これ最悪のやつだ

 

 王都外れの貧民地区。

 立ち退き執行の日。

 役人と兵が整列している。

 ――が。

 住民が、一歩も動かない。


 

「帰れ」


 

「私たちはここを離れない」


 

 声が揃っている。

 ……揃いすぎている。


 

統率が良すぎる集団は大体危険だ……。


 

 そしてその中心に――


 

「この人たちは、間違っていません」


 

 リリアーナ。


 

 ああ、はい。

 

 原因、確定しました。


犯人が分かりやすすぎるのもどうかと思うけど……


 

 その一言で。

 空気が、変わった。

 いや、正確には――“確定した”。

 ざわめきが、怒りに変わる。


 

「そうだ!」


 

「俺たちは間違ってない!」


 

「ふざけるな!」


 

 兵を押し返す人々。

 怒号。

 混乱。

 本来なら起きない規模の衝突。


 

はい、暴走開始だこりゃ。


 

 私は一歩前に出た。


 

「やめなさい」


 

 声は大きくない。

 けれど、通る。

 ぴたり、と

 一部の視線がこちらに向く。

 リリアーナが振り返る。


 

「エミリア様……!」


 

 私は状況を一瞬で整理する。

 感情の同調。

 判断力の低下。

 責任の分散。

 ――群衆心理、完成。


 

教科書通りすぎて逆に感動するわ。これ。

 

 そして断言する。


 

「これは、救済ではありません」


 

「違います!」


 

 リリアーナが初めて、強く反発した。


 

「私は、助けてるだけです!」


 

 私は即答する。


 

「では、その結果に責任は持てますか?」


 

 一瞬。

 彼女の目が揺れた。

 その隙間に――カツン。

 石が持ち上がる音。

 視界の端。

 住民の一人が、石を握っていた。

 

 あ、これアウトだから。

 

危険ライン越え一秒前です。


 

「その行動が、別の誰かを傷つけても?」


 

 私はさらに踏み込む。

 沈黙。

 リリアーナの視界に入るもの。

 怒りに染まった人々。

 自分を信じる目。

 そして――

 壊れかけた均衡。

 彼女の手が震えた。


ようやく気づいたか……


 

「……やめて」


 

 小さな声。

 当然、止まらない。


 そんな蚊の鳴くような声じゃ聞こえないよー。


 

「やめてください!!」


 

 叫び。

 その瞬間――空気が、ほどけた。

 ぴたりと止まる群衆。

 静寂。

 石が、落ちる音。

 リリアーナはその場に崩れ落ちた。


 

「……私」


 

 震える声。


 

「また、同じことを……」


 

 私は歩み寄る。


 

「違います」


 

 短く。


 

「今回は、止めました」


 

 彼女が顔を上げる。


 

「でも――」


 

「次は、私が止めます」


 

一瞬の静寂。


 

「あなたが止まれなかった場合」


 

 リリアーナは、ゆっくり頷いた。

 涙が落ちる。

 ……と。


 

「――実に興味深い現象ですね」


 

 後ろから声。

 振り向かなくても分かる。


来ましたね、データマニア。


 

「ノア先輩」


 

 白衣のまま現場に立つという暴挙。

 この人、場違いという概念を知らない。

 ノア先輩はメモを取りながら、淡々と言う。


 

「感情の共鳴による意思統一。簡易的な集団催眠に近い」


 

「今それ分析するタイミングですか」


 

「最適なタイミングです」


 

 即答だった。


 

この人、絶対空気読めないタイプだー


 

 ノア先輩は続ける。


 

「リリアーナ嬢は“媒介”ですね。個人の感情を増幅し、同期させる」


 

「説明ありがとうございます」


 

「ただし」


 

 一拍後。


 

「制御不能になれば、今回のように暴走する」


 

 さらっと怖いことを言う。

 リリアーナがびくっとする。


 

「ひぅ」


 

やめてください。泣くから。この人。


 

「つまり」


 

 ノア先輩は私を見る。


 

「あなたが“制御装置”というわけですね」


 

「不本意です」


 

「適任です」


 

「拒否権は」


 

「ありません」


 

 即答。


 

理不尽……。


 

 私はため息をついた。

 そして、リリアーナを見る。


 

「……聞きましたね」


 

「はい……」


 

「あなたは、人を救えます。ですが、同時に壊せます」


 

 彼女は小さく頷く。


 

「……はい」


 

「だから」


 

 私は静かに言う。


 

「暴走したら止めます」


 

「はい」


 

「全力で止めます」


 

「……はい」


 

「物理的にでも止めます」


 

「ちょっと待ってください」


 

 顔を上げた。


 

そこ反応するんだ


 

「必要なら殴ります」


 

「やめてください!」


 

 即答だった。


 

 後ろでノア先輩が書き留めている。


 

「※制御手段:物理介入も視野」


 

「記録しないでください」


 

 私は額を押さえた。


 

 ……本当に。


 

 平穏とは何だったのか。


 

 現場はようやく落ち着きを取り戻し、

 役人たちは一時撤退を決めた。

 被害は最小限。

 ――だが。

 

問題は、これからだな。


 私は空を見上げる。

夕焼けが、やけに赤い。

 隣で、リリアーナがぽつりと呟いた。


 

「……怖いです」


 

「でしょうね」


 

「でも」


 

 一拍置いて。


 

「やめません」


 

 私は小さく息を吐いた。


 

「でしょうね」


 

 分かっていた。

 この人は止まらない。

 だから――


止める側が必要になる。

 私は視線を戻す。

 リリアーナを見る。

 そして、淡々と告げる。


 

「では、私は仕組みを整えます」


 

 今度は私が1拍置いた。


 

「あなたが暴走しないように」


 

 彼女は、少しだけ笑った。


 

「厳しいですね」


 

「ええ」


 

 そして。


 

 ほんの少しだけ。


 

「ですが」


 

 言葉を続ける。


 

「あなたがいると、助かる場面もあります」


 

 彼女の目が見開かれる。


 

「……本当ですか?」


 

「ええ」


 

 即答する。

 ただし。


 

「間違えたら止めます」


 

「はい」


 

「容赦なく」


 

「やっぱり厳しいです!」


 

 ノア先輩が横で頷く。


 

「理想的な関係ですね」


 

「どこがですか」


 

「相互監視と抑制」


 

「物は言いようですね」


 

 私はため息をついた。

 帰ってから、私は私室でノートを開いた。

 優しさは、人を救う。

けれど……方向を誤れば、簡単に壊す。

 だから、彼女には、“止める誰か”が必要だ。

 そして。

私は――その役割を、引き受けてしまったらしい


 今日その日にあった感情や出来事をノートに書き記す。

 自然と心が落ち着く。

 これがこの世界での私のデトックス方法というか、習慣になっていた。

 私は書き記すと、ペンを置いた。

 

 ……本当に。

 

 平穏、どこへ行ったのでしょうね。

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