信号
サラリーマンの江藤守は宇宙人がいると本気で信じている。
きっかけは子どもの頃に見たテレビのUFO特番だった。
夜の特集番組。
空を横切る光。
モザイクのかかった証言者。
スタジオのざわめき。
絶対に来ている。UFOは地球に来ている。守の胸には雷みたいにその確信が落ちた。
ところが隣で見ていた父も母も驚いた様子はなかった。
「お父さん、すごいよね! UFO来てるかもよ!」
「そうかもなぁ」
父は湯のみを口に運びながら気のない相槌を打った。
「それより宿題やったのか?」
いやいやいや。
宿題よりUFOだろう。
宇宙人だよ!?
翌日も世界は静かだった。
学校でも誰も騒いでいない。
ニュースにもならない。
おかしい。
あんな映像が流れたのになぜみんな平然としている?
不思議だった。
けれど、自分だけ騒いで「変なやつ」になるのは嫌だった。
だから守は黙った。UFOの話は胸の奥にしまい周囲に合わせて生きてきた。
やがて大人になった。
そして、あるときふと思う。
もしかして――
あの番組は使命のある人にだけ刺さるようにできていたのではないか。
多くの人にはただの娯楽。
だが、選ばれた者にだけ届くメッセージ。
そう考えると世界の静けさにも説明がつく。
自分には届いた。
使命があるとしたら何だろう。
宇宙人が攻めてきたとき地球を守る?
いやいや、それは映画だ。
むしろ友好的な存在で、地球と宇宙の橋渡しをする役目かもしれない。
あるいは、UFOに連れ去られ「地球人とはどういう生き物か説明してくれ」と頼まれるのかもしれない。
守の想像は年齢とともに現実味を帯びていった。
きっと前触れがあるはずだ。
いきなり現れるのではなく、夢とか、信号とか、何かしら。
ある休日の夕方。
守は部屋でスマホを見ていた。
UFOの動画を次々に再生する。
最近はCGも多い。だが自分には本物がわかる気がする。
そのとき。
「ピッ」
小さな電子音。
ん?
耳を澄ます。
何も聞こえない。
気のせいか。
「ピッ」
まただ。
守は動きを止める。
部屋の中にそんな音を出すものはない。
冷蔵庫でもない。電子レンジでもない。
一分ほどの静寂。
「ピッ」
間違いない。
どこからだ? 天井か? 窓の外か?
守の胸が高鳴る。
これ、もしかして。
――信号?
ついに来たのか!?
(落ち着け。こういうときこそ冷静に)
「ピッ」
一定の間隔。長いモールス信号のようにも思える。
意味は分からない。
だがこれは自分に向けられている。
音源が特定できないのは当然だ。
直接、頭の中に送られているのかもしれない。
守は姿勢を正した。
数分後には窓の外が光るかもしれない。
UFOが降下してくるかもしれない。
必要とされるなら乗ろう。覚悟はある。
「ピッ」
一分おきくらいだろうか。
この音が止んだとき何かが起きるのか?
窓を開けておくべきか。
いや、その前に先にトイレに行っておこう。
守は立ち上がった。
夕暮れで部屋は薄暗い。
そのとき、壁で小さな赤い光が点滅した。
え?
一分後。
「ピッ」
光る。
守はゆっくり近づいた。
そこにあったのは家庭用の火災報知器。
そして、それは電池切れを知らせる音だった。
守は黙って見つめた。
しばらく――
アラームを聞き続け、
点滅を見続ける。
そして、アラームを止めた。
深いため息。
(……)
守は静かにトイレに入った。
終




