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氷の薔薇と銀の狼 -Relight-  作者: 水原伊織


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72/107

72.「篠崎君、ありがとう」――土下座する海斗と、伊織の深い赦し。氷の薔薇を救った、血に染まった拳のケジメ。

篠崎は、焦っていた。

廊下をひたすら駆け、エレベーターに乗り込む。

1Fのボタンを押し、閉を連打した。

エレベーターの中で、優子に連絡を入れる。


「あ、もしもし、海斗?ちょうど良かった、実は…」

「優子さん!水原さん、見かけた?!」

「え、絵里奈は、ついさっきまで電話してたわ」

「電話?」

「大きな音がしたと思ったら、それきり声が聞こえなくなったのよ」

「え?!」

「落としたのかしら?ていうか、どうしたの?慌てて」


篠崎は、かいつまんで今の状況を説明した。

「田崎が…?」

「とにかく、水原さんが帰りに使いそうなルートを教えて」

優子は、最寄り駅まで、絵里奈と一緒に行った事があり、その時にいつもこの道で帰ると言っていた道を説明した。

「ありがとう、優子さん!」

篠崎は通話しながらも、既にエントランスを出て会社の入口付近まで来ていた。

通話を切ると、優子に教えてもらった道に向かい走り出した。


----


「待って、私たちも…」

通話が切れた。

優子は、席を立ち、近くにいた社員達を何人か連れて、足早にエレベーターに向かった。


----


駅までの道をひた駆ける。

自分が田崎を追いつめすぎたのかもしれない。


退職を促すような形で、毎日接してきた。

仮に、田崎が状況の改善を求めても、経費の不正使用の件もあって誰も信用しないはずだ。

会社内には味方もいない。

じわじわと追い詰めて、精神を壊してから、退職させるつもりだった。


まさか、死に際で、牙を剥いてくるとは。

しかも、自分ではなく、水原に。

絵里奈に万が一の事があれば、伊織に会わせる顔も無い。


急げ、間に合え。

今日ばかりは、自分の運動不足を呪った。


途中で、一度足を止めて、息継ぎをしてから、また走り出す。

細い路地に入る。

奥の方に人影が二つ見えた。


田崎が道路にうつぶせになっている絵里奈を踏みつけている。


篠崎の血が猛り出す。

ありったけの声を出す。


「田崎ぃ!」


田崎は、しゃがんで、絵里奈の腰を掴んでいた。

田崎は、右手には、ナイフを持っている。

今の篠崎は、ゲームで言うならば、覚醒状態だった。

恐怖など微塵にも感じていない。

篠崎は、構わず、田崎に、肩から身体ごとぶつかっていった。

篠崎は小柄ではあったが、走る勢いがついていた。


田崎が転がる。地面に仰向けになって倒れた。


今だ。


右手を踏みつけ、ナイフを蹴り飛ばす。

「あ、お、おま…え…しの…ざき」


殺してやる。


頭の中に浮かんだ。


田崎に馬乗りになる。

田崎の瞼が、既に腫れていたが、構わず、拳を田崎の顔面に打ちつけていく。


「海斗っ!」

優子の声が遠くで聞こえた。

振り返ると、絵里奈を抱えて、こちらを見ていた。


目が合った。

優子は、首を振っていた。


田崎をもう一度見る。

顔面が腫れ上がり、口から鼻から血まみれだった。

篠崎の拳も、血で濡れていた。


----


篠崎は、手の治療を受けた後で、水原達がいる病室に向かった。

病室に入ると、ベッドの上に水原がいて、傍らに伊織がいた。

その姿を見た途端に、涙があふれてきた。


「海斗」

伊織がそう言うや否や、二人の前で土下座をした。


「…申し訳、ありませんでした」


「なんで篠崎君が謝るの?」

「…僕が、田崎を、追い詰めたせいです」


震える声を絞り出す。


「…海斗、頭を上げてくれ」

「伊織さん…」

「多少ケガはしてるけど、絵里奈は無事だったんだから」

「ですが…僕の、せいで…」


肩をぽんっと叩かれる。


「お前が助けてくれたんだろ?」

「伊織さん」

「篠崎君、ありがとう」

絵里奈がそう言うと、篠崎は、声を上げて、泣き始めた。


----


顔をケガしていた田崎は、治療を受けた後、病院で、警察の事情聴取に応じて、絵里奈を襲った罪を認めた。

また、動機に関しては、会社での自分の処分の腹いせに、女である絵里奈が狙いやすかったと供述し、完全な逆恨みである事も認め、ただ、殺す気は無かったと言った。

だが、現場に残されていたナイフは田崎が家から持ってきたものであり、殺人の可能性も大いにあることから、殺意が無かった事は、にわかに信じられない状況でもあった。

冷静になった田崎は、とんでもない事を、やってしまったと思ったのだろう。

どんな罰でも受けると言っていたそうだ。

田崎は、病院にて、殺人未遂の現行犯で逮捕された。


----


病院の廊下は、夜の冷気をそのまま閉じ込めたように静かだった。

看護師に案内され、絵里奈はゆっくりと検査室へ向かう。


伊織がそっと背中に手を添えた。

「大丈夫だ。すぐ終わるからな」

絵里奈は、小さくうなずいた。


検査室の扉が閉まると、伊織は、篠崎と廊下の長椅子に腰を下ろした。

白い扉の向こうからは、医師と看護師の落ち着いた声が聞こえてくる。


篠崎は、伊織の隣で、包帯の巻かれた右手を見つめたまま、拳を握ったり開いたりしていた。


「……僕のせいで」


伊織は、深く息を吐いた。


「海斗、絵里奈は、お前が来なかったらどうなっていたか分からない。俺は、それだけで十分だ」


篠崎は言葉を失い、ただうつむいた。



しばらくして、扉が開いた。

医師がカルテを手に出てくる。


「水原さんは、命に関わるような外傷はありません。念のため、いくつか追加の検査を行いましたが、深刻な異常は見られませんでした」


その言葉に、篠崎の肩が大きく落ちた。

伊織も、胸に押し込めていた息をようやく吐き出す。


「精神的な面での心配がありますが、今のところは大丈夫です」


伊織は深く頭を下げた。

「ありがとうございます」


検査室から出てきた絵里奈の肩を伊織がそっと肩を抱く。

絵里奈は、ゆっくりと篠崎の方を見た。

篠崎は立ち上がり、深く頭を下げた。


「本当に……無事でよかったです」


絵里奈は、かすかに微笑んだ。

その笑みは、確かに生きている証だった。


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